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宴とスカウト 5


 王妃が杯を掲げ、皆がそれに倣う頃、シルディアはそっと会場を後にした。勿論、ヴェルクルッドもそれに続く。

 

 「姫様! 素敵で御座いました!」

 「セイニー」

 「これは……セイニー嬢」

 

 会場を一歩出たところで、侍女のセイニーが待ち構えていた。胸元で手を組む彼女は、興奮に頬を上気させ、夢見る瞳をシルディアとヴェルクルッドに向けていた。

 

 「ヴェルクルッド様も、凛々しくいらっしゃって! 美男美女のお二人の、忠誠の姿……ああ、思い出すだけでも、溜息が出て参ります……」

 

 頬に手をあて、うっとりと息をつくセイニー。そんなセイニーに、そっと笑みを漏らしたシルディアは、会場のほうを気にして振り返ってから二人を促した。

 

 「……とりあえず、部屋に戻りましょう。詳しい話はそれからに」

 「は」

 「あ、はい!」

 

 ヴェルクルッドは折り目正しく、セイニーは夢から引き戻された風でやや慌しく返事をして、歩き出したシルディアを追った。

 大広間の上階に、王の家族の部屋が並ぶ。シルディアの部屋も、当然その階だ。

 

 「ご苦労様です」

 

 シルディアは、廊下で立ち番をしている女性騎士――騎士に女性は少ない。そしてその少ない女性騎士は全て、王の部屋がある階の護衛についていた――に労いの言葉をかけてから、自室に入った。

 

 「――シルディア姫。これまでのご無礼、お許しください」

 

 シルディアの私室に入ってヴェルクルッドがまずしたのは、片膝ついての謝罪であった。

 シンディがシルディア姫であるということを知らなかったとはいえ、王族に対する礼にかけていたことには変わりがない。その謝罪だ。

 

 「まあ、ヴェルクルッド様、お気になさらないでください。むしろ謝るのは私です。私が、貴方を騙していたのですから」

 「……寛大なるお言葉、感謝したします」

 

 柔らかなシルディアの声とその寛大な対応に、ヴェルクルッドは静かな感動を抱いた。

 そして改めて、シルディアを見上げる。

 

 「シルディア姫。不肖、ヴェルクルッド、今このときより、シルディア姫の剣となり盾となり、お仕え致す所存でございます」

 「…………そのことなのですけれど……ヴェルクルッド様」

 「は」

 「……私に、忠誠を誓っていただく必要はありません」

 「何を……仰います、シルディア姫。姫は、私の忠誠を求めてくださったではございませんか」

 

 予想外のシルディアの言葉に、ヴェルクルッドの眉根が寄った。

 あの広間での言葉は嘘だったのか。あれは茶番だというのか。

 目の前の佳人がそのようなことをするとは思えず、ヴェルクルッドはただ困惑した。

 

 「――ヴェルクルッド様が、トレフィナの誘いを良しとしないこと、セイニーから聞きました」

 「……仰る通りで御座います」

 

 シルディアがセイニーに視線を向けたので、ヴェルクルッドもまたそちらを見た。

 セイニーは事の成り行きを、固唾を呑んで見守っていた。

 

 「あの場よりお救い下さったこと――シルディア姫とセイニー嬢の御慈悲に、心より感謝いたします」

 「まあ、ヴェルクルッド様からそのように言っていただけるなんて……感激ですわ!」

 

 ヴェルクルッドの丁重な礼に、セイニーは喜んだ。シルディアも微笑を浮かべたが、すぐにその笑みは消える。

 

 「――私は、貴方が望むのなら、避難所になろうと思ったのです。ですから……今は誓いは成さず、ヴェルクルッド様が本心よりお仕えできる方を見つけてください」

 「――本心より、私はシルディア姫にお仕えしたいと、願っております」

 

 ヴェルクルッドは、シルディアの瞳を真っ直ぐに見つめて訴えた。

 しかしシルディアは、ヴェルクルッドの視線から逃れるように顔を背ける。

 

 「…………その願いは、聞けません」

 「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 

 ヴェルクルッドは初めて、剣を捧げたいと思う相手に出会ったのだ。そして、その相手からも忠誠を求められた。

 そう思っていたのに――その矢先に拒絶されたのでは、納得がいかない。

 

 「…………私は……男性が、苦手なのです……」

 

 辛うじて聞き取れた、弱々しい声。シルディアは俯き、栗色の髪がその表情を覆い隠しす。

 

 「男性が……苦手でいらっしゃる……? ですが……」

 「――しばらくは、私の親衛隊の名目でご滞在ください。では……ごきげんよう、ヴェルクルッド様」

 

