パンクロック悪役令嬢〜修道院の中で「くたばれ」と叫ぶ〜
思いつきから生まれた話です。
パンクロックについては色々間違っているところがあっても「異世界だから」と大目に見てやってください…
なんか法律に触れそうな不道徳な行為やかなり汚い言葉が出てくるのでR15指定にしています。ご注意ください。
ジョアンヌ・ロクシーが国一番の毒婦となったのは、十七歳の誕生日のことだ。
それ以前のジョアンヌは「ロクシー公爵家の白薔薇」と呼ばれ、羨望の視線と称賛の声を一身に受ける存在だった。筆頭公爵家の娘として、そして第一王子の婚約者として貴族学院でも社交界でも常に一挙手一投足を注目される立場であるが故に、ジョアンヌはたゆまぬ努力を重ねていた。
マナーもダンスも教養も美容も社交も、全てを完璧にこなしてこそ自分には価値が生まれるのだと信じていた。ひとつのミスが公爵家の恥となり付け入る隙になるからこそ、気が休まる時なんてほとんどなかった。
だけれどそうすることが己の責務であるのだと考えていたから、息が詰まるような日々も矜持だけで乗り越えていた。
大丈夫、私は上手くやれている、と。そう言い聞かせてなんとか築き上げてきた完璧な淑女の仮面は、しかしひとさじの予定外によって容易にひびが入った。
ジョアンヌが十七になる年の春に、第一王子との婚約が解消された。隣国の王女が第一王子を見初め、婚約を申し入れてきたからだった。
王家の血を薄めぬためだけにあてがった自国の公爵令嬢よりも、隣国の王女と婚約を結ばせた方が色々と旨みがある。そう考えた王家によりジョアンヌはあっという間に婚約者の座を下ろされたのだが、話はそれでは終わらなかった。
十年続いた婚約を突然断ち切り、隣国でもさほど評判のよろしくない王女を新たな婚約者に据えることで臣民が不信感を抱かぬようにと、ジョアンヌを悪役に貶めて二人のイメージを相対的に上げる策を講じたのだ。
その話がジョアンヌの耳に入ったのは父と王家の間で合意がなされた後で、ジョアンヌの意思が挟まれる余地はどこにもなかった。
「ひとつだけお聞かせください。わたくしの価値とは、それほどまでに軽いものだったのでしょうか」
王城に呼ばれることもなく、ただ父から口頭で告げられる形でこれからの己の扱いを知らされたジョアンヌは、そう父に尋ねた。父はわずかに片眉を動かし、煩わしそうな目でジョアンヌを一瞥して吐き捨てるように言った。
「貴族の娘は家のために動かすものだ。その程度のことも忘れたか」
それきり父はジョアンヌと目を合わせることもなく、とんぼ返りで王城へと発った。ジョアンヌに理不尽を強いることへの形式的な謝罪も、事後の同意を求める一言さえもありはしなかった。
ほどなくして、巷ではジョアンヌを貶める噂が流れ始めた。やれ裏では美貌と地位を鼻にかけて人を見下しているとか、使用人を虐げているとか、婚約解消されてもなお見苦しく王子に縋り王女を妬んで嫌がらせをしているとか、そんな事実無根の噂に人々は疑いもせず飛びついて、口々にジョアンヌを罵り始めた。
十数年かけて作り上げてきた完璧な淑女像も、崩れるのはほんの一瞬で。麗しの白薔薇は今や醜い毒花とあだ名され、どこへ行くにも嘲笑と罵声がついて回った。
これまで積み重ねた全てをふいにされたジョアンヌは、もはや抜け殻のように日々を過ごしていた。ありもしないことで後ろ指を指されるのが嫌で、学院にも通わなくなった。
頃合いを見て素行不良を見かねた父による放逐という体で修道院に入れられると聞いていたから、もう努力も何もする必要もないしやるだけ無駄だと感じていた。ただ早くこの悪夢のような日々が終わって修道院で心安らかに余生を送りたいと、それだけを願って生きていた。
けれど。そんなジョアンヌを、王家は決して放っておいてはくれなかった。
「ジョアンヌ・ロクシー! 貴様の罪をここで裁く!」
誕生日の夜、突然公爵邸に押し入ってきた騎士達に王城まで引きずり出され、ジョアンヌは公衆の面前で第一王子と隣国の王女の前に跪かされた。着替える暇も何も与えられず連行されたから服装は薄い夜着に裸足で、軽くまとめるだけにしていた髪は騎士達に無理やり掴まれたせいで髪紐が解け乱れていた。
そんなみすぼらしい格好でジョアンヌは王女を害した毒婦として存在しない罪の数々を突きつけられ、かつての婚約者でもあった王子に王都からの永久追放を宣告された。
「わたくしに、ここまでされる謂れはありましたか」
