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憂鬱な訪問 2


 その日、シルディアとヴェルクルッドは、トレフィナの訪問から逃げるように、城下へと出ていた。

 

 「…………どうしてでしょう? 注目を浴びていますね?」

 

 いつもと違う様子に首を傾げて、シルディアはヴェルクルッドに小声で訊ねた。

 これが男性のみからの視線であれば、シルディアは逃げるか身を隠すかするところだったが、向けられている視線は性別問わずであったので、逃げ出すことはまだしないでいた。

 

 「……申し訳御座いません」

 

 シルディアは思い至っていないようだったが、しかしヴェルクルッドには心当たりがあった。

 

 「……恐らく、私のせいかと存じます」

 「……? ヴェルクルッド様の? ……ああ、そうですね。ヴェルクルッド様は、一番隊の騎士様。皆さんの注目の的ですものね」

 「……いえ、それもないとは申しませんが……皆は姫を見ております」

 「……私を、ですか?」

 

 シルディアは、己の格好に不自然なところでもあるのだろうかと見回した。が、今までと変わらぬ街娘の姿である。おかしな点があるとは思えなかった。

 だがヴェルクルッドからしてみれば、普通の街娘にしては服が上質すぎるし、何よりシルディアの身のこなしの優雅さが、街娘としては不釣合いなのだが――この注目は、そのせいだけではない。

 

 「はい。姫は私をお取立てくださいました。私が従って歩いているところを見かければ……皆、姫と悟りましょう」

 「……ああ、そう、ですね……」

 

 街娘の扮装をしていればバレないと思い込んでいたせいだろう。少し考えればすぐに思いついたはずのことに気付けなかった己に、シルディアはそっと苦笑した。

 

 「……お忍びをご希望の姫には、真に申し訳ありませんが……」

 「まあ、いいえ。ヴェルクルッド様のせいではありません。……そうですね、今度からは少し変装をしてみましょうか」

 「は。仰せのままに」

 

 シルディアの提案に、ヴェルクルッドが折り目正しく礼をしたその時、背後から「ヴェルクルッド様!」と声がかかった。

 

 「――マリーヌ嬢」

 

 振り返れば、荷物を抱えたマリーヌが、ヴェルクルッドを見つけて駆けて来るところだった。

 

 「ヴェルクルッド様、おめでとう御座います! 親衛隊に入られましたね! 式、見に行きま……っ!?」

 

 満面の笑顔のマリーヌだったが、ヴェルクルッドの体越しにシルディアの姿を見つけた瞬間、息を呑んだ。笑顔が驚愕に取って代わられる。

 

 「……こんにちは、マリーヌさん」

 「……っこ、こんにち、い、いえ、ご、ごきげんよう!? し、シルディア姫様っ!!」

 

 慌てふためき、王族に相応しい挨拶の言葉を考え考えお辞儀したマリーヌは、その深いお辞儀の際に、抱えていた荷物を地面にぶちまけてしまった。リンゴが転がる。

 

 「まあ、大変」

 「そ、そそそ、そんなシルディア姫様、ど、どうかお気遣いなくっ!!」

 

 散らばったリンゴの一つをシルディアが拾い上げたことに、マリーヌは顔を青くして懇願した。

 姫の手を煩わせるのは、庶民のマリーヌには大変畏れ多いことだった。混乱した頭で、姫の手を煩わせた罪で罰せられる己の姿までもを想像してしまっていた。

 

 「…………」

 

 軽いパニックに襲われているマリーヌと、そんなマリーヌの過剰反応に悲しげな微笑をみせるシルディア。その二人の横で、ヴェルクルッドは手早くリンゴを拾い集めた。

 

 「――どうぞ、マリーヌ嬢」

 「!? あ、有難う御座います、ヴェルクルッド様! え、ええと……で、では、これで失礼致します!」

 

 差し出された荷物を受け取って、再び深くお辞儀をしたマリーヌ。またリンゴが転がり落ちたが、それは、半ば予想していたヴェルクルッドによってキャッチされ、一番上に戻された。

 

 「あああ、重ね重ね、有難う御座います! ヴェルクルッド様! またお休みの日にでも店に来てくださいねっ!」

 

 流石に学習したマリーヌは、今度は軽いお辞儀に留めて、脱兎の如く、走り去った。

 

 「…………」

 「……姫」

 

 マリーヌの後姿を悲しげに見送るシルディアに、ヴェルクルッドは控えめに声をかけた。

 

 「……さあ、行きましょう、ヴェルクルッド様」

 

 シルディアは、作った微笑みをヴェルクルッドに向けて――振り切るように踵を返して歩き出した。

 

 

 それから目的地に着くまで、シルディアは一言も喋らなかった。視線を俯かせ、足早に進む。

 

 「…………」

 

 ヴェルクルッドは周りの様子に目を配りながら、遅れることなくついていく。

 やはり皆、シルディアを遠巻きに見ている。

 悪意は感じない。好意的ではあるのだろう。

 

 だが――以前、シルディアが姫とは知られる前、シンディであったころ。彼女はいきつけの店の主人と親しげに挨拶を交わしていた。それが今はどうだ。シルディアが声をかけても、主人らは顔を引きつらせ、なんとか丁重な一言を返すだけ。そこに親しみは感じられなかった。

 

 シルディアは姫なのだ。無理もない反応だと、ヴェルクルッドは思う。しかし、頭で理解は出来ても感情は別だろう。今まで親しくしてきた相手に、敬意が根本にあるとはいえ、一方的に壁を作られてしまっては――それは、とても寂しいことだろうと、想像がつく。

 

 「…………」

 

 足早ながらも悄然とした様子のシルディアの背を見つめながら、ヴェルクルッドは何とかしたいと思った。

 

 シルディアの愁いを払いたいと思う。

 シルディアの笑顔が見たいと、思う。

 

 「……こちらです」

 「! こちら……でございますか」

 

 足を止めたシルディアが振り仰いだのは、庭に所狭しと花が植えられた一軒家だった。

 

 「はい。ここが、私の先生のお家です」

 

 そういってシルディアは、一つ深呼吸をした。

 その仕草で、ヴェルクルッドは、シルディアが緊張していることを知った。

 何を緊張しているのか。

 考えるまでもない。シルディアは、先生に拒絶されるのを恐れているのだ。

 

 「――姫、私が先に参ります」

 

 ならばと、ヴェルクルッドは申し出た。

 シルディアよりも先に先生に会い、シルディアを拒絶しないよう頼むつもりだった。

 

 「……ヴェルクルッド様……」

 

 ヴェルクルッドの申し出の意図を、シルディアは察した。

 エメラルドグリーンの瞳が一つ瞬いた後――じわりと滲み、すぐに伏せられる。

 

 「……お気持ちは、とても有難いですけれど……」

 

 ヴェルクルッドの優しさに甘えてしまい気持ちは、確かにあるけれど。

 

 「……ですが、私、参ります」

 

 シルディアは顔を上げて告げた。

 身分を隠していたのは己の咎だ。その責めは、拒絶だろうと罵声だろうと、甘んじて受けよう。

 そう決意して、シルディアが一歩を踏み出したとき。

 

 「――何をそんな悲壮な顔をしているんだい? シンディや」

 「! 先生……!」

 

 生い茂った緑の狭間から、老婆――シルディアの先生が、姿を現した。

 


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