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宴とスカウト 4


 「……っ!?」

 

 凛とした声は、その場の全員の注意を集めた。

 当然、ヴェルクルッドもである。

 トレフィナの前で跪き、頭を垂れていたヴェルクルッドは、その声を聞いて顔を上げた。

 トレフィナの数歩後ろに、オレンジ色のドレスを纏った栗色の髪の、優しげな風貌の美女が立っていた。

 

 「――シ」

 

 シンディ嬢が、何故――とヴェルクルッドが口にしかけたとき。

 

 「お、お姉様……!?」

 

 驚愕の声が、ヴェルクルッドの目の前――トレフィナから発せられた。

 

 「お姉様……?」

 「で、では、あの美しい方が……」

 「やはり……昔の面影が……」

 「え、何、トレフィナ姫のお姉様って……え、だ、第一王女様……? シンディ嬢……様、が……?」

 「…………」

 

 驚くエストの声を耳にしながら、ヴェルクルッドは――シンディを凝視していた。

 

 「――まあ、珍しいですね、シルディア。貴方が公の場に出るなんて、どれくらいぶりでしょう」

 

 驚き、見守ることしか出来ない人々の中から、穏やかに微笑む王妃が一歩踏み出した。

 

 「申し訳御座いません、お母様。突然お邪魔致しまして」

 「あら、良いのですよ。これは素敵なサプライズになりました。――皆様、ご存じない方もいらっしゃるでしょうから、ご紹介いたしますわね。陛下と私の長女、シルディアですわ」

 

 優雅にお辞儀をして無作法を詫びるシンディ――シルディアを、王妃は誇らしげに紹介した。

 

 「シルディアと申します。皆様、お見知りおきください」

 「――っお姉様! 一体どういうおつもりですの!?」

 

 一同に向かって短く挨拶したシルディアに、我に返ったトレフィナが食って掛かった。

 あと一歩でヴェルクルッドの忠誠を得られるところで割り込まれたのだから、トレフィナの非難は妥当だろう。いや、そもそも、ヴェルクルッドに対して迫った手段は、あまり褒められたものではないのだが。

 トレフィナの非難を受けたシルディアは、申し訳なさそうに微笑み、だが、揺ぎ無く主張する。

 

 「ごめんなさい、トレフィナ。ですが、私にも騎士をスカウトする権利はあるはずですよ」

 「っなら、他の……」

 「お父様、お母様、よろしいでしょう?」

 

 ごねるトレフィナはそのままに、シルディアは王と王妃に微笑みかけた。

 

 「む、むう……さて……」

 

 王は、トレフィナとシルディアを交互に見やって、決断を迷った。そして助けを求めて王妃を見つめ――

 

 「良いでしょう」

 

 王妃は、即断した。

 

 「お母様!? ――っお父様!」

 「む、いや、しかしな、妃も良いといっておるし……」

 

 トレフィナはいきり立って王の援護を求めたが、しかし王は、王妃の決断に逆らう気概を持ち合わせていなかった。たじたじと、トレフィナを宥めようとするばかりだ。

 シルディアは、トレフィナの注意が王に向けられているうちに、ヴェルクルッドの前に立った。

 

 「ヴェルクルッド様」

 「シルディア、姫……」

 

 ヴェルクルッドは膝をついたまま、シルディアを見上げた。

 

 シルディア――シンディ。

 

 身を包むドレスは、街娘姿のシンディとは桁違いに良いものだ。滑らかな光沢の絹がたっぷりと使われている。身を飾る真珠のネックレスとイヤリングは粒揃いで、その柔らかな輝きには、如何にも王族に相応しい気品があった。

 だが、その最高級ドレスや宝石にも負けずに艶めく栗色の豊かな髪と、煌くエメラルドグリーンの瞳は――確かに、シンディと名乗った彼女のものであった。

 そして、その彼女が――第一王女シルディアが告げる。

 

 「ヴェルクルッド様、貴方の剣を、私に捧げてはくれませんか?」

 

 その姿は気高く、凛とした声は耳に心地よい。

 シンディであったころから、彼女に仕えることが出来たらいい、と思うことはあった。

 まさかこのような形になるとは思わなかったが――しかし、ヴェルクルッドに否やはない。

 

 「――身に余る光栄にございます、姫……いえ、我が主よ」

 

 ヴェルクルッドは片手を胸に当て、頭を垂れた。

 

 「っお父様!」

 「いや、しかし……なあ、シルディアや」

 

 トレフィナに詰め寄られ、ほとほと困った王がシルディアを翻意させようとするが、シルディアは、申し訳なさそうにしながらも、きっぱりと断った。

 

 「申し訳御座いません、お父様。私、譲れません」

 

 王の弱腰の説得に折れる程度の心構えで、このような横槍はいれない。

 

 「む、むう……き、妃よ」

 

 二人の娘の、譲らない姿勢にどうしようもなくなって、王は王妃を頼った。

 

 「――トレフィナ、諦めなさい。ヴェルクルッドは選択しました。あなたには、もう十分騎士がいるでしょう?」

 「っまたお母様はそうやってお姉様を贔屓する! 何人いようと関係ありませんわ! 私は彼が欲しいのです!」

 

 トレフィナは、だん! と足を踏み鳴らした。

 トレフィナは、母に窘められることが多い。それはトレフィナのわがままを諌めようとする母の指導であるのだが、しかしトレフィナには、えこひいきとしか思えなかった。

 

 「――ねえ、こんなのは……っ」

 

 王と王妃の助力を得られず、トレフィナは貴族、特に自身の取り巻きたちの援護を求めて周囲を見渡した。

 

 「…………」

 

 だが、王と王妃が反対しているというのに、誰がトレフィナの味方をするのか。

 場の空気が己に不利だと悟ったトレフィナは、ぎりっと歯軋りをし――

 

 「――お姉様の馬鹿!!」

 

 そう言い捨てて踵を返し、会場を飛び出していった。

 トレフィナの足音が遠ざかり、ざわめきが広まっていく。

 困惑が支配するこの場を収めるべく、王妃は杯を掲げた。

 

 「――さあ、では新たな主従に祝福を!」

 「乾杯!」

 

 不揃いではあったが、全ての杯が高く掲げられた。

 


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