あまりに醜悪な茶番劇の最後に王子が見せしめとばかりにジョアンヌに発言を求めたので、ジョアンヌはひどく渇いた喉でそう訴えた。その力なく掠れた声さえ観衆は無様だと嘲笑い、毒婦もこうなってはおしまいだと囁き合った。
出番を終えたジョアンヌは行きと同じ粗末な馬車に詰め込まれ、着の身着のままで修道院へ運ばれた。お優しい王女様の慈悲で処刑は免れたのだから感謝しろと、馬車の中で騎士が教えてくれた。
ろくに湯浴みも食事もできず、薄汚れやつれた姿で馬車から放り出されたジョアンヌは、迷わず修道院の扉を叩いた。ジョアンヌがここに運ばれることは決まっていたようで、あらかじめ公爵家が払った持参金のおかげで相応の待遇を受けることができた。
つまり、王女の慈悲とやらも全ては予定調和のパフォーマンスだったということだ。筋書きに沿った薄っぺらいお芝居に踊らされる者達も、それに逆らうこともできず最後まで芝居の小道具にされた自分も、何もかもが馬鹿馬鹿しくて笑うしかなかった。
修道院の女達は心温かくジョアンヌを迎え入れてくれた。外界から隔絶された修道院には世間の噂は届かない。ジョアンヌは嫌われ者の毒婦ではなく、ただ理由があって修道院に身を寄せた高貴な身分の女性として扱われた。
これまでの苦痛が嘘のように平穏で、何にも急かされたり怯えたりすることもなく心安らかに過ごせる日々だった。けれどその優しい鳥籠の中にあっても、過去の幻は容赦なくジョアンヌを責め立てた。
ジョアンヌの実像とは関係なく膨らみ一人歩きしていく悪評。手のひらを返したようにジョアンヌを嫌い、聞こえよがしに嘲弄する貴族達。噂を鵜呑みにして、公爵家の馬車に罵声や石を投げつけるまでになった民衆。主役気取りで王女を抱き寄せ、ジョアンヌを辱めて楽しむ第一王子。人に書かせた筋書きをなぞっただけで、心無い仕打ちに傷付きながらも慈悲の心を持ち続けた清らかな乙女という評判を手に入れた隣国の王女。公爵家から叩き出された阿婆擦れなら少しばかりつまみ食いしてもよかろうと軽口を叩き、下卑た視線を向けてきた騎士。忘れようと努めるジョアンヌを嘲笑うかの如く悪夢となって夜毎ジョアンヌを苛む記憶達のせいで、叫びながら飛び起きたことは一度や二度ではない。
悪夢にうなされる度、ジョアンヌは修道院の中にある聖堂で一心不乱に祈りを捧げた。硬い床に膝をつき、聖像の前で頭を垂れ、ただ救いだけを求めて何十分も黙祷を捧げるのだ。
そうしてもはや何度目かもわからない一人きりの礼拝を始めた時、地に額を擦り付ける勢いで祈るジョアンヌの肩を優しく叩く手があった。
「シスター・ジョアンヌ。あなたに必要なのは、本当にその祈りですか?」
やわらかく問いかける響きを纏った声に、ジョアンヌは顔を上げた。振り返った先にいたのは一人の修道女だった。歳はジョアンヌよりもやや上のようで、切れ長の金の瞳はどことなくいたずらっぽそうな印象を受けた。
「シスター・ジョアンヌ、あなたと一度話がしたいんです。まずは気安く話す許可をいただいても?」
手を引かれながら立ち上がると、女はずいぶんと背が高いことがわかった。貴族令嬢の中ではやや長身な方だったジョアンヌと比べても、頭半分ほどの背丈の差がある。
自分より高い位置にある金の瞳に、跪かされた自分を見下して笑う第一王子の影がちらついた気がして、ジョアンヌは唇を噛んだ。
「祈り以外に、この苦しみから救われる術はあるのですか」
ジョアンヌの問いに、女は一瞬考える素振りを見せた。返答に困っている、というよりはそれを表す適当な言葉を探している風だった。
「救いとは違うかもしれませんが、いくらかスッキリはしますよ。まあ騙されたと思って、一度だけでもどうぞ」
女は自らをシスター・セイディと名乗り、修道院の敷地の隅にある蔵までジョアンヌを案内した。母屋を出るや否や脱ぎ捨てたヴェールの下からは、少年と見紛うほどに短く刈った黒髪が現れた。
「いやあ、修道服ってのはどうも不便でたまんないねえ。ドレスよか軽いのはいいけど、夏は暑い冬は寒いで半端すぎるや」
お互い修道女なのだからそう畏まらずとも良い、と告げるとセイディは平民の女のような軽く遠慮のない口調で話し始めた。自分もそれに合わせた方がいいのか、とジョアンヌが尋ねれば、彼女は「自分の楽な話し方でいいよ」と明るく笑った。
「うーい。みんな喜べ、お星さんを捕まえたぞ」
蔵の戸を開けるなり中に向かってそう声をかけるセイディに、お星さん?と首を傾げながらもジョアンヌは後に続く。石造りの蔵は換気用の小さな格子窓の他には窓の類はなく、いやに広い室内は古ぼけたランプの明かりで照らされている。その橙がかった朧げな光だけが頼りの埃っぽい薄暗がりに、先客らしい人影があった。
