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逃げるもの、追いかけるもの 2


 朝錬の後、朝食。それからは各自持ち場について仕事である。つまりヴェルクルッドは、シルディアの親衛隊として、その周辺警護をするべきなのであるが。

 

 「姫様は日中、主に私室にいらっしゃいますので、詰める必要はないとのことです」

 「……了解しました」

 

 セイニーの伝言に、ヴェルクルッドは僅かな沈黙の後に頷いた。

 王族の私室がある階層は、女性騎士によって警護されている。私室にいる限り滅多なことは起きないし、警護責任は女性騎士たちにある。親衛隊の主な仕事は、外出する主の警護であるから、ヴェルクルッドが文句を言う筋合いのことではない。

 

 ――が、どうにかして誓いを受けてもらいたいヴェルクルッドにしてみれば、シルディアと接触する機会が減るのは歓迎できなかった。

 説得する材料があるわけではないが、このまま、説得を試みる状況すら手に入れられないのでは、という不安を抱く。

 

 「……ヴェルクルッド様、とりあえず、お荷物を運び込まれては如何ですか?」

 「……そうですね」

 

 仮住まいとはいえ、しばらくはこちらで寝起きすることになる。着替えや日用品は必要だ。それに、ヴェルクルッドが親衛隊のくくりに入ったことで、一般騎士の仕事に穴をあけることになる。その調整もしなくてはならない。

 

 「では、お言葉に甘えて――そのように」

 「はい。何か御座いましたら、声をかけさせていただきますわ」

 「はい、是非に」

 

 セイニーは、ヴェルクルッドの味方のようだ。協力的な言葉に有難く頷いて、ヴェルクルッドは騎士寮へと向かった。

 

 

 一通りの用事を済ませ、部屋の整理もついたところで、螺旋階段を慌しく駆け上がる音が聞こえてきた。

 

 「ヴェルクルッド様! 大変で御座います!」

 「セイニー嬢? もしや、シルディア姫に、何か……!?」

 「あ、あああああのっ! い、今、今、トレフィナ姫様がいらしてて……」

 「……トレフィナ姫が?」

 

 ヴェルクルッドは眉を顰めた。

 昨日のことを考えれば、あまり友好的な訪問とは思えなかったが、しかしセイニーがこれほど取り乱している理由がわからない。

 

 「はい、是非、ヴェルクルッド様もご一緒にお茶を、と……仰っているんですけれど……! 姫様は今、いらっしゃらないのですっ!」

 「……は? シルディア姫が、いらっしゃらない……?」

 

 ヴェルクルッドは耳を疑った。

 シルディアは巷では引きこもり姫と評判である。全く人前に姿を現さない――自室に篭って出てこない、という噂であった。それは強ち間違いでもなく、昨夜のパーティーで初めてシルディアを見かけた貴族が多かったほどだが、その引きこもり姫が自室にいないとは、一体どういう事態なのか。

 

 「はいっ! ええと、ヴェルクルッド様は、もう街娘姿の姫様とお会いになっているのですよね?」

 「――シンディ嬢……」

 

 街娘の姿で、一人城外に出ていたシルディアを思い出す。

 シルディアとしては人前に出ていなかったが、しかし、変装して自由に街へ行くことは出来る――と、いうことは。

 ヴェルクルッドは、己の血の気が引いていく音を聞いた。

 

 「……っお、お一人で……!?」

 「はい、そうなんです! もう、なんど言っても姫様は、大丈夫だからと止めて下さらなくて……って、それよりも今は、姫様に一刻も早くお帰りいただかないと……っ! トレフィナ姫様にこのことが知られたら、きっと面倒なことになりますわ! ヴェルクルッド様、お願いで御座います! どうか、姫様を捜して連れ戻してくださいませんか!?」

 

 王族の一人歩きなど、無用心に過ぎる。セイニーの懇願に、ヴェルクルッドにすぐさま頷いた。

 

 「それは、勿論です――しかし、姫がどちらにいらっしゃるか、心当たりは……?」

 「わかりません!」

 「っ」

 

 力いっぱい断言されて、ヴェルクルッドは頭を抱えたくなった。

 街は広い。そして、シルディアには城外に花を摘みに行った前科もある。捜す場所の見当がなければ、日が暮れるまで捜したって見つけられないだろう。

 

 「と、とにかくお願いいたします! ヴェルクルッド様と姫様がご一緒にお出かけと言っておきましたので、なんとか、どうか!」

 

