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彼女のための戦い 1


 レインの祭りも終わり、城下に日常が戻ってきた頃。休日のヴェルクルッドは、街を歩いていた。

 天気のよい今日は、街の広場に多くの露店が出ている。並べられた品々を見ながら進んでいると、「なんですって! 貴方に断る権利があると本気で思っているの!?」という女性のヒステリックな声が耳に届いてきた。

 

 「?」

 

 声の主を探して辺りを見回せば、向かい側に人だかりが出来つつあった。

 侍女服の女性と、その数歩後ろに控える、がっしりとした身体の男。鎧は纏っていなかったが、腕に嵌められている金のバングルが、遠目でも確認できた。

 ――騎士だ。

 

 「畏れ多くもトレフィナ姫のお召しなのよ! 頭を垂れて伺候するのが当然ではないの!」

 「…………」

 

 トレフィナとは、国の第二王女の名前――先輩曰く、わがまま姫の名前である。

 角度の問題で、侍女が詰め寄る相手は確認できない。ヴェルクルッドは人だかりに寄って行った。

 侍女が詰め寄っているのは、オレンジ色のローブを着た栗色の髪の女性だった。

 そして。

 

 「……彼女は……」

 

 女性の顔を確認して、ヴェルクルッドは軽く目を瞠った。

 侍女に迫られている女性は、レインの花をエストに譲ってくれた、シンディであった。

 

 「真に申し訳御座いませんが、何卒、ご勘弁いただきたく……」

 

 シンディが深々と頭を下げる。

 

 「そんなこと、許されないわ! ちょっと、グラント様! そこの無礼な娘を引っ立ててくださいまし!」

 「……やれやれ」

 

 侍女に急きたてられて、それまでどっしりと構えていた騎士がのそりと動き出した。

 黒髪に琥珀の瞳の彼は、野性的な整った顔だちをしていた。

 

 「グラント……グラント殿」

 

 トレフィナ姫親衛隊の一人。武芸に秀でる勇猛な騎士の名だ。

 

 「どれ、すまんが、娘よ。嫌でも同行してもらうぞ」

 「っ痛! お、お放しください、騎士様!」

 

 グラントに腕を掴まれ、無造作にぐいと引かれたシンディは、その顔を苦痛にゆがめた。

 

 「おっとすまん。か弱い女子とはあまり縁がなくてな。力加減がいまいちわからんのだ」

 「あ……いえ……」

 

 シンディの悲鳴を聞くなり、グラントは力を緩めた。シンディの顔から苦痛の色は消えたが、しかし腕は解放されない。

 

 「そんな無礼者に情けをかける必要などありませんわ! ――さあ、道をあけなさい!」

 

 侍女は、遠巻きに取り囲んでいる野次馬たちに言い放った。

 ざわめきながらも、人垣が割れる。

 

 「さあ、グラント様」

 「……さて、行くか」

 「あ、あの……どうか、お願いです。お許しください」

 

 シンディはグラントの引き立てに抵抗した。

 どうやら、何が何でも、トレフィナの招きには応じたくないらしい。

 たとえ評判が芳しくないとしても、王族の招きは栄誉である。商売をしているものにしてみれば、トレフィナ姫の御用達、というのは格好の宣伝材料だろう。その招きを断るというのは、商売人にとってデメリットしかないはずだ。

 なのに――それでも、断りたがっている。

 

 「この……っ」

 

 ちっとも折れようとしないシンディにイラついて、侍女が感情的に右手を振り上げた。

 

 「お待ちください」

 「!?」

 

 ヴェルクルッドの、張り上げたわけではない――だが良く通る声に、侍女の右手は止まった。

 衆目が集まる中、ヴェルクルッドは野次馬の輪から進み出た。

 

 「あ……」

 「ほう?」

 

 シンディが軽く目を瞠り、グラントは面白そうに口端をあげた。

 

 「ヴェ、ヴェルクルッド様……?」

 

 ヴェルクルッドに見据えられた侍女は、一瞬ヴェルクルッドに見惚れ――ハッと我に返ると、振り上げた右手を急いで下ろし、ぱたぱたと服を整えた。

 

 「差し出た口とは存じますが、そちらの女性はトレフィナ姫とのご面会を辞退なさりたいようです。聞き届けてはいただけませんか」

 「な……ヴェルクルッド様がそのようなことを仰るとは……もしや、ヴェルクルッド様の……?」

 

 侍女は、シンディを値踏みするようにじろじろと見やった。

 

 「私の友人が、彼女に助けられました。私に、彼女へのご恩返しをさせてはいただけないでしょうか」

 「まあ……流石はヴェルクルッド様。その律儀さ、感服いたしますわ。――ですが、これはトレフィナ姫様のご命令なのです」

 「ふむ。――まあ、子供の使いでもあるまいし、断られました、ではこちらの面目もたたんだろうな」

 

 シンディの腕を放したグラントが、顎を撫でながら思案気にいう。

 確かに、王族の命令に背くことは厳罰相当だ。まして、わがまま姫と評判のトレフィナ。一騎士の顔を立てて、などという理由で引き下がったと知られたら、命令を遂行できなかった侍女やグラントにも罰が下されかねない。

 だというのに、グラントは、にやりと笑って提案した。

 

 「そこでだ。――どうだ、ヴェルクルッド。一つ、決闘で決着をつけるというのは」

 「な、グラント様!?」

 「そんな……っ」

 「決闘裁判――ですか」

 

 驚く侍女とシンディを他所に、ヴェルクルッドはその提案を素早く考慮した。

 決闘裁判。それは、通常の裁判では無実を証明できない場合に、被告の申し立てで行われる制度だ。神は常に正しいものに味方するという考えが大前提にあり、故に、勝者が正しいと結論される。

 

 本来は証拠のない重犯罪に適用されるものだが、今ではもっと広義に、名誉回復や所有権争いにも適用されている。

 つまりグラントは、シンディを連れて行かせたくないのなら決闘に勝て、と言っているのだ。

 作法にのっとった決闘の結果は、王族であっても覆せない。

 確かに、勝てれば、それは丸く収まる解決法である。

 

 「グラント様、何を勝手なことを仰います! そのようなことをせずとも、道理は私たちに……!」

 「まあ、良いではないか。どうする、娘」

 「っで、ですが……私は……」

 

 シンディは躊躇った。

 決闘裁判は、基本、被告と原告で争われる。今回の場合は、シンディと、侍女かグラントだ。侍女が出るならまだしもグラント相手では、ハンデを貰っても、シンディの勝ち目は低い。

 

 「ん? 何を躊躇っている。お主の代理はヴェルクルッドだろう?」

 「え……いえ、そんなっ」

 

 心底不思議そうにグラントに言われ、シンディは慌てて否定した。

 

 「これは私の問題です、ヴェルクルッド様を巻き込むわけには参りません!」

 

 決闘は時に命がけだ。シンディは、無関係なヴェルクルッドを巻き込むつもりは毛頭なかった。

 

 「――これは、つれないことを仰る。当然、私にグラント殿のお相手をさせて頂けるのだと、心躍らせていたのですが」

 「え……」

 

 ヴェルクルッドに微笑まれ、シンディは戸惑った。

 戸惑うシンディの前に、ヴェルクルッドが片膝をつく。

 

 「……っ!」

 「どうか、私が貴方のために戦うことをお許しください」

 

 ヴェルクルッドは、息を呑むシンディの手をとると、その甲に軽く口付けた。

 


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