「紹介するよ、シスター・ジョアンヌ。こいつはステファニーとグレンダとポーラ。おんなじ修道女で、あたしの仲間さ」
セイディの紹介に応じて、三人の修道女は三者三様の挨拶を披露する。細く煙を立ち上らせる何かを咥えた金髪の巻き毛の修道女ステファニーは気さくな様子でひらりと手を振り、カードをシャッフルしていた赤毛の修道女ポーラははにかみながら会釈をし、小さな黒板に何かを書き付けていた茶髪の修道女グレンダは気怠げに手を挙げた。それを受けてジョアンヌが「シスター・ジョアンヌです」と一礼をすれば、ステファニーがひゅうと口笛を吹く。
「ずいぶんお上品なお嬢さんじゃんか。こんなお嬢さんがうちらの音楽についてこれるもんかね」
「音楽?」
おうむ返しに聞いたジョアンヌに、「聞いてなかったのかい」とステファニーが笑う。どういうことかと尋ねる前に、セイディがジョアンヌの肩を叩きながら説明をしてくれた。
「あたしらはね、ここで音楽をやってるんだ。讃美歌とか舞踏曲とか、そんなお上品なやつじゃないよ。とびきり過激で飛ばしてる奴」
「飛ばしてる?」
「まあ、聞けばわかるさ」
そう言うが早いか、セイディは座り込んでいたステファニー達の後ろにあった何かを手に取る。それはバイオリンやチェロに少し似ているけれど前者よりは大きく後者よりは小さくて、弦を張った裏に丸く穴が空いていた。
「それは……?」
「ベースだよ。お嬢様は見たことないかな」
セイディが楽器と思しきそれを手に持てば、ステファニーも同様のものを同じように構える。ポーラは小さな太鼓をいくつも組み合わせたものの前に座って、グレンダはジョアンヌの隣に並んだ。
「何が始まるのですか……?」
「抑圧からの解放、反骨精神の発露。まああの子達流に言えば、『ハジケ』だよ」
「ハジ……?」
「まあ、聞けばわかるさ」
セイディと全く同じ台詞に、ジョアンヌが首を傾げた直後。がなりたてるような音色に鼓膜を激しく叩かれ、ジョアンヌは目を白黒させた。
「なん、な、なにっ……」
「耳を塞がない! これがロックだよ」
「ロッ……何……?」
それは、ジョアンヌが今まで聴いてきた音楽とはまるで趣の異なるものだった。優雅な舞踏曲や厳かな讃美歌と比べるとあまりにも荒削りで暴力的で、奏でられているというよりは叩きつけられているような凄まじい音の群れ。騒音と紙一重どころかほとんど同義といった有様で頭を殴りつけてくる大音量に、ジョアンヌはただ目を回しながら立っているのがやっとだった。
「どう? これがあたしらの音楽だよ」
演奏を終えたセイディの声は、まるで分厚い幕の奥から響いてくるように遠く聞こえた。先程の爆音の余韻がまだ耳の中に貼り付いているようで、小さく耳鳴りがしていた。
「と、とても、新鮮でした」
とても感情が追いつかなくて、そう言うのが精一杯だった。セイディ達は揃って顔を見合わせると、ジョアンヌに向き直ってまた尋ねた。
「どうだったか、取り繕わずに言ってみて。好きか嫌いか、そのどっちかで」
難しい質問に、ジョアンヌは悩んだ。耳鳴りの止まない頭を抱えながら悩んで悩んで、そうしてやっと胸の内に引っ込んでいた言葉を引きずり出してきた。
「嫌いでは、ありません。初めて聴いて、驚いて、刺激が強すぎると感じましたけれど。不快なだけではないな、と思いました」
その言葉に、セイディ達はまた顔を見合わせた。そして今度は大声でげらげらと笑い出して、いかにも嬉しくてたまらないといった顔でジョアンヌの肩を叩いた。
「みんな最初はそう言ってハマっちまったんだよ。ようこそ、ロックの世界へ」
ジョアンヌを同志と認めたからか、セイディ達は手持ちの品を振る舞ってジョアンヌを歓待してくれた。彼女達は節制と貞淑がモットーのはずの修道院で酒と煙草を楽しんでいたので、ジョアンヌはまたまた目を回しそうになった。
「一体どこからこのようなものを……?」
「裏に薬草畑があるだろ。それをちょいと株分けして、独自にブレンドしたらこの通りよ。院長にバレるとマズいからチクんなよ」
「ポーラが備品管理を任されてるから、消毒用の酒をちょこっとだけ分けてもらってね。ステファニーブレンドの薬草を漬け込んだら、普通の酒より効くやつの出来上がりよ。分量が確保できない分薄める前提で作ってあるから原液飲まないでね、死ぬかもしんないし」
