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逃げるもの、追いかけるもの 1


 夜明けの少し前に、ヴェルクルッドは目を覚ました。

 身体を起こし、室内を見渡す。

 

 ――見慣れぬ部屋。これからは己の部屋となるはずだった、主の私室上にある、護衛騎士のための部屋。

 いつかはと望み、そして想定外ながらも、その権利を与えられてこの上ない栄誉だと、思ったのに。

 

 「…………」

 

 この部屋は仮住まいにしかならないと、昨夜言われてしまった。

 

 「……いや、これからだ」

 

 朝起きるなりのネガティブ思考を、ヴェルクルッドは頭を振って払った。

 シルディア姫が男性恐怖症だというのなら、少しずつでも慣れていただければいいのだ。

 

 第一王女に親衛隊の騎士が一人もいないなど異例なのだし、ヴェルクルッドを不満に思っているわけでもないのだから――少なくとも、好意が存在しない相手に救いの手を差し伸べるはずはないだろうから――歩み寄ることは可能なはず。

 ヴェルクルッドは手早く身支度を整えると、螺旋階段は使わずに、同階の廊下へ出た。

 部屋を出たところで、屋上階から騎士が降りてくるのに遭遇する。

 

 「――ん? ヴェルクじゃないか」

 「先輩。お早う御座います……ああ、先輩が見張り当番だったんですね」

 

 屋上には三交代で、常に見張りの騎士が詰めている。独身で、臣従の誓いを済ませていない騎士――つまりは、寮に入っている騎士たちの仕事だ。

 

 「ああ。それより、聞いたぞ。シルディア姫に仕えるんだってな。やったじゃないか」

 「……ありがとうございます」

 「……? なんだ。反応が微妙だな。……望んだ主じゃなかったのか?」

 

 先輩騎士は表情に微かな不安を乗せて、声を潜めて訊いた。

 剣を捧げる主を心待ちにしていたヴェルクルッドが、望むものを手にしても嬉しそうではないとなると、考えられる可能性はこれくらいだ。

 

 「いいえ。そのようなことは」

 「なんだ、ならもっと喜べよ」

 

 ヴェルクルッドから即答が返り、先輩騎士はほっとした。無駄に心配させやがって、とヴェルクルッドの肩を軽く叩く。

 

 「……ここだけの話にしてもらえますか?」

 「ん? ああ。いいぞ」

 「……実は、仮採用というか……まだ臣従を誓わせていただけないのです」

 「はあ!?」

 

 ヴェルクルッドの囁きに先輩騎士は耳を疑い、大声で聞き返していた。

 

 「せ、先輩。声が大きいです」

 「あ、悪い。――すまん、なんでもない!」

 

 まずはヴェルクルッドに、そして廊下で見張りに立っている女性騎士に軽く手を振って謝ってから、先輩騎士はヴェルクルッドの腕を引っ掴んで寄せた。

 

 「どういうことだ? 俺が聞いた話では、トレフィナ姫の誘いを、シルディア姫が横からかっさらって、お前がシルディア姫に臣従を誓ったって……」

 「……概ねその通りです。俺がトレフィナ姫のお誘いを受けて困っていたところを、シルディア姫が助けてくださったのですが……実は、純粋に、助けるための行動でいらしたようでして……。その後、改めて臣従を誓おうとしたのですが、その必要はないと仰せられまして……」

 「……はあー……なるほどなあ……」

 

 先輩騎士は廊下の壁に背を預け、腕組みしてしみじみ頷いた。

 

 「……で、どうするんだ、お前これから」

 「……トレフィナ姫の動向を窺って、俺から興味をなくしたと確認できるまでは、親衛隊の肩書きをお貸しくださるそうなので……その間になんとか説得できないかと……」

 「なるほど。まあ、それしかないだろうな。……しかし、姫は、俺たちにとって臣従の誓いがどれだけ大切か、わかっていらっしゃるのか?」

 「……それは……」

 

 少しだけ非難の響きが篭った先輩の言葉に、ヴェルクルッドは視線を伏せた。

 あれだけの人の前で――貴族は勿論、王と王妃の前で、公然と臣従を誓ったのだ。それをなかったことには出来ない。

 

 いや、正式な臣従の誓いは、臣従礼によって成立するため、あの場でシルディアの手をとったのは、口約束の段階といえる。絶対の強制力はない。性格の不一致やら、一身上の都合やらで解消しても問題はないといえるが……繰り返すが、あれだけの人の前で、一度は忠誠を捧げる、と公言したのだ。法的に問題はなくとも、世間様的にはいろいろ勘ぐられて問題あり、というのが正直なところだ。

 

 しかも臣従の誓いの場合、主の人格によほどの問題がない限りは、騎士側に問題点があるとみなされ、次の主を得るのが非常に難しくなるのが現状である。

 それを承知の上で、シルディア姫は、いずれ臣従の破棄を公表すると、そういっているのか。

 

 「そうだっていうんなら……助けられたのだか、むしろどん底に突き落とされたのだか、微妙なところだな」

 「……いいえ。シルディア姫は、確かに俺をお助けくださったんです」

 「…………」

 

 静かな声で断言したヴェルクルッドを、先輩騎士が、その真意を探り出すように見つめる。

 ――そして。

 

 「――――ふむ。それはつまり、お前は、トレフィナ姫は最底辺の主だという判断を下しているわけだな?」

 「っ!? あ、い、いや、俺はそんなつもりは……っ!?」

 

 ヴェルクルッドは慌てた。

 確かに、トレフィナ姫を主として望ましいと思ってはいないが、最低とまでは思っていない。

 下手をしたら王族への不敬罪ともとられる失言を、ヴェルクルッドはどうにかフォローしようと試みるが、口がうまく回らなかった。

 そんなヴェルクルッドに、先輩騎士はいじわるな笑みを向ける。

 

 「いいや、お前がいうことはつまりそういうことだ。いやあ、いい度胸してるなあ、お前」

 「せ、先輩、だから違……」

 

 違うんです、といおうとしたヴェルクルッドの口が、止まってしまった。

 トレフィナ姫が、主として望ましいか望ましくないか。

 トレフィナ姫に生涯の忠誠を捧げるのと、臣従の誓いが難しくなってでも、まだ見ぬ主を求めるのとどっちがよいか。

 この二つの自問に、己が出した答えは――双方とも、「トレフィナ姫お断り」であったから。それは結局、トレフィナ姫最底辺を支持していることになるのだろうと、ちらりと思ってしまったから……ヴェルクルッドの口は、否定の言葉を紡ぎきれなくなってしまったのだ。

 

 「…………」

 「…………」

 「……いやお前、そこで黙っちゃ駄目だろ。嘘でも否定しとかないと」

 「……すいません。口が動いてくれませんでした」

 

 呆れた視線と口調の先輩に、ヴェルクルッドは素直に頭を下げた。

 

 「……変なところで正直だな、お前。だが、そういうところは直しておかないと、親衛隊としてやっていけないぞ? 貴族たちは揚げ足取りが上手いからな」

 「……善処します」

 

 己の失態ですむのならばいいが、親衛隊騎士ともなれば、騎士の失敗は主にも影響する。

 シルディア姫の騎士になりたいなら直さなければ、とヴェルクルッドは肝に銘じた。

 

 「ああ、そうしろ。――じゃ、俺はこれから寝るわ」

 「あ、はい。お勤め、お疲れ様でした、おやすみなさい」

 

 寮に戻って行く先輩にお辞儀して。

 

 「――さて。俺も行くか」

 

 ヴェルクルッドは、そろそろ中庭で始まる騎士たちの朝錬に合流するべく、歩き出した。

 


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