レインの花 5
レインの祭りは、特に若い恋人たちを中心として、盛り上がっていた。
「流石に、盛り上がっているな」
「そうですね」
先輩騎士の言葉に頷きつつ、ヴェルクルッドは窓際に寄った。
この華やかな祭りの今日、警邏当番である二人は、兵士詰め所で有事に備えていた。
「で、お前はいいのか? こんな日に仕事してて」
「構いませんよ。どうせ、相手もいませんしね」
からかうように笑いかける先輩に、ヴェルクルッドは気負いなく笑い返した。
恋人たちの祭りは、特定の相手が居るものには外せないイベントだとしても、年頃の独り者にとっては少々肩身の狭いイベントである。むしろ、仕事と言う大義名分があるほうが、言い訳が出来て有難い。
「お前がその気になれば落ちない女の子はいないだろう」
「……そうとも思えませんが……何にしろ、イベントのために、女性を口説こうとは思いませんよ」
「――奉仕の誓い、か?」
「はい」
奉仕の誓い――それは、騎士が行う三つの誓いのうちの一つである。
この地から神が去り、妖精や魔法も確認できなくなって久しいが、それでもいくらかの名残はある。その最たるものが騎士の誓いだ。誓いをかけることで、騎士たちは神々の加護を受け、その身の能力を強化することが出来る――と、言われていた。
現在、その恩恵を受けた騎士は確認されていないのだが、それでも、良き伝統として誓いは行われている。
まず、全ての騎士が行うのが、勇猛の誓いである。これは、騎士叙任式で行う、国を、人を守るという誓いだ。
二つ目は、臣従の誓い。己の生涯にただ一人と決めた主に忠誠を誓うものである。
そして三つ目が、奉仕の誓いである。生涯かけて愛すると決めた女性に行うものだ。
この内、騎士として最低限必要なのは勇猛の誓いだけであるが、三つの誓いを全て行い、果たすことが騎士の理想の姿とされているため、全ての騎士が、相応しい機会を得ようとしていた。
「だが、つきあってみないことには、誓う相手かもわからないだろう?」
「……そうですね。でも俺は、まずは臣従の誓いをと思っていますから」
「……主も女性も、生涯たった一人。なかなかシビアだよな」
死別であれば別だが、一度誓えば、取り消しは出来ない。
誓いを破って主を裏切ったもの、他の女性に心変わりをしたものたちには、昔ならば天罰が下ったのであろう。そのような記述が多く存在する。が、今は神も魔法も御伽噺となっている。実際誓いを破ったものに天罰が下ったという事例はない。
とはいえ、ペナルティがないわけではない。御伽噺のような天罰こそないものの、誓いを破ったものたちは、それを知った周囲の人々から、軽蔑の眼差しで見られる。社会的な制裁が下されるのである。
ならば、誓った相手との相性の悪さは、騎士にとって不幸の種となる。
故に騎士たちは、誓うべき相手を慎重に見定めるのだ。
「で、主にしたい人はもう見つかっているのか?」
「……だったら、いいんですけれどね」
ヴェルクルッドは苦笑した。
騎士になって三年、ヴェルクルッドは、未だに忠誠を捧げる主を見出せないでいた。ヴェルクルッド自身、色々と情報を集めてみてはいるのだが、これはと思う人物と出会えていないのだ。
「ま、いたら寮でくすぶってないか」
「はい」
ヴェルクルッドは、エストや他の仲間たちと騎士寮で暮らしている。騎士寮に住むものは皆、臣従の誓いを済ませていないものたちだ。臣従の誓いを行えば、それ以降、騎士は主の邸に住み込むことになる。
「ああ、だが今年は四年に一度の闘技大会だ。うまくいけば、王族方の目に留まるぞ?」
四年に一度、国を挙げての闘技大会が開催される。王族も見学し、これはと思った騎士を、自分の専属騎士として親衛隊にスカウトすることもあった。
親衛隊加入は、騎士にとって最高の栄誉の一つとされている。この親衛隊には臣従の誓いを済ませたものは加入できないのだが、その点、ヴェルクルッドに問題はない。
「……正直、俺は王族方の、ということに拘りはないんですけれどね」
ヴェルクルッドが求めているのは、迷いなく忠誠を誓える人物かどうか、である。王族に対する敬意はあるし、含みがあるわけでもないが、王族であることは必須条件ではなかった。
「ああ、まあ……正直、微妙だよな。……べたぼれ陛下に、引きこもり姫と、わがまま姫。しかも、今回の大会で親衛隊に召し上げてくれそうなのは、わがまま姫くらいだ」
「先輩……」
不敬罪もいいところである。が、しかし的確に言い表してもいた。
現国王は、王妃にべたぼれである。王妃のいうことに何でも従う。何でも望みをかなえようとする。今現在、国が傾いていないのは、王妃が賢明な人物で、国王の手綱を上手く握っているからだ。
第一王女は、社交界デビュー後に暴力事件に巻き込まれたのがトラウマで、公に姿を見せていない。当然、闘技大会になど顔を見せるはずがなかった。
第二王女は衣装、遊興に金を費やすわがまま姫と専らの評判だ。そして見栄えのいい騎士たちを多く親衛隊に採用しているという。親衛隊の採用枠は多そうだが、騎士として忠誠を誓える人物であるかどうかは大いに疑問だった。
「しかし、何故王妃様は、新規採用してくださらないのだろうな」
頼みの綱の王妃はと言うと、既に親衛隊は十分と考えているのか、ここ数回、新規採用は0で、望みは薄かった。
「先輩は、王妃様の親衛隊を望んでいるのですか?」
「――まあ、それはな。夢ぐらいはみるさ」
そういって先輩騎士が遠い目をしたとき、どんどんどん! と詰め所のドアが荒々しく叩かれた。
「ちょいと、騎士様! 騎士様ってば!」
「はいはい、どうしました」
たまたまドア近くにいた先輩騎士が、ヴェルクルッドよりも早くドアを開けた。途端に恰幅のいい中年女性が飛び込んできて、先輩の腕をむんずと掴む。
「喧嘩だよ! 早く来とくれ!」
「おっと」
「わかりました、どこです、人数は?」
腕を引っ掴まれて驚く先輩に代わって、ヴェルクルッドが訊ねた。
「西の通りの酒場だよ。五人くらいで乱闘になってる!」
「五人ですか……」
ヴェルクルッドは先輩を見た。応援がいるかどうかの判断を求めたのだ。
その問いに、先輩は軽く頷いて見せてから、己の腕を掴む中年女性を見下ろした。
「何か武器は? 剣とか」
「刃物はなかったけど、椅子とか皿とか……とにかく早く止めとくれ!」
動きの遅い騎士たちを急かすべく、中年女性は先輩騎士の背中に回ってぐいぐいと押しだした。
「よし、行くか、ヴェルク」
「了解です」
「早く、頼んだよ!」
中年女性に背中を押されながら、二人は、喧嘩の仲裁に出動した。