規則どころか法にさえ触れていそうなブツをにこやかに勧められて困惑したが、これがセイディ達の親愛の印なら無下にするわけにもいかない。ジョアンヌは薬草煙草にむせ、薬草酒の強さに胃をむかつかせながら彼女達の仲間入りを果たした。
「ロックっていうのは場末の酒場から始まったんだ。最初は働いても働いても楽にならない、厳しい毎日を慰めるために平民達が作った歌だった。
でもそのうち楽しく明るいだけじゃなくて、だんだん激しく強い歌になってきた。なんで俺達ばっかりこんな辛い暮らしをしなきゃならない、国王も領主もクソッタレだ、なんて不満が強くなってきて、それを発散する歌になった。そいつがロックンロールの産声だ。
だからやれ反体制的だ不道徳的だって批判されて、取り締まる動きも出てきた。だけど一度広まったロックンロールの波は止まらない。大なり小なりみんな世の中や自分の人生に不満があったから、そいつに中指立てて好きにやろうって歌ってくれるロックに惹かれた。
だけども人気になりすぎると王家に目をつけられて、ロックは御禁制にされそうになった。そこでロックは芸術なんだ、いかがわしいものじゃないんだ、ってどこぞのロックにかぶれたお貴族様が言い出した。
実際、流行っていくうちにロックは色んな姿を見せるようになって、中にはずいぶん挑戦的で斬新な試みをしたヤツもあった。そいつが認められて、ロックはどうにか御禁制を免れた」
薬草酒をちびちびと舐めながら、グレンダはジョアンヌにロックの歴史を語り聞かせてくれた。初めは気怠そうに見えた彼女は、酒が入ったせいかそれともロックへの熱意のせいか次第に頬を上気させてご機嫌に舌を回らせ始めた。
「だけどね。ロックを心の拠り所にしてた連中は、果たしてそんなご高尚なのは本当にロックンロールなのか、なんて疑問を持ち始めた。
そうして生まれたのがパンクだ。ロックの源流になった社会への不満、反骨精神を全面に押し出した、昔ながらの反体制的でとびきり不道徳なヤツ。
パンクは当然批判の的になったけど、自分が求めてたのはこういうロックなんだって大喜びして飛びつく奴も少なくなかった。あたしもその一人。
あたしの家は名ばかりの男爵家で、領地は貧しくて万年赤字まみれ。みんなも貧しいのに税を取ってごめん、領地を良くするための金も出せなくてごめんって親父はいっつも頭を下げてた。みんな貧乏から抜け出す道も見えなくて、いくら働いたってちっとも楽になりやしないと思っても生きてくために働くしかなかった。
だからパンクの波がやってきた時、若い奴らはためらわずそいつに食いついた。あたしだってそうだった。裏通りの小さいボロ酒場で誰かが聞きかじりの歌を口ずさんで、一番ギターが上手い奴がそいつを弾いてくれた。
みんな将来の不安だとか、そいつをどうにかする力がない自分へのイラつきとか、そんなモヤモヤしたもんを抱え込んでた。それを晴らしてくれるのがパンクロックだった。
下手でもいい、勢いがある方がパンクらしくていいって、いつからかギターは代わりばんこに弾くようになった。あたしも人からベースを借りてちょくちょく弾いてた。
そうしてるうちに、あたしは自分達の憤りをぶつけてモヤモヤを発散する曲を自分で書くようになった。それでまあ、今がある」
セイディ達が先程演奏したあの凄まじい曲も、グレンダが書いたらしい。グレンダはもう楽器はやらないのか、とジョアンヌが尋ねると、グレンダではなくえらくご機嫌な様子のステファニーがそれに答えてくれた。
「こいつ、うちらの中で一番上手いんだけどさぁ。『こんな型にはまった弾き方じゃダメだ!』ってベースを叩き壊しそうになったのよ。一本しかないのに。んで、うちらとつるんでたセイディが代わりになったわけ。こいつに言わせりゃ、シロートに毛が生えたくらいが一番『らしい』んだってさ」
バシバシとステファニーに背中を叩かれながらも、グレンダは「反抗こそがパンクロックだ、行儀が悪くてナンボだ」と力説していた。その熱意に鼻白みながらも、ジョアンヌは最大の疑問を彼女達にぶつけることにした。
「どうして、そんなロックの集まりにわたくしを呼んでくださったのですか?」
グレンダの言葉が正しいなら、彼女達の愛するロック——パンクロックは品行方正の対極を行く不良達の文化である。かつて型通りの淑女として振る舞い、今でもその癖が抜けきらないジョアンヌはとてもパンクロックには似つかわしくない。つまらない奴だと鼻で笑われることはあっても、仲間に入れてもらえる理由はなかろう。
