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宴とスカウト 3


 時間は、少し遡る。

 

 「姫様、姫様!」

 

 黒髪の侍女が満面の笑みで、仕える主の部屋に駆け込んだ。

 

 「まあ、セイニー、早かったのですね。もっとゆっくり遊んできても良かったのですよ?」

 

 城下を見渡すことの出来る三階の窓辺に椅子を寄せ、ハンカチに刺繍を施していたシンディは、予想よりも早く戻ってきたセイニーに笑いかけた。

 

 今日は四年に一度の闘技大会のある日。盛大な祭りの日だ。王、貴族、市民の身分を問わず、皆の心が浮き立つ日。稼ぎ時の商人や、警護の任務についている騎士たちのほかは羽目を外していることだろう。

 

 出来ることならばシンディも祭りに出かけたかったが、そうもいかない事情がある。なのでシンディは、せめてセイニーには楽しんできてもらおうと送り出したのだ。

 

 「十分楽しませていただきましたわ、姫様! ちょっと裏口から知り合いに入れてもらいまして、ヴェルクルッド様とお会いして参りましたの! 残念ながらグラント様に負けてしまわれましたけれど、見事三位に入賞なさいました! とっても素敵でしたわ、ヴェルクルッド様……」

 

 嬉々として語り、最後には頬に両手を当て、夢見る乙女のようにうっとりとするセイニーを見て、確かに十分楽しんだようだと、シンディは微笑んだ。

 

 「そうですか、流石はヴェルクルッド様とグラント様ですね。優勝はグラント様なのですよね? では、二位の方はどなたでしたか?」

 「……あら? そういえば……あまり聞き覚えのない方だったような……」

 

 夢見る乙女の風情を吹き飛ばし、セイニーは眉根を寄せて考え込んだ。

 

 「まあ、珍しいですね、セイニーが話題の方のお名前を忘れるなんて」

 

 情報に敏感で、人の顔と名前を覚えるのが得意なセイニーには、あまり有り得ないことだ。

 

 「面目御座いません、姫様。ですが! 今日はちょっと、ぱっとしない二位の方に注意を向けているわけには行かない事情が御座いましたの!」

 「まあ、なんですか、それは」

 

 闘技大会の二位入賞がぱっとしない、などと、あまりと言えばあまりの言いようにそっと苦笑しつつ、シンディは先を促した。

 

 「――トレフィナ姫様が、ヴェルクルッド様を親衛隊に加えるお心積もりでいらっしゃるようです」

 「……まあ……そう、なのですか……」

 

 先ほどまでのはしゃぎぶりが嘘のように沈鬱に告げるセイニーの言葉に――シンディは軽く目を瞠った。湛えていた苦笑も消える。

 

 「……ですが、それも当然です。ヴェルクルッド様のあの腕前、ご立派な立ち居振る舞い。……それに、あの美貌ですもの。……むしろ、今まで誘いの声が掛かっていなかったことが不思議なのです」

 

 ヴェルクルッドほど騎士として立派な人物を、シンディは知らない。彼を知った貴人は、皆、彼の剣を求めて当然だ。まして、それが美貌の持ち主だというのなら、貴族の女性たちはこぞって彼を求めることだろう。

 

 「それがですね、姫様。ヴェルクルッド様は、今まで臣従の誓いを求められても、悉く丁重にお断りになられているんです」

 「まあ、どうしてでしょう? ……そんなに人格に問題のある方々からのお申し込みだったのでしょうか」

 

 貴族から忠誠を求められた騎士は、素直に受け入れるものも多い。それを断るというのは、余程、貴族と己との反りが合わないという理由くらいしか、シンディには思いつかなかった。

 

 「そうでもないんですけれど……いえ、ヴェルクルッド様の深いお考えはともかく、問題は、ヴェルクルッド様が、トレフィナ姫様の誘いを嬉しく思われていらっしゃらないことなんです! 私、ちょっと立ち聞きしてしまいましたから、確かですわ!」

 

 拳をぐぐっと握り、身を乗り出して力強く訴えるセイニーに、シンディは首を傾げた。

 

 「……まあ、そうなのですか? ですが……王族の親衛隊への加入ですよ?」

 