 セイニーはお茶の用意を名目に部屋を出てきたので、それほど長く留守にはしていられないのだ。シルディアの捜索は、ヴェルクルッドだけが頼りであった。

 

 「――分かりました、捜しに行きます」

 「お願い致します!」

 

 

 「……っ」

 

 とにもかくにも、城下へ続く道を走りながら、ヴェルクルッドは考えた。

 もし花を摘みに出たのなら、街門を通っている。

 

 「まずはそれぞれの門に確認と――途中、あの広場も確認してみるか」

 

 ヴェルクルッドは、以前、シルディアが露店を出していた広場を経由して、東の門を見に行った。

 が、広場にも東門にも、シルディアはいなかった。

 

 「――次は……っ」

 

 東門から南門への最短ルートを思い起こす。

 市民街を抜けていくのが一番早い。

 ヴェルクルッドは、裏道を駆け抜けて――

 

 「……っ!?」

 

 鼻を掠めた香りに、足を止めた。

 

 「この、香りは……」

 

 爽やかに甘い香り。この香りには覚えがあった。シンディが――シルディアが纏っていた香りだ。

 胸の鼓動が、強く早く打ち始めたのを自覚しながら、ヴェルクルッドは周囲を見回した。

 香りが強い方角を探す。

 果たして――シルディアは、そこにいた。

 華奢な後姿。

 それを見た途端、ヴェルクルッドはシルディアを後ろから抱きしめたい衝動に駆られた。

 腕の中に閉じ込めて、柔らかさと暖かさを感じたい。

 

 「……っ」

 

 ヴェルクルッドは、不敬に過ぎるその想いに慌てて蓋をして――呼びかけた。

 

 「――シル、シンディ嬢!」

 

 シルディア姫、といいそうになったのを慌てて言い換えて、ヴェルクルッドはシルディアに駆け寄った。

 

 「ヴェルクルッド様? まあ、どうなさいました?」

 

 ヴェルクルッドの登場に驚いたシルディアが、眼を丸くする。

 

 「っ妹君がいらしています。急いでお戻りください」

 「! わかりました。では、こちらへ」

 

 ヴェルクルッドの簡潔な説明に、シルディアはすぐに理解を示した。

 

 「シンディ嬢?」

 

 理解してくれたはずなのに、身を翻したシルディアは、城から遠ざかるほうへ歩いていく。ヴェルクルッドはシルディアについて歩きながらも、それを不審に思った。

 

 「他言無用でお願いします。こちらに――隠し通路があるのです」

 

 やがて一軒家に入り、隠し通路の入り口を素早く開くシルディアを見て、ヴェルクルッドはそっと溜息をついた。

 このような隠し通路があるのでは、街に出かけ放題だ。そして実際、シルディアはそうしているのだろう。

 

 シルディアのすぐ後について進むヴェルクルッドは、不意に、シルディアの残り香――爽やかに甘い香りに気がついた。

 気付いた上で、先を行くシルディアの後姿を見ていると、先ほど抱いた感情が蘇ってくるようで――ヴェルクルッドは急いで、そっと視線を伏せた。

 そしてヴェルクルッドは、シルディアの足元、さらさらと動く彼女のローブの裾を見ながら訴える。

 

 「――セイニー嬢が嘆いておりました。姫、どうか、お一人で出歩かれるのはお止めください」

 「まあ……ですが、大丈夫ですよ? 危ないことはありません」

 「これからもそうだとは限りません」

 「……ですが……」

 「姫、どうか、」

 

 不思議そうな、そして若干不満そうなシルディアを説得しようと、ヴェルクルッドが言い募りかけたとき、光差し込む出口のほうから声が届いた。

 

 「――っ姫様! ヴェルクルッド様! ああ、良かった!」

 「ああ、セイニー、ごめんなさい。大変だったでしょう? トレフィナは?」

 

 シルディアが駆け出した。ヴェルクルッドも、今は苦言を飲み込んで、その後に続く。

 

 「姫様のお部屋でお待ちで御座います。もう、お戻りまでお待ちすると仰って……ヴェルクルッド様、有難う御座いました!」

 「いえ」

 

 シルディアは戻ってきたが、しかし本当の山場はここからである。

 トレフィナの訪問を乗り越えなければいけないのだから。

 

 「姫様、急いでお召しかえを!」

 「ええ」

 

 シルディアは、手荷物をセイニーに預けて、羽織っていたマントを脱いだ。

 


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