固唾を飲んで回答を待つジョアンヌに、セイディ達は揃って顔を見合わせた後「お前が言えよ」とステファニーがセイディを肘で小突く。セイディはステファニーを軽く押しのけて、金色の目を柔く細めながら口を開いた。
「あんたがパンクに向いてそうだと思ったからさ。あんた、きっといいボーカルになるよ」
「向いている? わたくしが?」
予想外の答えを返されて、ジョアンヌは困惑した。ジョアンヌは社会の枠組みに沿った生き方しか知らず、反抗のひとつもしないまま社会から弾き出された負け犬だ。それがパンクに向いているなんて、冗談にしても筋が通っていない。しかしセイディはいかにも大真面目な顔でジョアンヌの肩を掴み、じっと顔を覗き込んだ。
「あんたがどういう事情があってここに来たのかは知らないけどさ。あんた、色々溜め込んでるんだろ。あんたがああやってがむしゃらに祈るのは、嫌なことを忘れたいからじゃないのかい」
「それは、」
セイディの言葉に、意識の外に弾き出していた記憶がわっと押し寄せて頭の中を駆け巡る。嘲笑。罵声。侮蔑。悪意。心の傷として深く刻まれてしまったそれに身を竦ませるジョアンヌに、セイディは真摯な口調で語りかける。
「みんな知らないふりをしてるけど、あんたがちょくちょくうなされてることは筒抜けなんだよ。すごい声だからね。怖いから部屋を変えてくれって言うシスターもいるくらいさ。
あたしはでかい音に慣れてるからあんたの部屋の近くでもいいって言って、そうなったんだけど。そんであんたの叫び声を聞いた時、ピンときたんだ。ああ、こいつはロックをやらせたらきっとすごいぞ、って」
セイディの声に、グレンダが頷く。ステファニーもポーラも、神妙な顔つきをしてじっとジョアンヌを見つめていた。
「ね、一度叫んでみなよ。この蔵、古いけどしっかりしてるから外に音なんかほとんど漏れないんだ。あたしら以外誰にも聞かれる心配はないよ。だから、溜め込んでるもの全部吐き出す勢いで歌おうよ。あたしらとさ」
歌。先程聞いたセイディ達の、荒削りで乱暴でだけども真っ直ぐな熱情を込めた歌。それを思い出すと、心を苛む過去の幻覚が薄れて消えていくような気がした。
「わたくしで、いいのですか」
問いかける声は思いの外掠れていた。セイディはにっこりと微笑んで、ジョアンヌの手を引いて立たせる。
「あんたがいいから言ってんの。さあ、やってみようよ。あたしらは適当に弾くから、その勢いに乗っかるつもりでまずは叫んでみな」
そう言うが早いか、セイディ達は各々の楽器を手に取って演奏を始めた。先程と音量はそう変わらないはずなのに、不思議とうるささも不愉快さも感じなくて、むしろどこか勇気づけてくれるような不思議な音色だった。
「叫びなよ、シスター・ジョアンヌ。あんたが抱えてるモヤモヤは何?」
グレンダに促されて、ジョアンヌは大きく息を吸った。心の奥へ奥へとしまい込んだ感情、忘れようとしていた記憶を手元まで手繰り寄せて、頭の中で言葉にする。
「みんな、嫌い」
はっきりと、明確な非難として告げたはずの言葉は、しかしセイディ達の演奏に埋もれてしまっていた。「もっと強く」とグレンダに背中を押され、ジョアンヌは声を張り上げる。
「みんな嫌い! わたくしを捨てたみんなが憎い!」
「もっと大きい声で!」
「嫌い! 嫌い! 嫌いっ!」
「もっと素直に! 汚い言葉も使え! 腹の中身を残さずぶちまけろ!」
「お父様も嫌い! 殿下も嫌い! 王女殿下も嫌い! 貴族達も民達もみんな嫌い! 嫌い、嫌い、嫌い! わたしと同じくらい苦しめ!」
「いいぞ、良くなってきた! もっと強く罵ってやれ! 『クソくらえ』と『くたばれ』だ! さあ、言ってみな!」
「っ……そ、くらえ! クソ、くらえ! みんなクソくらえ! くたばれ、くたばれ、くたばれ! わたくしを貶めた人みんな、くたばれっ! みんな、地獄に落ちろ‼︎」
最後の叫びは、セイディ達の奏でる音色にも負けていなかった。びりびりと空気を震わす大音量に、こんなに大きな声が出せたのか——とジョアンヌは他人事のように驚かされた。
「すごいよ。逸材じゃないか」
グレンダの声は震えていた。その瞳はぎらぎらと輝き、鼻腔までもが興奮で大きく開いている。
「あんた。あんたさ、歌詞を書こうよ。あたしが曲を書くから、あんたが歌詞を決めるんだ。きっと最高の歌詞になるよ。刺激的で、過激で、とびっきりイカした——そんでもって、イカれたやつ」
「歌詞?」
