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彼女のための戦い 2


 「ヴェ、ヴェルクルッド様……」

 「な……ヴェルクルッド様ともあろうお方が、そのような娘のために……!?」

 

 戸惑うシンディの顔色もあまりよくはなかったが、侍女はそれよりも更に蒼ざめており、今にも卒倒しそうな風情であった。

 

 「シンディ嬢」

 

 ヴェルクルッドは、シンディの手をとったまま、真っ直ぐに見上げる。

 

 「わ、私……、で、ですが……!」

 「ご安心ください。必ずや、貴方に勝利を捧げましょう」

 

 躊躇うシンディに、ヴェルクルッドは安心させるように微笑みかけた。

 グラントを侮っているわけではないが、そうでも言わないと、ヴェルクルッドの参戦を認めないだろうからだ。

 

 「言うではないか。しかし、この俺もそう簡単に負けてはやらんぞ。何せ手加減と言うものが苦手でな」

 「無論のこと、全力でお願いいたします。手加減された勝負では、神の名も、捧げる勝利も穢されます」

 「ははははは! よかろう! それでこそ騎士だ!」

 

 手加減無用と言い切るヴェルクルッドを好ましく思ったグラントは、豪快に笑った後、シンディを向いた。

 

 「娘、早くヴェルクルッドに袖なりハンカチなりを渡せ。本来ならば日を改めるのが作法だが、まあ五月蝿いことはいうまい、さっさと済ませてしまおう。――さあ、ここにいる全てのものが証人だ。よいな、皆の者!」

 

 野次馬をぐるりと見回しての宣言に、拍手喝采が返った。

 

 「っグラント様!」

 「お主もぐだぐだゆうな。ほれ、何か寄越せ」

 「…………っ必ず勝ってくださいましよ!」

 

 侍女は納得しきったわけではないが、この状況では、もう取りやめはなさそうだと判断し――諦めて、グラントにハンカチを手渡した。

 女性の代理で騎士が決闘に臨む場合、騎士には、女性の持ち物――ハンカチや袖が貸し与えられる。騎士は借り受けたそれらを剣や盾に結びつけ、決闘に臨むのだ。当然、決闘によって汚れたり破れたりするが、それこそが、貴方のためにこれだけ戦いました、という名誉の証になる。

 

 「――シンディ嬢、私にも、証をお授けください」

 「……ヴェルクルッド様……」

 

 再度請われて、シンディは逡巡の後――左手の袖を取り外した。証として渡すため、というわけではないが、服は袖が取り外しできるつくりになっている。その下に着ている服との色合わせを楽しむのが、最近の流行であった。

 

 「――どうか、ご無事のお戻りを……」

 「確かに、お預かりいたします」

 

 差し出された袖を、ヴェルクルッドは丁重に押し頂いた。

 そして、それを剣の柄に巻きつけると、グラントに向き直った。

 

 「お待たせいたしました、グラント殿。では――ここで始めてよろしいでしょうか?」

 「無論。――ああ、皆の者、もっと離れろ。危ないぞ」

 

 しっしと追い払う手振りのグラントに、野次馬たちはざざっと距離を取り始めた。

 ほどなく、ヴェルクルッドとグラントを中心に残して、大きな円が作られた。

 

 「出来れば馬から始めたかったのだがな」

 「同感です」

 

 騎士が行う決闘は、まず馬上で槍を構え、突撃の威力を競うのが一般的だ。そして、その時々、当事者たちの取り決めにもよるのだが、馬上槍の勝負で決着がつかなかった場合は、徒歩、剣での戦いとなる。

 

 「ですが――前回の闘技大会優勝者とお手合わせできること、勝負の方法に関らず、私にとっては真に光栄です」

 「ふふん。それは俺とて同じこと。一番隊でも名高いヴェルクルッドとは一度剣をあわせたいと思っていたのだ。ようやくその機会に恵まれて嬉しく思うぞ。――さあて?」

 

 グラントが、すらりと剣を抜いた。抜き身の剣を頓着なく担ぎ――とんとん、と平で己の肩を叩く。

 

 「勝敗はどうする? どちらかが命を落とすまでか?」

 「っお止めください!」

 

 反射的に、シンディは叫んでいた。

 騎士の決闘は命がけ。グラントのいうことは――彼の声音が実に楽しげなのを別にすれば――特別理不尽なわけではない。だが、それを承知で、シンディは否を叫んでいた。

 命を重んじるシンディの優しさに、ヴェルクルッドの目元が和らぐ。

 

 「それは我が貴婦人がお望みになりません。……どちらかが血を流すまで、では如何でしょうか」

 「ま、そんなところか」

 

 グラントは担いでいた剣を下し、構えた。

 決闘前に決めるべきことは決めた。

 

 「――いざ」

 

 ヴェルクルッドもまた剣を抜き、正眼に構えた。

 

 「――勝負!」

 

 グラントとヴェルクルッドが、同時に駆けた。

 ――ギィン!

 鉄が合わさり、火花が散る。ヴェルクルッドの足が僅かに後退した。

 

 「ほう、受け止めたか。やるな」

 

 余裕たっぷりの、楽しげな声。

 ヴェルクルッドは、ぐっと歯を噛み締めて、グラントの剣を押し返しにかかった。

 ぐぐ、と僅かな拮抗の後、不意に相手の方から、その剣が退かれた。

 

 「!」

 

 予想外の反応でヴェルクルッドの上半身が僅かに泳いだが、ヴェルクルッドは大きく一歩を踏み込んでバランスを保つとともに、逆袈裟に斬り上げた。

 しかし、その一撃は読まれていた。グラントは危なげなくバックステップでかわし、かと思えば素早く間合いが詰められ、ヴェルクルッドの腕が伸び切ったところを狙って剣が突き出された。

 

 「っ」

 

 ヴェルクルッドは無理矢理上体を反らし、辛うじてその突きをかわした。

 無理に反らした身体ではバランスを保つことが難しかったが、しかしこれはチャンスでもあった。グラントは、突きをかわされたことで無防備になっている。

 ヴェルクルッドは足を踏み出すと共にぐっと身体に力を入れて重心を前に移すと、肩からの体当たりを仕掛けた。

 

 「おお!?」

 

 ヴェルクルッドに強く押され、二、三歩後退したグラントの声には、驚きと喜色が窺えた。

 

 「……」

 

 距離を稼いだヴェルクルッドは、グラントを見据えながら呼吸を整え、両手で剣を構えなおす。

 柄を握る手に、若干、力が入らない。グラントの打ち込みは強力だった。

 一撃が、重い。

 

 「ふむ。なかなかやるな」

 「――お褒め頂き、光栄です」

 

 ヴェルクルッドは柄を握りこんだ。握力は、戻りつつある。

 力では不利。ならば――

 

 「考える余裕があるのか?」

 「っ」

 

 グラントが間合いを詰めてきた。

 真っ直ぐに振り上げられた剣を、ヴェルクルッドは見据えた。

 力強く振り下ろされる剣に誘われるように、ヴェルクルッドの剣も動いた。その動きはしなやかではあったが、しかし、力強く振り下ろされるグラントの一撃を受け止めきれるものには見えなかった。

 

 「っヴェルクルッド様……!」

 

 たまらずシンディが発した悲鳴じみた声に、野次馬のどよめきが重なる。

 

 

 剣が一振り、宙を飛んだ。

 


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