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勝利の行方


 拳を握り締めて俯くヴェルクルッドを置いて、シルディアは、いつの間にか無言で待機していたダイアンと共にコロシアムへと向かった。

 

 「…………くそっ」

 

 シルディアが外へ出るなり、ヴェルクルッドは近くにあったテーブルに拳を打ちつけた。

 

 「ヴェルク!」

 「ヴェルクルッド様!」

 

 その時、エストとセイニーが駆け込んできた。

 

 「……エスト。セイニー嬢……」

 

 久しぶりに親友に会っても、ヴェルクルッドの心は晴れなかった。だが、再会を喜ぶ余裕がないのは、セイニーたちも同様であった。

 

 「姫様は!? ご一緒ではございませんの!?」

 

 セイニーは、シルディアの姿を探して隣の衣裳部屋に駆け込んだ。

 

 「そうだ、逃げるなら早いほうがいい! セイニー嬢の協力で、旅に必要なものはノエルに背負わせておいたから、早く……!」

 

 エストは、ヴェルクルッドの手を取った。

 ヴェルクルッド帰還の一報を耳にしたエストは、シルディアがヴェルクルッドと共に逃げるものと決め込んで、逃亡の準備を整えてきたのだ。

 

 しかし――シルディアは、ここにはもう、いない。

 

 「っヴェルクルッド様! 姫様はどちらに……!?」

 

 シルディアの姿を見つけられなかったセイニーが、顔を蒼ざめさせながら戻ってきた。

 ヴェルクルッドは――低く、声を絞り出した。

 

 「……姫は、残られる」

 「う、そだろ!? 何で!?」

 

 何で。

 そんなのは、ヴェルクルッドも、何度だって問いたい。いや、問わずとも分かってはいるが――それでも、何故と問い詰めてしまいたかった。

 

 「……姫は……他国の賓客の顔に泥は塗れないと……」

 

 シルディアは、国のため、民の平穏のために、その身を捧げようとしている。

 政略結婚。それは王族ならば、否、貴族の子女として生まれたならば珍しいことではない。むしろ今まで、シルディアにそのような話がなかったほうが不自然なのだ。

 

 「そんな、姫様……っ私、説得して参ります!」

 

 セイニーとて、城に身を置くもの。頭では理解していても――しかし、大事な姫が、本心を押し殺して望まぬ結婚に臨むのは、感情で納得できなかった。

 

 「……恐らく、姫は翻意してくださらないだろう」

 「ですがヴェルクルッド様! それで宜しいのですか!?」

 

 無駄だと覇気なく言うヴェルクルッドに、セイニーはカッとなって言い返した。

 

 「っだがそれが姫のご希望なんだ!」

 「っ」

 

 ヴェルクルッドの、血を吐くような絶叫に、セイニーはひっと息をのんで身を硬直させた。

 

 「ヴェルク……」

 

 親友の激昂――そこに計り知れない悲しみを感じ取ったエストは、かける言葉を見つけられなかった。ただ、名前を呼び、見つめることしか出来ない。

 エストの呼びかけは、ヴェルクルッドの冷静さを多少なりとも呼び戻した。

 ヴェルクルッドは一つ深呼吸をすると、セイニーに頭を下げる。

 

 「……失礼しました、セイニー嬢」

 「……い、いえ……私のほうこそ……申し訳ありません……」

 

 胸元で手を握り締め、セイニーも謝罪する。

 

 「……けど、じゃあどうするよ……このまま手をこまねいていることしか出来ないのか、俺ら……っ」

 

 エストは悔しくてならなかった。

 闘技大会は、騎士にも参加が認められていた。自分が優勝すれば、シルディアに自由でいてもらえるだろうと考えて参加登録したエストだったが――エストは、午前の部で敗退してしまっていた。

 主を救うために何も出来なかったことが、不甲斐なく、悔しい。

 

 「…………」

 

 ヴェルクルッドは無言で俯いた。

 エストが悔しがっている理由は、ヴェルクルッドにも察することが出来た。だが、それをいうならばヴェルクルッドは、今回の騒動を知ることもなく、囚われていたのだ。

 ヴェルクルッドは、強く固く手を握り締めた。食い込んだ爪が掌の皮膚を破る。

 

 「……せめてグラント様が優勝してくだされば……きっと姫様を自由にしてくださるのでしょうけれど……」

 