「そうだよ。さっきやったヤツ、あれにしよう。あれのメロディに合わせて詞をつけるんだ。んで、できたらあんたが歌う。最高だ」
気付けばセイディ達の演奏は終わっていて、皆が期待のこもった眼差しをジョアンヌに向けていた。あんたならできる、とか、楽しみにしてる、といった言葉を矢継ぎ早にぶつけられて、ジョアンヌはたじろぐ。
「でも。わたくし、そんな経験はなくて」
「いいんだよ、その方がいい。拙かろうが何だろうが、ストレートな衝動を乗っけてやるのがパンクなんだ。取り繕って上手くやろうなんて考えなくていい。勢い任せがいいんだ」
「勢い任せ……」
取り繕わなくていい。その言葉は、まるで魔法のようにジョアンヌの胸に染み渡った。
貴族社会では上辺を取り繕うのが当たり前で、上手くこなせて当然、下手なら笑い者にされて終わる。そんな世界しか知らなかったジョアンヌにとって、下手な方がいい、取り繕わない荒削りさが素晴らしいという価値観は非常に新鮮なものだった。
「わかりました。やってみます」
ジョアンヌの返事に、セイディ達は飛び上がらんばかりに——というより、実際に飛んだり跳ねたりして喜んだ。ステファニーとポーラは抱き合ってはしゃぎ、セイディはさすがだと笑いながら肩を組んできて、グレンダは今すぐやろうと黒板と白墨を手に鼻息荒く迫ってきた。
それから、ジョアンヌは来る日も来る日もセイディ達と歌詞を考えた。祈りと刺繍と寝食くらいしか予定のなかった毎日にセイディ達とつるむ時間を割り込ませて、グレンダの曲に相応しいイカした歌詞を作ることに尽力した。
繰り返し見る悪夢は、いつからか歌詞を作る原動力になっていた。夢の中で受けた苦痛や屈辱を忘れようと祈るのではなく、それを怒りに変えて筆を走らせていると、不思議と気分がすっきりとした。
あんたの気持ちを表すならもっと強い言葉がいい、と言われて下町のごろつきが使うような下卑た語彙をいくつも習い、麗しの白薔薇であった頃は頭の端にすら存在しなかった汚い言葉をいくつも書き連ねて、ようやく歌詞は完成した。
「これを歌うのは、あんたじゃなきゃダメだ。これはあんたの歌なんだから」
出来上がった歌詞を曲に乗せて歌って欲しいと、グレンダはジョアンヌに懇願した。それさえ聞ければ死んだっていいと、大袈裟なことを言いながらジョアンヌと向き合う眼差しはひどく熱がこもっていた。
「みんな弾きながら歌うのは無理だって言うし、あたしの声じゃ弱くて演奏に埋もれちまう。
シスター・ジョアンヌ、あんたは特別なんだよ。あんたの中の怒りをあんたの声に乗せて歌った時、本物のパンクになるんだ」
セイディ達がメロディを奏で出した時、ジョアンヌは譜面台に乗った歌詞の紙を今一度読み直した。そこいらの貴族婦人に見せたら卒倒しそうなほどに過激で下品な歌詞だった。ジョアンヌは小さく息を吸い込んで、そして思い切り叫んだ。
「くたばれ、クソ野郎共‼︎」
メロディに合わせて、ジョアンヌは夢に現れた全ての人間を罵倒した。父も、王家も、貴族達も民達も、そして隣国の王女さえも口汚く罵倒し、そして最後にはまとめて地獄に落ちろと叫ぶ。身体の中で燃えたぎる怒りを声に乗せて全身全霊のシャウトをすれば、グレンダは髪を振り乱して飛び跳ねた。
「それだ! それでこそだ、シスター・ジョアンヌ! やっぱりあんたは本物のパンクロッカーだ!」
曲が終わった後、ジョアンヌは皆からもみくちゃにされ、口々に褒められた。今までにない爽快感と達成感、そして初めての歌詞を認めてもらえたというむず痒い照れ臭さと嬉しさが胸いっぱいに広がって、とても晴れやかな気分だった。
それからも、ジョアンヌはセイディ達とつるんでパンクロックを奏で、時には新しい歌を作って歌った。現王家による政治、歪な貴族社会、スケープゴートで憂さ晴らしするばかりで肝心の王家には怯えて物も言えない民衆、女を見下す男達、お上品ぶってお高くとまった女達、何から何まで批判して罵って、みんなでげらげらと笑った。
批判だけではなく、毎日の楽しさを歌った歌もあった。社会から弾かれようが自分達は楽しくやっている、世俗に捉われず自分のロックをやっている、社会の一部でしかないあんたらはどうだい、とかつての自分に訴えかける気持ちで書いた歌詞は皆に絶賛された。
「故郷の連中に聞かせらんないのが残念だよ。こんなかび臭い修道院じゃ、うちらのロックを理解してくれる奴らは滅多にいないんだ」
