01 クライヴ・ケーニッグゼグ
理事長に呼び出しをくらった時点で、その用件が憂鬱なものだと察しがついていた。
なにせ自分は、勝ってしまった。
完膚無きまでに勝ってしまった。
世界最初にして唯一の【灮輝発動者】養成学校。
帝立神威學園。
そこでクライヴ・ケーニッグゼグは、数少ない外国人だった。
灮輝発動者という存在も、それを支えている人造神も、朧帝國の覇権を確固たるものにするために開発されたのだ。
ゆえに、そのシステムは帝國民を前提として作られている。
他国から来たクライヴのような者が入学試験を突破するというのは非常に稀で、まして學園最高の――否、史上最高の適性率を弾き出すなど、誰も予想していなかった。
座学でも。
実技でも。
試合でも。
実戦でも。
クライヴに勝てる者は皆無。
自分で言うのも何だが、正直、この神威學園というものに失望すら覚えている。
世界で最も入学が困難であると聞いてやって来たのに。
世界で最も最強に近い場所だと思ってやって来たのに。
歯ごたえらしいものを感じさせてくれたのは、あの少女だけ。
彼女だけはこの學園で唯一人、光り輝いていた。
強くなりたい。気高くありたい。
全身でそう訴える彼女の戦い方は、クライヴの胸を打った。
焔レイ。
帝國の名門に生まれ、天性の才能を持ち、不断の努力を絶やさぬ美しい少女。
公式、非公式を問わず、クライヴとレイは幾度も戦い、そしてクライヴが全勝した。それでもレイは諦めない。光を失わない。いつか勝ってみせると笑っていた。
炎のような闘志と、太陽のような明るさを混ぜ合わせた、素敵な笑顔。
昨日もクライヴとレイは戦った。
神威武会の決勝において。
神威武会とは、學園の生徒約五百人から十六人を選んで行なわれる年に一度のトーナメント戦のことだ。
學園最強を決める〝行事〟であり、帝國中にテレビ中継される〝祭事〟であり、灮輝発動者を輩出し続ける名家同士の〝意地〟のぶつかり合い。
その神威武会の決勝で、クライヴはレイを倒した。
そのことが理事長にとって、どうにも気にくわないらしい。
「退学だ」
理事長室に入ったクライヴへ放たれた理事長の一言目がそれだった。
流石のクライヴも予想外であり、理由の説明があるものだと思って、しばらく次の言葉を待つ。
しかし、三秒待っても理事長が黙ったままなので、こちらから促すことにした。
「よろしければ、理由をお聞かせ願えませんか?」
「理由? 言わねば分からないかね?」
「……昨日、私は勝ちました。まさか、それでしょうか」
「何だ。分かっているじゃないか」
それだけで理事長は説明したつもりになったらしく、机の上で手を組んで、クライヴに微笑みかけてきた。
混じりっけなしの侮蔑の微笑みだ。
退学。
クライヴは校則に反したことなど一つもしていない。それどころか模範的な生徒だったはずだ。
それが、勝ったという理由で。
名家の少女に勝ったという〝それだけのこと〟で排除しようとしている。
〝それだけのこと〟が理事長にとって、學園にとって、何よりも大切なのだろう。
面子と体裁。
クライヴはため息をついた。
怒りは微塵もなく、ただひたすら目の前の男が憐れだった。
よくもまぁ、こんなつまらないことを平然とやってのけるものだ。恥を知らないのだろうか。どうして勝ち誇ったような顔をしているのか理解できない。
馬鹿なのだろう。
いや、こんな學園から学ぶことが一欠片でもあると考えた自分が馬鹿だった。
「その目だよ、クライヴくん。実に反抗的な目だね。うん、これはけしからん。退学に値する。そういうわけで、今日中に荷物をまとめて學園を出て行きたまえ。無論〝人造神〟に登録されている君のアカウントは抹消するよ」
そう言って理事長は、机の上にある端末に触れ、タッチパネルを操作した。
あらかじめ準備していたらしい。
ほんの二、三のタップで、アカウントが消えてしまった。
灮輝発動者の力の源である、人造神。
どれほどの適性があろうと、どれほどの経験を積もうと、灮輝発動者である以上、人造神から力の供給を受けていることに変わりはない。
よって、人造神との繋がりを絶たれてしまえば、それはもう、ただの人。
今、クライヴは、人造神とのリンクが消えたのをはっきりと感じ取った。
入学してからの二年間。つねにそばにあった人造神。そこから流れ込む灮輝力。
それが失われた。
理事長がほんの少し指を動かしただけで。
クライヴの二年間が。レイと共に研鑽を積んだ技術が、経験が、努力が、強さが、跡形もなく吹き飛んだ。
ああ、灮輝発動者とは、なんと脆弱な存在なのだろう。
なるほど。理解した。
これでは最強には程遠い。
この學園に入学したのは、完全に間違っていた。
――ならば俺は別のシステムを構築する。
「ん? どうしたのかねクライヴくん。ここは灮輝発動者の学校だよ。君はもう違うんだ。はやく立ち去りたまえ。私も忙しいのだ」
「失礼しました。私もあなた如きにかかわっている時間が惜しい。この學園の無意味さを教えて頂き、ありがとうございました」
クライヴがそう告げると、理事長は少しギョッとした顔になった。
が、負け惜しみだと思ったのか、すぐにニタニタとした笑みに戻る。
しかし理事長の間違いを正してやる義理も義務も感じなかったので、そのまま無言で踵を返し、足早に理事長室をあとにした。
扉を閉めた瞬間には、理事長のことなど頭の片隅にも残っていなかった。