宴とスカウト 1
闘技大会は無事、盛況のうちに終わり、参加した騎士たちは祝宴に招かれた。
豪華な食事が饗され、賑やかに時が過ぎる。
「おお、こんなところにいたか」
「グラント殿。優勝、おめでとう御座います」
「おう。お主も、三位見事だったな」
ヴェルクルッドとグラントはお互いの杯を軽く打ち合わせ、ワインを飲んだ。
「もっとも、俺の決勝相手は、お主ほどの腕ではなかったがな」
「そうまで言っていただけるのは真、光栄ではありますが」
率直なグラントに、ヴェルクルッドは苦笑した。
決勝でグラントの相手をした騎士は、馬上槍の突撃一回で落馬して気を失った。
三度の突撃を凌ぎ、落馬した後も剣を抜き、数十合打ち合ったヴェルクルッドとの試合のほうが決勝に相応しかったと、誰もが思ったことだろう。
「ですが、順位は変わりません」
「まあな。勝負は時の運。組み合わせの妙というやつだ」
グラントは笑って、杯を呷った。
「さて、あれだけの活躍をして見せたお主だ。さぞ貴族どもから声がかかっただろう?」
「……いえ」
「何? 一人もか?」
そっと首を振ったヴェルクルッドに、グラントは目を剥いた。
闘技大会の上位入賞者は勿論、目立った活躍を見せた騎士に、臣従の誓いを求めて貴族が群がる様子は、闘技大会後の祝宴における名物のようなものだ。
グラントは既に仕えるべき主を持っているため、勧誘の声が掛からないのは当然であるが――
「――あ奴らでさえ、囲まれているというのに」
二位入賞の騎士、そして入賞を逃した騎士にも多くの貴族が声をかけているというのに、何故、三位入賞、いや実力的には二位相当のヴェルクルッドが、会場の隅で壁の花になっているのか。グラントには納得がいかなかった。
「……なにやらキナ臭いな」
「――ヴェルク!」
グラントが低く唸ったところで、エストが戻ってきた。その手にはワインで満たされた杯と、美味そうな料理が盛り付けられた皿とがある。
「あ、これはグラント殿! 優勝おめでとう御座います!」
「うむ――お主は、確かベスト16以内にいたな?」
「あ、はい、ご記憶いただき、光栄です。エストと申します」
杯と皿を持ったまま、エストは頭を下げた。少々、様にならなかったが仕方ない。
「お話の邪魔をしてしまいましたか?」
「いいや。ただ、ヴェルクルッドにまだ勧誘の声が掛かっておらぬのが不可解でな」
「ああ、それでしたら――少し、探ってきたところです」
「ほう?」
声を潜めたエストに、グラントは興味深く顔を寄せた。
「どうやら、高貴なお方がヴェルクを狙っている、という話が流れているようです。その方に遠慮しているのでしょう」
そういってエストが視線を向けた先には――貴族と騎士の人だかりがあった。人の壁の向こうに垣間見えるのは、金髪少女の姿。
「――姫か」
思案気に呟きつつグラントは、何食わぬ顔で、自分の空の杯とエストの杯を交換した。
「――しかし、ならばさっさと来ればいいものを」
「駆け引きってやつですかね。焦らしているんじゃないですか?」
権威をみせるには、時にはもったいぶるのも効果的だ。
エストは、ワインを飲もうと杯を傾け――空になっていることに気がついてぎょっとした。
「ヴェルクルッド、お主もたまらんだろう? こう、待たされるというのは」
「――そうですね。……しかし……」
「うん?」
「……正直、このままやり過ごせないものかと、願ってもいます」
ヴェルクルッドは小さく呟いた。
トレフィナ姫に勧誘されたら、断れない。ならばこのまま時が過ぎれば、あるいは――と、ヴェルクルッドは小さな可能性に願いを託していた。
しかし。
ざわり、と広間の空気に変化があった。
人垣が割れ、その中央をゆったりと、己の姿を見せ付けるように少女――トレフィナが進む。