パンクロックに傾倒した毎日を送るジョアンヌ達だったが、それはあくまでひそやかな楽しみであり、表向きは修道院の規律を乱していないように振る舞わなければならなかった。節制と貞淑を重んじる修道院と野蛮でふしだらなパンクロックはさながら水と油で、見つかれば排斥されることは明らかだった。
「反骨心だなんだって叫んじゃいるけど、あたし達だって結局は居場所を失くすのを怖がってお行儀よくしてるだけの負け犬なんだ」
酒に酔うと、グレンダは時々そう呟くことがあった。そうなると「反抗してこそ本当のパンクだ、院長のすまし顔にションベンかけてやる」などとやけを起こして暴れるグレンダを皆で押さえ込むのがお決まりの流れで、グレンダが暴れ疲れて眠ったら自然とお開きになるまでがワンセットだった。
頭に「不良」と付くけれど、ジョアンヌ達は修道女だ。それも全員が元貴族令嬢で、持参金と引き換えに安穏とした暮らしを送っている。
もし本当に反抗して修道院を追い出されでもしたら、ジョアンヌ達は一人で生きて行けず野垂れ死ぬのがオチだろう。そんな現実を理解しているからこそ、ジョアンヌ達は自ら鳥籠の中に留まっているのだ。
反抗を歌いながらも、その実従順に振る舞って安定した生活を享受する。明らかな矛盾を自覚しつつも、ジョアンヌ達はパンクロックを歌った。それ以外に自己嫌悪で鬱屈した気持ちを吹き飛ばしてくれるものを知らなかったからだ。
パンクロックにのめり込むうちに季節は巡り、歳月は過ぎて、ジョアンヌが二十二歳になる頃、数名の騎士を乗せた馬車が修道院へやってきた。王太子と王太子妃を呪ったという嫌疑で、ジョアンヌを連行するためだった。
院長は品行方正で模範的な修道女のジョアンヌがそんなことをするはずがないと訴えたが、騎士達は構わずにジョアンヌを連行した。ジョアンヌは王都に着くなり法廷へ引き出され、旅の汚れを纏ったままで被告人席に立たされた。
「ジョアンヌ・ロクシー。貴様は我が妃の慈悲を賜ったにも関わらず逆恨みをし、修道院でおぞましい呪いの儀式を繰り返していたそうだな」
法廷には王太子になったらしいかつての婚約者がいて、裁判官よりも偉そうに発言をしていた。その隣には着飾った隣国の王女も並んでいて、いかにも哀れみ胸を痛めているように目を潤ませてジョアンヌを見つめている。
そんな二人を軽く鼻で笑って、ジョアンヌは発言をした。
「ひとつ訂正があります。わたくしは王太子ご夫妻を呪ったのではなく、罵倒したのです」
法廷がざわついた。やはり毒婦は毒婦か、恐ろしい、などと騒ぐ傍聴人達を黙らせようと裁判官が木槌を打ち鳴らす。
「罪を認めぬどころか、言い逃れのために新たな罪を重ねるか。愚かな」
「あら、悪役がいなければろくに評判も稼げない能無しに代わって罪を作って差し上げたのですよ。今度こそでっち上げでない本当の罪を糾弾できるのですから、感謝していただかないと」
「黙れ!」
あまりに挑発的なジョアンヌの物言いに、王太子が表情を歪めて怒鳴る。だが、その程度でひるむジョアンヌではない。パンクロックのサウンドの圧に比べたら、王太子の怒鳴り声など虫の羽音にも劣るへなちょこだ。
「それで。いつか使い捨てた小道具まで駆り出して、今度はどんな三文芝居を作るおつもりで? 自らの不人気を全て毒婦の呪いのせいにして、呪いをかけた魔女を成敗してめでたしめでたし、これで国は安泰だ、王太子夫妻万歳! なんてところかしら。
ああ、素晴らしくて反吐が出るわ。目も頭も腐った愚民共だって食いつかずに唾をかけて立ち去るでしょう。王国史上最低の劇作家として、きっと歴史に名を残しますわ」
「黙れ! 黙れ! 黙れ!」
とどまるところを知らない暴言に王太子はいよいよ顔を真っ赤にして立ち上がり、傍聴人はあからさまに動揺していた。
前回の断罪劇ではジョアンヌは明らかに弱り切っていて、ろくな抵抗もできず一方的に辱められる様を皆が笑って見ていた。ところが今回は違う。ジョアンヌは身なりこそ薄汚れているが立ち振る舞いは堂々としたもので、王国一の毒婦の名を着こなす勢いで場を圧倒している。
ざまあみろ、とジョアンヌは内心ほくそ笑んだ。ジョアンヌは二度と誰かの書いた筋書きでは踊らない。悪役を押し付けようとするならば、それを振り回して散々暴れて、脚本家気取りの連中に思い切り中指を立ててやる。
「ああ、なんて素晴らしい国でしょう! 見栄を張ることにしか頭と金を使わない、クソみたいな王家! ヘコヘコご機嫌伺いをしてばかりで、無能な王家を見限ろうともしない糞袋以下の貴族共! 王家の書いた四流以下の脚本に騙されて、見当違いの方向に石を投げる頭におがくずの詰まった民草共!
