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魔女の館で 3


 「く……っ」

 

 己の失態を悟ったヴェルクルッドが唇を噛み締めた瞬間に、グラントが駆けた。一拍遅れてヴェルクルッドも続く。

 

 「……あ……ああ……」

 

 今はもう叫ぶ気力もないのか、うつろな目をした王子の喉元にライオンの牙がくいこみ、肩が噛み千切られる。

 

 「ふんっ」

 

 グラントが、ライオンの頭部目掛けて剣を振り下ろした。

 が、それは咄嗟に身を引いたライオンのたてがみを数本切り取ったに留まった。

 

 「は!」

 

 ライオンを捉えたのは、続いて繰り出されたヴェルクルッドの剣だった。

 ライオンが、グラントの攻撃を避けた場合にくるであろう場所。そこを予想して繰り出した剣が、狙い過たず、ライオンの身体を刺し貫いたのだ。

 ライオンが示した抵抗は弱々しいものであった。びくりびくりと身体を痙攣させたかと思うと、やがてどうと倒れ、その動きを止めた。

 

 「…………」

 

 しばらく、誰も言葉を発しなかった。動かなかった。

 濃い血の匂い、獣くささが広間を支配する。

 

 「あ……ああ……王、子……」

 

 腰を抜かした侯爵が喘ぐように呟いた。

 ――王子の生存は、絶望的であった。かっと見開かれた双眸に、既に命の光は認められない。

 

 「…………申し訳ありません……」

 

 俯き、ヴェルクルッドは謝罪した。

 グラントにライオンの警戒を頼まれていたのに、水晶が怪しいと睨んだヴェルクルッドの思考から、ライオンの存在は抜け落ちていた。ライオンを警戒していれば、王子はこのような目にあわなかったのに。

 

 「――お主のせいではない。俺とて、すっかり忘れ去っていた」

 

 そもそもライオンは従順に見えた。指示があって初めて動くのだろうと、思い込んでしまっていた。

 

 「……それでも……血の匂いに敏感なのは獣として当然……」

 

 目の前に傷ついた獲物があれば、好機を逃さずに飛び掛る。

 それを忘れてはならなかったのだと、ヴェルクルッドは悔やむ。

 

 「…………」

 

 グラントは無言でヴェルクルッドの肩を叩いた。

 

 「――さあ、他に女たちは捕まっていないか!? ここを出て、故郷へ帰るがいい!」

 

 グラントの声に、部屋の隅で固まっていた女性たちが、そろそろと動き出した。

 

 

 侯爵は、すっかり抵抗の気力を失ったようだ。正気を取り戻した女性たちの罵詈雑言にも反応せず、念のためにと縄をかけても、がっくりと項垂れたままだった。

 己の館内で、しかも己のペットが王子の命を奪ったのだ。どう言い訳しようと、侯爵に再起の道はないだろう。

 

 「あ、有難う御座いました! このご恩は一生忘れません!」

 「有難う御座いました」

 「おう、二人とも、達者で暮らせよ」

 

 ジャックとリズの心の篭った見送りを受けて、グラントとヴェルクルッドは帰路につく。

 

 「……そう落ち込むな。何はともあれ、女性の誘拐事件は解決したのだし」

 「……はい」

 「…………」

 

 返事はするものの、ヴェルクルッドの表情は暗い。

 グラントは無言で肩を竦め――ふと、別の話題を思いついた。

 

 「しかし、ヴェルクルッド。お主、あの館で不調は感じなかったのか?」

 「――ああ、はい。グラント殿は、何故か不自然に硬直なさっていましたね」

 「おう。捕まった娘たちは、あの不思議な水晶を見ていると、頭がぼうっとして、いつの間にか言いなりになっていたとか言っていたが……さて」

 

 馬上で、グラントは腕組みをした。

 グラントは件の水晶を目で見ていない。侯爵の声に従った――いや、従わされた感じだった。

 

 「そういえば、あの水晶、どうした」

 「はい、それでしたら一応、持ってきてあります」

 

 ヴェルクルッドは、水晶を押し込んだ布袋を掲げて見せた。

 

 「放置するのも破壊するのも、どうにも気が引けまして」

 

 放置して誰かに悪用されるのは防がなくてはいけないし、破壊して、それで何か不都合が出るのも避けたい。持ち帰るのが安全との保証もないが、とりあえず、持ってきておいたのだ。

 

 「うむ。前時代の遺物かもしれんしな」

 

 前時代、とは、神と深い繋がりがあり、魔法が世界に満ちていた時代のことだ。その頃に作られた魔法道具が、ごく稀に見つかることがある。グラントは、水晶がそれではないかと考えたのだ。

 確かに、人を意のままに操る力など、魔法でもない限り不可能だろう。

 

 「……ところで、気持ち悪くはないか?」

 「……はい。今のところは」

 

 ヴェルクルッドにしてみれば、ただの水晶だ。不可思議な現象を目の当たりにしたことで薄気味の悪さはあるが、それだけだった。

 

 「……ふむ。体質か? いや、俺も今は平気であるしな」

 「発動には、何か条件があるのでしょう」

 

 伝説として残っている魔法道具は、剣のように通常の使用方法で効果を発揮するものもあるが、大抵は呪文や手順が必要とされる。恐らく、この水晶もそれらの一つなのだろう。

 

 「そうか。……ふむ。上手く使えば、わがまま姫の性格矯正にいけるかと思ったんだがな」

 「……魔法などには頼らず、グラント殿がよろしくご指導ください」

 

 ヴェルクルッドは苦笑した。

 グラントの利用方法は一考の価値がありそうだし、彼が使う分には問題ないだろうとも思う。

 だがその場合、遅かれ早かれ、魔法水晶の真価はまわりに知れ渡る。

 今回の侯爵のように、悪事に利用されるリスクが高まることを考えれば、ヴェルクルッドはグラントの言葉に頷く気にはなれなかった。

 

 「そうはいうが、なかなか難物だぞ、あの姫は」

 

 提案を却下されたグラントだったが、さして残念そうでもなく肩を竦めた。

 グラント自身、本気の提案ではなかったのだろう。

 そして、にやりと笑いかける。

 

 「その点、お主はいいな。麗しく聡明な主を得て」

 「……真、この身に余る光栄です」

 

 噛み締めるように、ヴェルクルッドは言った。

 早く主に会いたかった。

 後味の悪さが残る結果ではあったが、それでも、シルディアが恐れた、トレフィナの不幸は取り除けた。

 

 ならば主は、この結果に喜んでくれるはずだ。労いの言葉の一つも、いただけるはず。

 剣を捧げた主に見返りを求めるのは、騎士として些か不純であるかもしれないが、己が努力を労われることが、嬉しくないはずがない。

 何より、主の微笑みを見ることが出来れば、ヴェルクルッドが抱く後味の悪さも消え去るだろう予感があった。

 

 「姫……」

 

 シルディアに思いを馳せ、ヴェルクルッドが城のほうに視線を向けた、その時。

 

 「――ヴェルク! ヴェルクー!」

 「……エスト?」

 

 大声で名を呼びながら、馬を全速力で走らせてくるエストを見つけて、ヴェルクルッドは嫌な予感を抱いた。

 

 「ヴェルク……! 大変だ! シルディア姫が、攫われた……!」

 「な……!?」

 

 エストが齎した凶報に、ヴェルクルッドの視界は真っ暗になった。

 


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