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女伯爵の華麗なる領地育成  作者: ryo-takagi
領地編
1/11

ゲームスタート


“女伯爵の華麗なる領地育成”


 通称“カレリョー”は、かつて私がハマっていた育成シミュレーションゲームだ。


 舞台は中世ヨーロッパ風の架空の国、アリステア王国。

 主人公の伯爵令嬢・クローディア(デフォルト名、変更可)は十六歳で両親を亡くし、家督を相続。ウォルコット女伯爵となり、発生するさまざまな問題を解決しながら領地を発展させる。タイトルの通り、目的は領地の育成だ。


 ゲームではまず、経済の基盤となる農業と、領地の発展に不可欠な製造業や工業をバランスよく育てていく。農業だけに偏っては税収が伸びないし、工業に力を入れ過ぎては、貧富の差が激しくなり領民の不満が高まる。数十種類に上る産業の何をどのように育てていくか、それはプレイヤーの自由だ。


 他にも、ランダムで起こる疫病や自然災害といったアクシデントに備えて、病院や水路、堤防を整備したり、領民の満足度を上げるため祭りを開催したりと、限られた予算と時間でやることは山のようにある。

 とにかく面倒で時間がかかる、その割にエンディングが微妙な、誰得ゲームだった。

 

 パッケージ、キャラスチルとも美麗で乙女ゲーム風なのに、絵につられて買ってみれば、中身はガチな箱庭ゲーム。エンディングによって主人公が結婚する場合もあるが、それまでに恋愛イベントらしきものは皆無。エンディングのテキストに『主人公は○○と結婚した』と出るだけと、萌えも何もあったものじゃない。乙女ゲーム的恋愛要素を期待した大多数の女性ユーザーには、クソゲーだと酷評されていた。

 まぁ、それも頷ける。実際あまり売れていなかったし。


 私は、町やら牧場やら会社やらを作って育てる箱庭ゲームが大好きで、“カレリョー”もそっち目当てで買った少数派だ。育成の評価だけ確かめて、エンディングはいつも流し見だった。

 

 あとこのゲームには、産業を発展させることによって、自室の家具や自分の衣装を自由にカスタマイズできるようになる、というおまけ要素もあった。

 例えば、織物業を一定レベル以上育てると、主人公の衣装を自由に変えられるようになる。育成レベルがMAXいけば、一流のドレス職人を領地に迎え、レア衣装が手に入った。同じように木工業を育てれば最終的にはレア家具が手に入る。


 私はこのおまけ要素にも大いにハマった。

 育成を完璧にしても、ランダムでしか手に入らないSレアアイテムもあったりと、かなり難易度は高かったが、見事全衣装、家具をコンプリートした! そこまでやりこんだのは、少数派の中でも更に少数。ディープなファンが集うサイトでも片手で数えるほどだった。


 恐らく“カレリョー”は、私が生涯で一番ハマったゲームだったのだろう。

 もしその情熱を、他のことに向けていれば私は……


 死なずにすんだのかもしれないな。



***


 その記憶が戻ったのは、十六歳の時。“この世界”で両親を亡くした直後だった。


 私の名前はクローディア=アレクサンドラ・グラント。金髪に碧の瞳の、ウォルコット伯爵自慢の一人娘。

 なぜ今まで忘れていたんだろう。両親の亡きがらを前に、唐突に思い出した。


 クローディアとして生まれる前の、私の記憶を。

 

 姿形は今とは全く違う。でも人の核となる“魂”のようなものは、確かに私だった。

 年は恐らく、十代後半から二十代前半。日本という国で、父、母、弟と四人で暮らしていた。名前は……何だっただろう。思い出せない。

 ゲーム好きだった弟の影響で、私もかなりのゲーマーだった、ようだ。


 発売から二カ月、寝る間を惜しんで“カレリョー”をプレイし、アイテムをフルコンプした。レア家具で固めた自室にレア衣装を着た主人公を置いて、写メをパチリ。それをファンサイトに投稿して、ホッと一息ついたのが午前二時。小腹が減って我慢できず、近所のコンビニに出かけて……

 

 その途中、猛スピードで突進してきた乗用車に跳ねられた。


 どうやら私は交通事故で死に、かつてプレイしたゲームそっくりの世界に転生してしまったらしい。って、いやいや、何言ってるの。そんなことあるわけない。

 そう、これは夢だ。もしかしたら事故で頭を打って、ずっと眠っているのかもしれない。


 目が覚めれば、きっと元の世界に――

 