 ヴェルクルッドの言葉を遮って、シルディアは衝立の向こうに姿を消してしまった。

 扉で遮られているわけではないから、声は届く。正直、ヴェルクルッドは納得できたとは言い難かったが――シルディアは会話の打ち切りを望んでいるのだ。それを押してヴェルクルッドから仕掛けるのは、躊躇われた。

 

 「…………姫。本日は、有難う御座いました。どうぞ、ごゆっくりお休みくださいませ」

 

 ヴェルクルッドは、シルディアが消えた衝立に向かって挨拶とともに一礼した。

 

 「――では、ヴェルクルッド様、こちらへ……」

 

 すでにセイニーが、上階へ続く階段の前に立っていた。

 王族の私室には、その上階に、親衛隊が寝起きするための部屋が用意されている。有事に備えて、主と騎士の部屋は、細いながらも螺旋階段で直結されているのだ。

 ヴェルクルッドはセイニーの後について、螺旋階段を上った。

 

 「こちらのお部屋をお使いください」

 

 通された部屋には、ベッド、テーブル、椅子、そして衣装戸棚があった。必要最低限、といった感じである。ベッド等、家具は二人分あるようだが、そのどちらとも、使用されている形跡はなかった。

 

 「現在、姫様には親衛隊がおりませんので、ヴェルクルッド様お一人になります」

 「……セイニー嬢。お聞きしてもよいでしょうか」

 「はい。何で御座いましょう」

 「……何故、シルディア姫は……男性が苦手でいらっしゃるのでしょう」

 「それは……」

 

 セイニーは躊躇いを見せ――そして、逆に問い返した。

 

 「……ヴェルクルッド様も、噂はお聞きになっていらっしゃるのではありませんか?」

 「……暴力事件に巻き込まれたという噂でしょうか」

 

 暴力事件に巻き込まれ、それ以降、公に姿を見せなくなったというのは、城中のみならず、城下にも知れ渡っている話だ。

 実際、シルディア姫の姿を見たものは少なく――だからこそヴェルクルッドはシンディがシルディアだとは分からなかったのであり、今日の祝宴に集まった貴族たちのうち、シルディアに見覚えがあったのは年かさの貴族だけであった。

 

 「はい。……それ以来、姫様は男性が苦手になってしまわれて……」

 「……しかし、私は今まで普通にお話させていただいたのですが……」

 「……そのように見えたのでしたら、姫様が強く自制なさった成果ですわ」

 「…………では以前、手をお貸ししたときに震えていらっしゃったのは……」

 

 馬の乗り降りに手を貸したとき、その手が微かに震えていたのは恐怖からだったのかと今更ながらに思い至るが――しかし、手を触れたのも事実だ。

 

 「……ですが、お傍に控えることは可能なのでは? 姫に、一人も騎士がお仕えしないのでは、万が一……」

 

 確かに恐怖はしていたのだろう。だが、触れられないわけではない。警護を誰一人近づけないのは過剰反応ではなかろうか。

 

 「ええ。それは、私も以前から不安に思っていることなのです」

 

 セイニーが力強く同意した。

 姫の護衛をする人間が誰も居ないなど、考えられないことだった。私室がある階は女性騎士たちが護っているが、外出に際して誰も護衛がつかないのは無用心に過ぎる。しかもシルディアは、街娘の格好で外にお忍びで出かけてしまうような人であるのに。

 

 「……ですから、姫様がヴェルクルッド様を親衛隊にとお決めになったことに、少なからずほっとしたのですけれど……」

 

 なのに結局、それは方便だということにされつつある。

 そのことに対して、がっかりしているのも確かだが――

 

 「……姫様に、常に緊張を強いるお覚悟はおありですの?」

 

 セイニーは、ヴェルクルッドをじっと見上げた。

 

 「姫様をお守りする立場の騎士が、姫様のご心労を増すことになるのは……ヴェルクルッド様、お望みですの?」

 

 姫様を護衛するものは欲しい。だが、その護衛が姫様を苦しめるというのでは無理強いは出来ないし、したくないと、セイニーは考えていた。

 

 「……いいえ。そのようなことは……」

 

 ヴェルクルッドもまた、弱く頭を振った。

 騎士として姫を護りたい気持ちはあるが、そのために姫が苦しむのは本意ではない。

 

 「――ヴェルクルッド様でしたら、そういってくださると信じていましたわ」

 

 セイニーは、ほっとした笑みを見せた。

 

 「……先々のことはどうあれ、しばらくは、こちらにご滞在ください。トレフィナ姫様の件、ほとぼりがさめるまでは……」

 「…………では、お世話になります」

 

 今しばらく、説得を試みる時間はある。

 お辞儀をしあいながら、セイニーとヴェルクルッドはお互いの意見の一致を見ていた。

 


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