 セイニーの言葉には、隠しきれない不安が宿っていた。

 グラントは、間違いなく国随一の騎士である。しかし、今回の大会は諸国より参加者が集まっている。

 グラントを凌ぐ騎士がいる可能性はあった。

 

 「…………グラント殿……」

 

 今はグラントだけが、縋れる唯一の希望であった。

 

 

 決勝戦は、グラントと、ヘルムを被り、チェインメイルの上に赤い外衣を纏った完全装備の騎士とで行われることになった。

 事の発端たる王子たちは、それぞれ代理人を立てて大会に臨んだが、一人はグラントに倒され、もう一人はこの赤い騎士に倒されていた。

 

 「……むう!?」

 

 グラントは、赤い騎士の鋭い打ち込みを、ぎりぎりで回避した。

 馬上で槍を構えての突撃は、互いの槍が砕けて引き分けに終わった。

 そして今、剣を抜いての戦いに、グラントは幾度も肝を冷やしていた。

 

 一撃が、疾く、鋭く、重い。

 

 負けじとグラントも相手の攻撃を読み、刃を逸らし、受け止め、切り返す。

 が、赤い騎士は敏捷で、当てたとしても掠める程度。

 互いに効果的な一撃にかけたまま、剣は一合、十合と打ち合わされる。打ち合わされるたびに、火花が散って、消えていく。

 

 「……ははっ! やるではないか!」

 

 グラントは楽しくなってきた。

 グラントは、何が何でも優勝しなければならない理由をもっていた。二人の王子を牽制するためとはいえ、シルディアを賞品として据えてしまった以上、彼に負けは許されない。大会に臨む際に、シルディアに請うて預かった、袖に賭けても。

 

 グラントは、もとより、提案した大会に自らも出場し、優勝し、シルディアの自由を確保するつもりであった。そんなグラントの皮算用を、無謀、あるいは傲慢と謗るものもいるかもしれない。

 だが、グラントには、経験に裏打ちされた自信と、確かに積み重ねてきた実績があった。公正に見て、分の悪い賭けではなかった。

 

 けれど――真、世界は広い。

 

 目の前の強敵のような存在は、グラントにとって想定外であった。

 しかし、目的達成を困難にする強敵の出現に、グラントは舌打ちではなく快哉をあげたい気分であった。

 相手にとって不足なし、どころではない。類稀な剣の冴えを見せる強敵との戦いに、グラントの心は躍った。

 

 「…………っ」

 

 相手の返事こそないものの、グラントは、相手が多少なりとも己と同じ気持ちであることを悟っていた。

 剣を打ち合わせれば、わかること。

 赤い騎士もまた、負けられぬ理由をもっていそうだったが――彼もまた、剣の柄に、誰ぞの袖を巻きつけている――それでも、この勝負に気持ちを昂らせているのがわかる。

 

 「――ふっ! まだまだっ!」

 

 口端に笑みを乗せ、グラントは攻撃を繰り出した。

 幾度目かの打ち合いの末に、スタミナが切れてきたのか、赤い騎士の動きが鈍ってきた。そもそもヘルムは、視界の悪さもあるが、その重さゆえに、被って戦闘を行うと呼吸困難に陥ることも少なくない。それを嫌って、兜をつけないものもいる。グラントもそうだし、ヴェルクルッドもそうであった。

 

 相手のスタミナ切れを勝機と見て、グラントは、更に力を込めて赤い騎士の剣を押し返しにかかった。

 赤い騎士は、グラントの剣を凌ぐのがやっとになり始め、ついに、グラントの猛攻に耐えかねて、バランスを崩した。

 

 「……おおおおおっ!」

 

 グラントは、雄叫びと共に渾身の力で剣を振り下ろした。

 

 「――っ」

 

 赤い騎士の短い呼気を、グラントは聞いた。巻き起こる歓声や悲鳴が押し寄せるコロシアムの中にあっても、それは妙にはっきりと、グラントに届いた。

 そして――

 

 「な……!?」

 

 予想外の速さで迫り来る剣に、グラントは目を疑った。

 一瞬――いや、半瞬の怯み。

 それが、勝負の明暗を分けた。

 衝撃。チェインメイルが突き破られ、肩に、剣が突き刺さる。

 

 「……ぐ……っ!?」

 

 それでも尚押し寄せる衝撃に、グラントは持ちこたえることかなわず――仰向けに、倒れた。

 

 

 ――グラントは、負けた。

 


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