 違う。蘇った前世と思われる記憶は、交通事故と“カレリョー”に関すること以外、かなり曖昧だ。

 比べてクローディアとして生きてきた十六年の記憶は鮮明で、両親を亡くしたこの痛みも、とても夢だとは思えない。


 間違いない。クローディアとして生きる“この世界”こそが、今の私の現実なんだ。


「お嬢様」


 悲しみと混乱で呆然とする私に、背中から声がかかる。振り返ると、悲しみを湛えた黒水晶の瞳がじっと私を捉えていた。


 ああ、彼のことも“この世界”に生まれる前から知っている。


 ユージン・スタイン、二十一歳。

 漆黒の髪と瞳の美青年。祖父、父母と代々ウォルコット伯爵家に仕える。主人公の両親が亡くなった事故で、彼も父を亡くす。主人公が家督を継いだ後は、筆頭執事として豊富な知識で領地育成を助ける――


 説明書のプロフィール通り、目の前の彼は私の両親と同じ事故で父親を亡くし、急ぎ王都から戻ってきた。


 五年振りの再会。少年の面影がすっかり消えた美しい顔は、かつてゲーム画面の中で見た“ユージン”そのものだった。


「お嬢様、遅くなって申し訳ございません」


 私は小さくかぶりを振った。泥まみれの旅装を見れば、彼がどれだけ急いで馬を駆けてきてくれたかわかる。それに親を亡くしたのは彼も同じだ。今は私を気遣う必要などない。


 リチャード――

 我が家の筆頭執事だった彼の父親の遺体は、私の両親を庇うように覆いかぶさっていた。最期まで、命がけで主を守ろうとしたのだろう。寡黙で、たまに口を開けばお説教で、子供の頃は煙たい存在だったけれど……伯爵家にとっても彼にとっても、なくてはならない人だった。 


 お父様、お母様、リチャード、マリー、そして彼と過ごした幸せだった幼い日々の記憶が、洪水のように溢れだしてくる。


 やはりこれは夢じゃない。零れ落ちそうになる涙を、歯を食いしばって堪えた。

 泣いてはいけない。もう二度と、彼の前で泣かないと決めたはずだ。


「微力ではありますが、これからは父に代わり私がお嬢様をお助けいたします」


「王都の仕事はどうするの?」


「暇をいただいて参りました。王太子殿下にも、伯爵家の筆頭執事として新当主を助け、領地、引いては国の発展に貢献せよ、とのお言葉もいただいております」


 戻ってきてくれるんだ。

 ここが“カレリョー”の世界なら、ユージンが主人公の元に戻ってくるのは既定路線。わかっていても、こみ上げる想いを抑えることができなかった。

  

「ジーン、ありがとう」


 昔の呼び方で名を呼んで、彼に手を伸ばす。しかし彼はすっと身を引いて私を避けた。


 五年前の雨の日、私を拒んだあの時のように。


「身支度を整えて参ります。詳しいお話は、後ほど」


 私と視線を合わせようともしない。伸ばした手を引いて、ぎゅっと拳を握った。


 ジーンには、はっきりと振られている。何度も想いを断とうとしたけれど、結局諦められなかった。

 大人になれば、立派な当主になれば、もしかしたら振り向いてもらえるかもしれない。密かに抱いてきた小さな希望は、蘇った前世の記憶により粉々に砕かれた。


 ここがゲームの世界なら、私の想いはこの先も恐らく叶わない。


 だって“カレリョー”には、主人公とユージンが結ばれるエンディングは、用意されていないのだから。

 



***


 ゲームの主人公は「これからは私がお父様に代わって家を守らなければ!」とあっさり伯爵家を継いだが、私はそうはいかなかった。


 家督を継げる年齢に達していたとはいえ、まだ十六歳。補佐役の筆頭執事も、領地管理は未経験の二十一歳。親族、特にお父様の弟である叔父は、私の相続に猛反対した。


「どうしてもというなら、私が後見人になろう。私の息子を婿に迎えなさい」


 冗談じゃない! いったい何の権利があってそんなことを言い出すのか。


 お父様は生前、叔父様とは絶縁状態だった。詳しい事情はわからない。ただ以前から叔父様は、女性関係が派手だとか、博打好きだとか、評判が良い方ではなかった。真偽は定かではない。が、直感的にこの人に頼りたくないと思った。


 一つ年上の従兄とも、初めて顔を合わせたのは両親のお葬式だ。挨拶を交わす前から、いやらしい目でずっと私を見ていた。気持ち悪い。ただただ嫌悪感しか感じなかった。あんな人と結婚だなんて、死んでもごめんだ。


 最終的に、王太子殿下のご裁断で私の家督相続は認められた。ただし、と、殿下から届いた書状には以下の文言が記されていた。


『この相続は仮のこと。三年後、再度クローディア=アレクサンドラ・グラントの当主としての資質を検める』


 なるほど、ゲームにあった三年の期限は、そういう理由だったのか。

 王太子殿下直々の決定とあっては、叔父たちも黙って認めるしかない。私は無事当主となり、同時に補佐役の筆頭執事としてジーンを指名した。


 こうして、私の女伯爵としての人生が始まったのだった。




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