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残された者の憂鬱 3


 「きゃあ!? 姫様、ダイアン様! 一体これは何事でございます!?」

 

 秘密の地下通路を使って戻ったシルディアとダイアンをみるなり、セイニーが悲鳴をあげた。

 

 「っ姫! ダイアン!?」

 「お待ちください、エスト様! 今は私にお近づきにならないでください!」

 

 セイニーと共に留守番をしていたエストが、ダイアンの怪我に気付いて駆け寄ろうとしたのを、シルディアが鋭く止めた。

 

 「! は、はい!?」

 

 雨で香水は流れ落ちている。いくらエストが、呪いを防ぐための香水をつけているとはいえ、近づかないに越したことはない。

 反射的に止まり、しゃちほこばって返事をしたエストに、シルディアは手当ての用意を頼む。

 

 「エスト様、お願いします、急いでお湯と、布をお持ちください」

 「は!」

 「セイニー、ダイアン様のお着替えの支度を」

 「はい!」

 

 エストを部屋から出し、セイニーにも以降の指示を与えてから、シルディアは鉢植えのハーブに手を伸ばした。

 

 

 幸いダイアンの傷は、それほど深くはなかった。痕が残ることもないだろう。数日安静にしていれば、問題なく動けるようになるはずだ。

 ダイアンの治療を終えたシルディアは、セイニーに追い立てられるようにして風呂に向かい、身体を温めた。

 そして戻ってきたところで、ベッドで眠るダイアンの様子を窺う。

 その安らかな様子に少なからずほっとしてシルディアが息をついたところで、エストが控えめに声をかけてきた。

 

 「……姫様? もう宜しいですか?」

 「エスト様。――はい、すみません。雨で、香水が落ちてしまいましたので……」

 

 シルディアはエストに詫びた。理由もいわずに近寄るなといわれて、さぞ不愉快に感じただろうと、頭を下げる。

 が、シルディアが魅了の呪いを持っていることは、エストも既に聞いていた。近寄るなといわれたのも、身を案じてのことだと分かっている。

 

 「いえ、どうかお気になさらないでください。承知してます。それで……姫、一体何があったのですか?」

 「そうですわ、姫様。ダイアン様のチェインメイルがあのようなことになってしまうなんて……」

 「実は……」

 

 眠るダイアンから少し距離を取った場所で、シルディアは事の次第を説明した。

 

 「――っ徒歩のものに、馬で突撃するなんて、騎士の風上にもおけません! 一体誰なんですか、そいつは!」

 「……まあ、姫様、それで……大丈夫でございましょうか?」

 

 一通り説明を受けたエストは激昂し、セイニーはおろおろとシルディアに訊ねた。

 大丈夫か、というのは、シルディアの魅了にかかった男たちが面倒を起こさないか、ということである。

 セイニーの心配は当然で、それはシルディアも風呂に入りながら考えたことである。

 

 「……私は名乗っていませんし……しばらく引きこもっていれば、諦めてくださると思うのですけれど……」

 

 ダイアンの名前は呼んだが、ダイアンは、シルディアを「お嬢様」としか呼ばなかった。彼女のその機転に、シルディアは感謝しなくてはならない。そのおかげで、シルディアとダイアンが部屋に引きこもってさえいれば、彼らがこちらをみつけることは出来ないだろうから。

 会いさえしなければ、魅了の呪いは弱まり、シルディアに執着することもなくなるはずだった。

 

 「そう、そうですわよね? 大丈夫、ですわよね」

 「…………ええ、きっと……」

 

 シルディアの言葉にほっと胸を撫で下ろすセイニーだったが――シルディアは、自分で言うほど、大丈夫だとは思えていなかった。

 

 

 それから数日、シルディアは特に慎重を期し、部屋に引きこもる生活を送っていた。

 そのかいあってか、良い便りもないが、悪い変化もなく時間は過ぎた。

 シルディアの警戒も多少弱まったある日、晩餐会が行われた。

 

 これは王と王妃の主催であるべきだったが、王夫婦はそろって、王妃の故郷、大陸に出向いており不在である。当初の予定ではこの晩餐会までには戻っているはずだったのだが、船も出せない悪天候ゆえ、帰国が遅れていた。

 留守を任されていた大臣たちが晩餐会の開催を協議した結果、トレフィナの強い要望もあって開催することが決まった。トレフィナの主催として。

 

 さて、開催までには色々問題が上がった晩餐会ではあるが、スタッフたちは有能であった。裏のごたごたを全く感じさせない手際で、立派な晩餐会を用意してのけた。

 招待客も楽しんでいるようで、その賑やかさは、いつぞやのダンスパーティー以上のようにも思われた。

 

 「…………」

 

 漏れ聞こえる音楽に、あの日、ヴェルクルッドとダンスをした思い出が蘇る。

 胸が塞がれながらシルディアが窓の外を眺めていると――がしゃん! と陶器が割れる音が聞こえた。

 そして、階下から、音が消えた。

 

 「……? 何が……」

 

 音楽も途絶え、意外とよく聞こえる人の話し声もしない。

 

 「大変です、姫様!」

 

 シルディアが首を傾げたところで、相応のお洒落をしてパーティーに参加していたセイニーが、慌しく部屋に飛び込んできた。一緒に参加しているエストの姿はないが、下で何か異変があったのなら、騎士の彼はそちらの収拾に携わっているのだろう。

 

 「セイニー? 一体下で何があったのです?」

 「あ、あの、他国の王子様方が、女性を巡っての喧嘩を始めてしまわれました!」

 「え……もしや、それは……」

 

 シルディアは嫌な予感がした。

 

 「見て参ります」

 

 シルディアの傍に控えていたダイアンは、命じられるよりも早く身を翻し、広間に下りていった。

 

 「ひ、姫様……」

 「…………」

 

 ダイアンの帰りを、シルディアは祈るような気持ちで待った。

 

 「――確認して参りました。……あのお二方で、間違い御座いません」

 「ああ……」

 

 ダイアンの報告に、シルディアは両手で顔を覆った。

 階下で問題を起こしたのは、あの雨の日にシルディアの魅了を受けた男たちなのだ。

 会わなければそれで済むと思って軽率に身を晒した己を、シルディアは強く悔やんだ。

 ――だが、この事態が己の引き起こしたことならば、その責任は負わねばならない。

 シルディアは深呼吸をして無理矢理気持ちを落ち着けると、顔を上げて尋ねた。

 

 「……そ、それで、今はどのようになっているのですか?」

 「グラント殿が仲裁に入られ、今はお二方が引き離されていますが……どちらも、争いを収められる様子はございません」

 「……そんな……」

 

 シルディアは胸元で手を握りしめた。

 


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