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レインの花 2


 翌日、「頼む! どうにかして見つけてきてくれ!」とエストに拝まれて送り出されたヴェルクルッドは、とある湿地帯の前で、愛馬ノエルの足を止めた。

 

 「エストはここで見つけたと言っていたが……」

 

 ノエルに乗ったまま、湿地帯を見渡す。

 主に草、所々に花が咲く様子が窺えるこの湿地帯に、探し物がある――はずだった。

 

 「…………この中から探すのか……」

 

 見た限り、青い色はなかった。

 よく考えずとも、祭りに備えて採りつくされたのだろうと推測できた。そもそもエストが摘みに来た時点で既に発見が難しかったのだ。前途多難さに、溜息が出る。

 

 「……いや、溜息ついている間にも、探さなくてはな」

 

 馬で来ているとはいえ、日没前には王都に戻らなくてはならない。太陽は既に中天に差し掛かりつつある。のんびりしていては、今日中に花を見つけられない。

 ――ここにまだ残っていると仮定して、であるが。

 

 「…………」

 

 あまりやる気は出なかったが、頼まれ、引き受けてしまった以上、探さないわけにもいかない。

 ノエルから降りたヴェルクルッドは、その首を軽く叩いて、しばしの自由を許した。

 のんびりと草を食み始めたノエルを少々羨ましく思いながら、ヴェルクルッドはまずは足元の草花から、確認し始めた。

 さて――一体、どれくらい探しただろうか。

 空がオレンジ色に染まり始めたのに気付いて、ヴェルクルッドは腰を伸ばした。

 

 「……駄目だな」

 

 結局、レインの花は見つかっていない。

 レインの花があったであろう辺りは、茎の途中で切り取られた跡が見受けられるばかりで、つぼみをもっているものは一つも見つけられなかった。

 

 「…………」

 

 ヴェルクルッドは太陽の高さを確認した。

 もう、帰らなければならない頃合だ。

 探し物が見つけられなかったのは残念だったが、探索は打ち切ることにして、ヴェルクルッドは、ぴい、と軽く指笛を吹いた。

 すると、それまでのんびりと辺りを散歩していたノエルが、ぴくりと耳を動かし――とっとっと、と彼に向かって歩いてくる。

 ヴェルクルッドは数歩大きく踏み出してノエルの歩調に合わせると、その背にひらりと跨った。

 

 

 ノエルを駆け足で進ませ、王都への道半ばに来たあたりで、ヴェルクルッドは前方に女性の姿を見つけた。足早に進む彼女の背で、緩やかなウェーブが掛かった栗色の髪が、忙しげに跳ねている。

 ヴェルクルッドはノエルの歩調を緩ませて下りると、彼女の少し後ろから声をかけた。

 

 「――もし、お嬢さん?」

 「――っ?」

 

 彼女が振り返った。

 彼女の髪がふわりと動いた拍子に、芳しい香りがした。爽やかな甘さを感じさせる、ヴェルクルッドにとって心地の良い香りだった。

 一体何の香りかと疑問に思って――すぐに気がついた。

 彼女は、花が一杯に詰まった籠を抱えていた。どの花かまではわからないが、そのどれかではあるのだろう。

 

 「もうすぐ王都の門も閉まる時刻です。よろしければ、お送りしましょう」

 

 ヴェルクルッドは、彼女に向けて左手を差し出した。その左手には、金のバングルがある。それは、王国の騎士の証だ。

 国を、民を守ることを自らの責務とした、騎士の証。

 

 「……あ、……ええ、有難う御座います。そうしていただけると助かります、騎士様」

 

 彼女は、ヴェルクルッドの騎士の証に目を留めてもなお若干の躊躇いをみせたが、控えめに微笑んだ後、そっと、手を重ねた。

 

 「…………」

 

 ヴェルクルッドは、彼女の手をとった際に僅かな違和感を抱いた。が、特に口にすることはせず、彼女をノエルの背に乗せる。

 女性の足では閉門に間に合うかどうか微妙な線だが、ヴェルクルッドの早足ペースならば遅れはしないだろう。

 そうあたりをつけてからヴェルクルッドは、彼女を馬に乗せるときに引き受けた篭を軽く抱えなおした。

 

 「このようにたくさんの花……お嬢さんは花屋なのですか? ああ、失礼。自己紹介が先ですね。私は、ヴェルクルッドといいます」

 「まあ……では、一番隊のヴェルクルッド様でいらっしゃいますか?」

 

 ヴェルクルッドの名前を聞いた彼女は、美しいエメラルドグリーンの瞳を瞬いた。

 一番隊は、騎士の中でも特に優秀とされる者たちで構成されており、人々の注目度も高い。

 ヴェルクルッドは、光栄にも一番隊への転属が決定したとき、先輩騎士から、「これからは今まで以上に身の振る舞いに気をつけろよ、あることないこと噂されるからな」との忠告を受けた。そしてその通り、何度か己の噂を耳にしたことがあったので、名を知られていることには今更驚かず、微笑んでみせた。

 

 「お噂はかねがね伺っております。お会いできて光栄です。私はシンディと申しまして……花屋ではなく、香水を、扱っております」

 「香水を? ああ、通りで、貴方から芳しい香りがするはずですね」

 「っ」

 

 先ほどのシンディの香りを思い出したヴェルクルッドは素直に賞賛したが、しかし、それを聞いたシンディの反応は不可解だった。

 嬉しげにするでもなく、照れるでもなく――表情を、強張らせたのだ。

 

 「……シンディ嬢? どうされました」

 「あ……い、いえ……お気に召したのでしたら……ようございました」

 

 シンディを見上げたヴェルクルッドに向けられたのは、ぎこちなく取り繕われた微笑みだった。

 少し迷った末に、ヴェルクルッドは話題を変えることにした。

 抱える籠に視線を落とす。

 

 「香水には、このように花をたくさん使うものなのですね」

 「あ、はい――今日、ようやく時間が取れましたので、もう少しもう少しと思っていたら、このような時間になってしまいました。ヴェルクルッド様にお声をかけていただけて、助かりました。ありがとうございます」

 「いいえ、民を守るのが、我ら騎士の務めでありますので。……ところで、出会った早々に恐縮ですが、一つお伺いしたいことがあります」

 「……なんでしょう?」

 

 シンディの顔に、警戒の表情が浮かんだ。

 一体何をそんなに怯えているのか――不思議に思いつつも表情には出さずに、ヴェルクルッドは訊ねる。

 

 「レインの花を、お持ちではないでしょうか」

 「っ」

 

 シンディが小さく息を呑んだ。薔薇色の唇がわななき、視線が素早く彷徨う。

 

 「……こ、恋人への贈り物は、見つけることが出来ませんでしたか……?」

 

 隠しようのない、不審な素振り。

 

 「……ええ」

 

 シンディの真意を探るように、ヴェルクルッドは彼女の瞳を覗きこんだ。

 束の間視線が交わっただけで、まるで熱い物に触れたかのように、シンディの身体はびくりと跳ねた。

 

 「……ぶるるる」

 「……大丈夫だ、ノエル」

 

 乗り手の不安を感じ取ったノエルが不満げに嘶いたので、ヴェルクルッドはその首筋を優しくなでて宥める。

 そしてノエルが落ち着いたところで、ヴェルクルッドは再びシンディを見上げた。

 


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