トレフィナは美しく豊かな金の巻き毛を背に流し、金糸の縁取りがされた紅いドレスを纏っていた。サファイアのペンダントとイヤリングも見事だったが、それ以上に、トレフィナ自身の青い瞳が、宝石よりも輝いて見えた。
「闘技大会第三位、ヴェルクルッド。なかなか見事な腕前だったわ」
トレフィナは、ヴェルクルッドの手前で足を止めると、にっこりと笑いかけながら手を差し出した。
「――お褒めに預かり、恐縮で御座います。……トレフィナ姫」
ヴェルクルッドは片膝つくと、頭を垂れ、トレフィナが差し出した手を取って唇を寄せた。
――が、その甲にキスをすることはせずに、身を引いた。
「…………」
一連のヴェルクルッドの行動は完璧で優雅、礼にかなったものであったが、しかしトレフィナが浮かべていた笑みは、引きつった。
手にキスは尊敬の証の行動ではあるが、唇を直接つけなければいけないわけではない。むしろ、唇を触れずに引くのは最高の敬意の表れである。騎士が王族に対する礼儀として、これ以上のものはない――のだが、しかし、やはり唇が触れたほうが、より情愛が篭っている気がするものだ。そして何よりトレフィナは、敬意よりも情愛の表現を望んでいた。
なのにヴェルクルッドは、トレフィナの期待を裏切り、拒絶を示した。いや、拒絶とすらいえないことだったが、問題はトレフィナが、それを拒絶と感じたことだ。
父王の愛情をたっぷり受けて、蝶よ花よと育てられたトレフィナにとって、それは大いに自尊心が傷つけられることであったが――しかし、それをパーティーの場であからさまに見せるのもまた、彼女の自尊心が許さなかった。
笑顔が引きつりはしたものの、それ以上の不愉快さは押し込め、平静を装ってトレフィナは会話を繋げた。
「――あなたはまだ、仕えるべき主を見出していないのね」
「――は」
トレフィナの声は硬かった。親しいものにはわかる、といった程度ではない。トレフィナと初めて会話するヴェルクルッドにも分かるくらいだ。わがまま姫の異名を持つトレフィナは、自らの感情を抑えることが――恐らく、今までその必要がなかったのだろう――苦手のようだった。
「きっと、親衛隊への加入を望んで、今まで待っていたのでしょ?」
「…………私は……」
ヴェルクルッドは返答に窮した。
いいえ、と答えるのは王族に対する非礼だ。
はい、と答えても――実質、加入できる親衛隊は、王かトレフィナの親衛隊のみ。加えて現状を鑑みれば、トレフィナの親衛隊への加入が濃厚。
どちらを答えても、ヴェルクルッドの望みとは違う結果になってしまうだろう。
「あら、自分からは望みを言えないなんて、なんて謙虚なの。ああ、それとも……奥手なのかしら?」
からかうようなトレフィナの言葉に、トレフィナの取り巻きたちが追従して笑った。好意的な笑い声ではなかった。
「…………」
しかしヴェルクルッドは、嘲りの笑いを黙って受け止めた。
「――さて、もう一つの答えがあるぞ、姫よ」
そんな中、笑い声を吹き飛ばすかのように力強く響いたのは、グラントの野太い声だった。
「……グラント。あなたいたの」
今気がついた、という素振りで、トレフィナはグラントに目をやった。グラントは、にやにやというに相応しい笑みを浮かべる。
「おう。このでかい図体を見逃すとは、姫は目が悪くなったか? それとも、よほどヴェルクルッドの綺麗な顔に見惚れて、他に目が行かなかったか?」
「な……っ」
取るに足らないものに対する態度、を恋心へと摩り替えられて、トレフィナは絶句した。
そしてそれが強ち間違いでもなく、図星であったために、トレフィナの頬に血が上った。
グラントは笑みを引っ込めて、今度はしたり顔でいう。
「まあ、確かにヴェルクルッドは美形だ。姫が手元に置きたがるのもわかる。だがな、こやつにも選ぶ権利があるぞ」
「な……っ! 無礼者! グラント、お前は私がヴェルクルッドの主に相応しくないというの!?」
「おう」
恐れもなく言い切ったグラントに、会場中がどよめいた。




