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女伯爵の華麗なる領地育成  作者: ryo-takagi
領地編
4/11

一年目・後


「アルマの絹織物ギルドで、予算が不正に使用されているようです」


 報告を受けたのは、当主となって半年後のことだった。


 重点育成産業に定めた絹織物業は、領内に三つの大きな職人ギルドがある。アルマ地区のギルドは、その中でも一番規模は小さいが、一番成長率が高いと見込んでいた。


 二カ月前、視察にも行っている。

 腕のいい職人が集まっているにも関わらず、地区全体が貧しく、設備を整える余裕もないようだった。ここに投資をすれば必ず伸びる。

 そう判断し、設備投資に使用するという条件をつけて、まとまった予算を下ろした。


 それを事もあろうにギルドの代表が、不正に使用していたという。

 ジーンの調査によって、証拠もすでに揃っていた。額は少ないが問題はそこではない。責任者が約定を違えた。捨て置くわけにはいかなかった。


「どうされますか?」


「……アルマに行くわ。私が直接、代表に話を聞きます」


 折しも庭では、白木蓮の花が咲き始めていた。

 冬を越え、本当なら一番気持ちが浮き立つ季節なのに。私は憂鬱な思いでアルマに向かった。


 ギルド代表の名は、ジェイク・ボットと言う。恐らくお父様と同じくらいの年だろう。別室に呼び出して話を切り出すと、彼はあっさり罪を認めた。

 仲間からはずいぶん慕われていたようなのに、どうして? 私まで、裏切られた気持ちでいっぱいだった。


「なぜそんなことをしたのですか?」


「もらった金をどう使おうと、俺たちの自由だ。とやかく言われる筋合いはねぇ」


 俺たち? 着服は一人で行ったのではないの?

 ジーンからの報告書では、具体的に何に使われたかは不明なままだった。


「教えてください。ギルドのお金を何に使ったのですか?」


「話す必要ねぇっつってんだろ!」


 ボットさんが、声を荒げて机を叩く。私がびくりと肩を震わせると、それまで後ろに控えていたジーンが前に進み出た。その背中に私を隠すように、ボットさんの前に立つ。

 ほぼ同時に、突然部屋の扉が開いた。


「待ってください! アニキがギルドの金に手をつけたのは、おいらの母ちゃんのためだったんです!」


 外に控えていた護衛の騎士を振り切って飛び込んできたのは、私とあまり年の変わらない少年だった。


「おい、ディック、止めろ!」


 ボットさんが止めるのも聞かず、少年は話を続けた。


「母ちゃんは病気で、高い薬がなきゃ治らなくて。おいらの家は親父も早くに死んで、弟や妹もまだ小さくて、金がないって諦めようとしたけど、アニキが金ならある、って。薬を買うにしても、ギルドのために使うことに変わりはねぇって。悪いのはアニキじゃない、アニキの言葉に甘えたおいらなんだ!」


 呆然と立ち尽くす私を見て、慌てた騎士が、強引に少年を外に出そうとした。 そしてそれが、事態を悪化させるきっかけとなってしまった。


 騒動が伝わったのだろう。職人たちが続々と集まってきて。力ずくで少年を引きずりだそうとする騎士を見て、血相を変えた。


「おい、テメェ、ディックを離せ!」


 騎士と職人たちが揉み合いになる。そこでようやく私も我に返った。考えるのは後だ。今はとにかく、この場を収めなければ。


「やめて、その子を離してあげて」


 ダメだ、声が届いていない。それどころか、建物の外で待機させていた騎士たちまで加わり、その場はさらに混乱した。このままでは怪我人が出る。直接割って入ろうとすると、ジーンに止められた。


「いけません。私にお任せください」


「でも……」


 職人の中から声が飛んだのは、その時だった。


「あー、もう、俺たちはお嬢様のお遊びにつきあってやるほどヒマじゃねぇんだよ! とっとと帰れ!」


 その場の声と動きが止まった。そして次の瞬間、呼応するように次々と湧きおこる「帰れ」の声。

 騎士たちは青ざめ、今にも剣を抜きそうになっている。それを煽るように、帰れの声はさらに大きくなっていく。まさに一色即発の状態。

 早く止めないと。頭ではわかっていたのに、体が動かなかった。


 ……その後のことは、よく覚えていない。

 ジーンが騎士を、ボットさんが職人を抑え、その場を収めたようだ。


 何が「ゲームと同じなら、全部頭に入っている」だ。現実の私は、従兄の問題もギルドの問題も、一人では何も解決できなかった。ジーンに頼りっぱなしだったのだ。

 ただただ、自分が情けなかった。



***


 泣いても笑っても、時は待ってくれない。

 翌朝には気分を切り替えて、ジーンを執務室に呼んだ。まずは、棚上げにしていた問題を片付けなければならない。

 昨日、一睡もせずに考えて、私なりの答えは出していた。


「暴言を吐いた者については、領主に対する不敬を理由に処罰することもできます。どうされますか?」


「処罰は……しないわ」


 現時点で私は、何の実績も挙げていない。前領主の一人娘として生まれただけで、十六歳の私が「女伯爵」と呼ばれる。領地の人たちが納得していないことは、今までの視察の時にも嫌というほど感じていた。

 結果を出して、認めてもらうしかない。反論はそれからだ。


 もしジーンと意見が別れたら、そう説明するつもりだったのだけど、意外にあっさり受け入れてくれた。

 