 仕えるべき主の身分が高位であればあるほど、騎士としての格も上がる。王族の親衛隊以上はないというのに、何故断るのか。

 

 「そうですよね。普通だったら、諸手を挙げて喜ぶものですけれど……ですが、トレフィナ姫様ですしねえ……」

 「……セイニー」

 

 腕組みして考え込み――ぽつりともらされた本音を、シンディはそっと窘めた。窘められたセイニーはそこで自分の発言の不敬さに気付き、バッと頭を下げる。

 

 「っ申し訳ありません、姫様」

 「……いいえ。いいのです」

 

 正直、シンディもセイニーの本音に同感であった。

 何しろわがまま姫だ。騎士の実力よりも見た目重視の傾向が見られるし、特にお気に入りの騎士は、常にはべらせている。騎士としての実力を発揮したいというのなら、あまり喜ばしい主ではないのだろう。

 

 「……ですが……そうなのですか。だとしたら……ヴェルクルッド様にとってはとても難しいことになりそうですね」

 

 騎士にも、主を選ぶ権利はある。だが、王族の親衛隊の誘いを蹴ったとしたら――以降、仕えるべき主を得られないかもしれない。

 ヴェルクルッドの立場を慮ったシンディの口から溜息が出た。

 

 「姫様もそう思われますよね!?」

 「え? え、ええ……思いますけれど……どうしました? セイニー?」

 

 ずずい、とセイニーに詰め寄られて、シンディは面食らった。

 

 「でしたら姫様! すぐにお召しかえを! ささ、こちらに!」

 「え、セイニー!? どうしてそうなるのです?」

 

 手にしていたハンカチと針を取り上げられ、手を引いて立ち上がらされ、そして後ろに回ったセイニーに、柔らかく背を押される。

 なんとも見事な、流れる一連の動作に、シンディは抵抗も忘れて誘導されていた。

 

 「ささ、姫様、急ぎませんと、ヴェルクルッド様のピンチに間に合いませんわ!」

 「セ、セイニー……っ」

 

 あれよあれよと言う間に、シンディは着替えをさせられた。

 

 

 セイニーに着替えさせられるうちに、シンディ自身も多少は乗り気になった。

 

 ヴェルクルッドには、代理決闘してもらった恩がある。そうでなくとも、騎士が望む主に仕えられないのは不幸だ。シンディ自身がヴェルクルッドの主として相応しいかどうかはともかく、ヴェルクルッドの逃げ道を用意したいと思った。

 シンディに臣従を誓うといえば、とりあえず今日のところは凌げるだろう。実際にどうするかはまた後で考えればいい。

 

 祝宴が行われている広間に、シンディは到着した。

 

 「他の王族といえば、お姉様だけれど……お姉様は、ここ数年、人前に姿をお見せになっていないわ。いいえ、それどころか、男を近づけようともなさっていないの」

 「……」

 

 トレフィナの声は聞こえるが、その姿は多くの人の向こうにあり、見ることは出来ない。

 

 「――さあ、ヴェルクルッド。聞かせて頂戴。貴方は、一体誰に剣を捧げるつもりなの?」

 「……私は……」

 

 揺れるヴェルクルッドの声を耳にして、シンディは足を速めた。

 トレフィナとヴェルクルッドを囲む人垣の外縁に到達する。シンディは、そっと声をかけた。

 

 「――失礼。……通していただけます?」

 「何を……っ」

 

 シンディの声を聞きつけた数人が、邪魔をするなとばかりに顔をしかめるが――シンディを認めると、声を失った。

 

 「……あ……」

 「っ」

 「まさか……」

 

 シンディに見惚れるもの、気圧されたもの、そして、驚きに目を瞠るもの――皆が、一歩、身を引いていく。その動きは、波紋のように、静かに速やかに広がった。

 シンディの前に、道が出来た。

 

 「有難う御座います」

 

 シンディは微笑むと、躊躇いなく、人が避けて出来たその道を進む。

 

 「さあ、答えなさい、ヴェルクルッド」

 「――――私、は……」

 

 そして、ヴェルクルッドが強く目を閉じ、折れようとした、その時。

 

 「ヴェルクルッド様、貴方の忠誠、私に頂けませんか」

 

 シンディは毅然と告げた。

 


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