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隣国の使者 3


 トレフィナの用件について、二人共に思いつくことがないまま歩いていたら、そのトレフィナが、護衛騎士を連れてシルディアの部屋に向かっているところに鉢合った。

 

 「――ヴェルクルッド!」

 「トレフィナ姫」

 

 真っ直ぐ歩み寄ってきたトレフィナに、ヴェルクルッドは丁重にお辞儀をした。

 トレフィナは、小さく頷いてその礼を当然のように受け止めると――シルディアを見た。

 

 「……お姉様。お約束どおり、ヴェルクルッドをお借りしますわ」

 「え、ええ……」

 「お待ちください、トレフィナ姫。まず、シルディア姫をお部屋までお送りさせてください」

 「…………」

 

 ヴェルクルッドはシルディアの親衛隊騎士だ。既に城内とはいえ、外出中のシルディアの護衛は、ヴェルクルッドの仕事である。

 だが、それでもトレフィナは良い顔をしなかった。

 口を引き結んだトレフィナを見て、シルディアがヴェルクルッドに手を振った。

 

 「いえ、良いのです、ヴェルクルッド様。もう城内ですし、部屋まではすぐです。危ないことなんてありません」

 「しかし」

 「大丈夫です。トレフィナの話を聞いてあげてください。では……きゃっ!?」

 

 食い下がろうとするヴェルクルッドを残し、既に歩き出していたシルディアは――不意に建物の陰から出てきた男に、ぶつかった。

 

 「おっと」

 

 シルディアにぶつかった男が、態勢を崩したシルディアの腕を掴んで支えた。

 

 「姫?!」

 

 ヴェルクルッドは、トレフィナをその場に置いて、シルディアの元へと駆けた。

 

 「す、すいません、失礼しました。余所見をしていたもので……っ!?」

 

 シルディアは、ぶつかった詫びをいいながら、支えてくれた男を見上げ――そして息を呑んだ。

 赤褐色の髪に青い瞳の男が、食い入るようにシルディアを見つめていた。

 そして――ぽつりと呟く。

 

 「…………美しい……」

 「っあ、あの……手を……」

 

 シルディアは急いで男と距離を取ろうとしたが、しかし腕を掴んだ手は解けない。むしろ痛いくらいに食い込み始めていた。

 手を振り払おうと、控えめに腕を動かすシルディアだが、そんな抵抗をものともせずに、男は、逆にシルディアのほうへ一歩詰め寄った。

 

 「お名前を聞かせていただけませんか? 美しいレディ」

 「あ、あの、私……」

 

 真っ直ぐに、強く。

 シルディアの瞳を覗きこんで熱っぽく懇願してくる男に、シルディアは動揺した。その視線に捕らわれたかのように、抵抗が止まる。

 

 「私、は」

 

 身体は動かなかったが、シルディアの頭は、一刻も早く逃げなくてはと焦っていた。

 だが、男の視線が、それを許さない。

 

 「姫!」

 

 その時、ヴェルクルッドがシルディアの元に駆けつけ、男の手首をぐっと掴んだ。

 

 「っヴェルクルッド様……」

 

 シルディアは、ほっと安堵の息をついた。

 男の視線が、ヴェルクルッドに移動した。

 

 「手を離し、お下がりください。そのお方は、許可なく触れて良い方ではありません」

 「――姫、で、いらっしゃる? ……これは、失礼致しました」

 

 ヴェルクルッドの警告を受けた男は、今一度シルディアを見――手を離すと、一歩引いて礼をした。

 

 「……い、いえ……私の不注意でしたし……支えてくださって……有難う御座いました……」

 

 男に返事をしながらも、シルディアはヴェルクルッドの背に隠れていた。ヴェルクルッドも、シルディアを庇うように立つ。

 

 「…………私は、隣国より使節として参りました、パラデスと申します。お名前を頂戴してもよろしいでしょうか、麗しき姫君」

 

 パラデスと名乗った男は、ヴェルクルッドの後ろから少しだけ顔を覗かせるシルディアを見つめて請うた。

 

 「…………シルディアと、申します」

 「シルディア姫……では、我が主の想い人、トレフィナ姫の姉君様……。ああ、私は、神にこの出会いを感謝します」

 「……あ、あの……」

 

 パラデスの熱い視線に、シルディアは怯んだ。縋るように、ヴェルクルッドの服の裾をきゅっと握りこむ。

 だが、そんなシルディアの怯えは、パラデスの目に入っていないようだった。パラデスは片膝を地につけ、シルディアを見上げる。

 

 「どうか、我が愛をお受けください。そして願わくば、シルディア姫の愛を、私にお授けください」

 「……っ」

 

 それは、奉仕の誓い。パラデスは、たった今出会ったばかりのシルディアに、永遠の愛を誓ったのだ。

 

 「――姫」

 

 ヴェルクルッドは、背後で息を呑んだきり反応を見せないシルディアに、短く呼びかけた。

 

 「! あ、は、はい」

 

 ヴェルクルッドに呼ばれて、シルディアの、ストップしていた思考が動き出した。

 パラデスの想いを受けいれるか、断るか。

 どうするかなんて迷う余地は、シルディアにはなかった。

 シルディアは、そっと深呼吸をし、告げる。

 

 「――申し訳ありません、パラデス様。そのお申し出は、お受けできません」

 

 明確な拒絶。

 そして、それに対するパラデスの反応を目にする前に、シルディアは身を翻していた。

 

 「っお、お待ちください、シルディア姫! シル……」

 

 あっさりと拒絶されたパラデスは、慌ててシルディアを追おうとした。ヴェルクルッドの横をすり抜けて走り出そうとしたが――その肩を、ぐっと掴まれ、足が止まる。

 

 「お下がりください、パラデス殿。姫は貴方を拒絶なさいました」

 「…………っ」

 

 パラデスは唇を噛み締めた。

 ヴェルクルッドの射竦めるような視線と、淡々と――だが底冷えするような声音は、確かにパラデスの動きを止めるに十分だったが、パラデスにとって一番辛かったのは、「姫は貴方を拒絶しました」の言葉であった。

 

 「……」

 

 疑いの余地のない拒絶を、パラデスが動揺しつつも受け入れようとしているのを見たヴェルクルッドは、彼の肩から手を離し、事の成り行きを見守っていたトレフィナを振り返った。

 

 「――トレフィナ姫、申し訳御座いません。お話は、また後でお伺いします」

 「……ええ。私もお姉様のお部屋にいくわ」

 「――は」

 

 ヴェルクルッドはトレフィナに一礼し――そして、立ち尽くすパラデスを一瞥した後、シルディアを追って駆け出した。その後に、護衛騎士を従えたトレフィナが歩いて続く。

 そして――一人その場に残されたパラデスは。

 

 「…………シルディア、姫……!」

 

 シルディアが入っていった建物をじっと見つめ、焦がれるように、その名を呼んだ。

 


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