「……わかりました。では代表ジェイク・ボットの処分についてですが」


「彼も処分はしません。今まで通り、ギルドの代表を務めてもらいます」


 予想はしていたが、さすがにこちらは、あっさりとはいかなかった。


「お待ちください。それは承服いたしかねます。確かに汲むべき事情はあります。だからといって何の処罰もなしでは、秩序の崩壊にも繋がります」


 そんなのわかってる。ものすごく悩んだし、この判断が本当に正しいのか、正直自信はない。

 でも私が全力で育成に取り組むと決めた理由の一つに、『領地で暮らす人たちの幸せ』がある。育成のせいで、不幸になる人があってはならない。


 私が今すべきは、ボットさんの裁きじゃない。根本的な問題の解決。即ち、領地に住む人たちの生活水準の向上。必要な人が、必要な薬を手に入れられるように。

 ただの理想論、きれい事なのかもしれない。でもゲームの世界に転生する、なんて奇跡が起こったくらいだ。不可能なことではない。


 結局、今回は代表の処分は保留。ただし今回のみ。万が一次があった場合は、今回の分も含めて重い処分を課す、ということで落ちついた。

 とはいえ、心の底から納得していないのは、ジーンの顔を見ればわかる。


「我儘を言ってることはわかってる。ごめんなさい」


「ご主人様に非はありません。したがって謝罪の必要もありません」


 ……めちゃくちゃ怒ってる。


「昨日も……あの場の収拾を任せてしまったし。ジーンにはいつも迷惑をかけてばかりで、申し訳ないと思ってる」


「私はご主人様に迷惑を掛けられたことなど、一度もありません。それに私は……」


 この間は何? 緊張しながら次の言葉を待っていると、ジーンは少し目を伏せ、小声で続けた。


「彼らの罪は問わないというご決断を、心のどこかで喜んでもいるのです。私も、彼らと同じ平民。祖父から続く伯爵家とのご縁がなければ、彼らの側に立っていたのかもしれませんから」


 それは筆頭執事としてではない、個人の思いだった。胸が苦しい。こんな風にジーンの気持ちを聞かせてくれるなんて、いつ以来だろう。

 どうしよう。これ以上近付くべきじゃないとわかっているのに。ジーンが何を考えているのか、もっと知りたい。


「だからといって、いつもこんな甘い裁定を下していただいては困りますが」


「その時は、ユージンが諫めてくれるんでしょう?」


「ご主人様がこうと決められたら、私にはお止めするすべはありません。父も、そう申しておりました」


「リチャードが?」


「はい。ご主人様が昔、一週間お食事を断たれた時に」

 

 目の前のジーンが、十歳のジーンと重なった。


 木のぼりが見つかった直後のことだ。リチャードはジーンを厳しく叱りつけ、私と遊ぶことを禁じた。

 木に上りたいと言い出したのは私、ジーンは何度も止めようとした。悪いのは私だと、泣いて訴えても、リチャードは聞く耳を持たなかった。


『お嬢様を危険な目に遭わせた息子を、許すわけには参りません』


 その一点張りで。お父様から頼んでいただいても、ダメだった。


 それで仕方なく、私は最終手段に出た。ジーンと遊ばせてもらえるまで、食事を断つと宣言したのだ。

 すぐに音を上げるだろうと高をくくっていたリチャードも、さすがに三日目には焦り始めた。それでもジーンを許すとは言ってくれず……リチャードが折れたのは七日目。

 衰弱した私が、朦朧とする意識の中で「ジーンに会いたい」と呟いた時だ。私も強情だったが、リチャードも相当だった。


「強い意志を持ち、民に寄り添うことができるご主人様は、きっと良い当主になられるでしょう。それをお側で支えられるなら……わたしにとっては、望外の幸せです」


 その言葉で、私の心にブレーキがかかった。

 ジーンは私を主としか見ていない。それを忘れてはいけない。


「ありがとう。一日も早く領地の人たちにも認めてらえるよう、努力する。だからジーンも、力を貸してね」



***

 

 重点育成産業とした養蚕と絹織物業は、どちらも一年目の終わりには前年の二倍の利益を計上した。二年目からは、鉱山の穴を埋める産業となるだろう。

 整備事業はまずは堤防と水路に着手した。産業をさらに発展させるためには、街道の整備も進めなくてはならない。引き続き倹約に励まなければ。


 ジーンの要求通り警護の騎士は現状を維持したが、特に何も起こらなかった。これなら減らしても大丈夫じゃないだろうか? 私の提案を、ジーンはやはり拒否した。

 いったい何を警戒しているのだろう? 確かに一時活発になった野盗も、取り締まりを強化し、今はかなり数を減らしている。屋敷の警護の優先性は低くなったはずだ。

 しかしジーンは詳しい理由も語らず、ただ反対を繰り返すばかり。結局、私が折れるしかなかった。



 私の領主としての一年目は、こうしてあっという間に過ぎていった。

 育成の結果はまずます、といったところか。王太子殿下からの書状も、内容は悪くなかった。


『現時点においては、ウォルコット女伯爵に領主として一定の評価を与える。引き続き、領地経営に励むように』


 その書状が届いた夜、自分へのささやかなご褒美として秘蔵のワインを開けた。


「ユージンも、一緒に飲まない?」


「まだ仕事が残っておりますので、遠慮させていただきます」


「もう遅いわよ。明日にすれば?」


「今できることは、今やると決めていますから。明日は朝から視察が入っています。ご主人様も、ほどほどになさいますように」


 ……お説教されてしまった。

 それでも態度や口調は、一年前に比べると随分柔らかくなった気がする。そんな些細なことが、とても嬉しい。

 

 ジーンが退がった後、グラスを傾けながら、あっという間に過ぎた一年を振り返った。

 人と関わっていく以上、全てがゲームと同じようにはいかない。それを思い知らされた年だった。まだまだ未熟な私だけど、これからも全力を尽くす。


 そして明日から始まる二年目。“カレリョー”では勝負の年だった。

 私にとっては、いったいどんな年になるのだろう?




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