王国の未来はさぞかし明るいことでしょう! 腐り切ったジジイの種から生まれた自己中インポ野郎とその粗末なポコチンをしゃぶるしか能のない偽善者の淫売女、たいへんお似合いのお二人ですわ! 王国万歳! 王太子夫妻万歳!」
パンク仕込みの罵倒に法廷は騒然となり、王太子は騎士の剣を奪ってまでジョアンヌに襲いかかろうとして、裁判官はやかましく木槌を鳴らし続けた。度を超えた暴言を吐いたジョアンヌは速やかに退廷させられたが、連れて行かれた先は地下牢ではなく馬車の前だった。
「今度はどこへ行くのかしら。労務刑か流刑か、さもなくば地獄への直通便かしらね」
皮肉めかして尋ねるジョアンヌに、騎士は苦笑いをして首を横に振る。ジョアンヌに向けられた眼差しには侮蔑や嫌悪の類がなく、ただまっすぐに澄んでいた。
「あなたが元いた場所へお返しするだけですよ、レディ。斜陽はじきに終わり、王国には新しい太陽が昇るでしょう」
騎士の発言は、現王家の打倒をほのめかすものだった。驚きに目を丸くするジョアンヌに、騎士は恭しく跪いて頭を垂れる。
「五年間、さぞ辛い思いをなさったでしょう。あなたの一件で王家に不信を抱いた貴族達がいたのです。
ここ数年、立太子をされてからも殿下の評判は思わしくなかった。他人を引きずり下ろせば相対的に高い地位へ行けると学んでしまわれたようで、何人もの貴族が貶められ、中には私財や爵位を取り上げられた者もいます。
次は自分の番かもしれないと、そう思い始めてからあなたも被害者だったと気付いた者達が現れ始め、今や王家への不信は最高潮に達しています。
もっと早くこうなるべきでした。あなたはあのような辱めを受けてよい人ではなかった。あの時あなたに対してもっとできることがあったのではないかと、ずっと悔いていたのです」
懺悔の後にしずしずと顔を上げた騎士の面立ちには、どこか見覚えがあるように思えた。ジョアンヌが修道院へ運ばれた際、阿婆擦れなら手を出しても構うまいと下衆なことを口走る騎士を強い言葉で止めてくれた人は、確かこんな風貌ではなかったか。
「今あなたを逃したところで、あなたが過去に失った全てが戻るわけではない。ですが、あなたが迎えるべき明日は守れるでしょう。王国が朝日を迎えるまで、しばしのご辛抱を」
話を終えると、騎士はジョアンヌに手を貸して丁重に馬車へと乗せた。同乗する顔ぶれは行きとはほとんど変わっていて、真面目な勤務態度できちんとした食事を差し出す騎士だけでなく身体を拭いたり着替えさせたりしてくれる侍女までいた。
「いずれかの公爵家の方を新たな太陽として戴くそうですが、あなたはどうなさいますか?」
修道院に戻る道すがら、あの騎士はそうジョアンヌに問いかけた。放逐されたとはいえ、ジョアンヌとて公爵家の娘だ。仮に貴族籍から抜かれていたとしても冤罪による不当な処分だと訴えれば王位継承権を主張できるだろう。けれど、ジョアンヌはその話を鼻で笑って答えた。
「そんなものいらないわ。わたくしはパンクでいたいの。反抗する側が体制側に回ってしまったらダサいじゃない」
「パンク……ですか?」
「そうよ。パンクロックはお好き?」
それきり騎士とはあまり話は弾まず、ジョアンヌは元の修道院へ戻ってきた。王家に仇なした疑いをかけられながら五体満足で帰還したジョアンヌを、セイディ達は盛大に出迎えた。
「まさか騎士にとっ捕まって無事に帰ってくるとは思わなかったよ!」
「うちらの音楽がバレたわけでもあるまいし、なんだって連れてかれたんだい」
「それがね……」
抱き合って再会の喜びを分かち合った後で、ジョアンヌはセイディ達におおまかな事情を説明した。かつて第一王子と隣国の王女の婚約を美談にするべく悪役にされたこと、その第一王子がまた懲りずに同じ真似をしようとしたこと、法廷に引き出されたのでいつも歌っているような内容で口汚く罵ってやったこと。事のあらましを聞くと、セイディ達は腹を抱えて笑い始めた。
「それであんたは、王太子本人の前で中指おっ立ててやったってわけ? 最高! それでこそパンクロッカーだよ!」
「中指は立てられなかったわ。手枷があったからね。でも唾くらい吐いてやればよかったかしら」
「あははっ、それいいじゃん! 法廷のど真ん中で王族に唾ぶっかけるなんてイカれてる! お前、マジにイカしてるよ!」
いつもの蔵の中でひとしきり馬鹿笑いをした後で、ジョアンヌ達は景気付けにこれまでに作った歌を一通り歌った。最高に胸のすくような出来事があったからか喉の通りは普段よりも良くて、たまらなく爽快な気持ちで歌えた。
そうしてまた元の暮らしに戻ってからしばらくして、ジョアンヌの下に一通の手紙が届いた。公爵家の紋が入った手紙にはこれまで苦労をかけてすまない、戻りたければ戻ってきていい、というような文章と兄の名が記されていた。
『わたくしは戻りません。ここが好きなのです。わたくしに何かしたいのであれば、追加の寄付か差し入れでもいただけると嬉しいです』
そう返事を書いて送れば、後日律儀に公爵家からの寄付と何か欲しいものはあるか尋ねる手紙が返ってきた。せっかく好きなものを手に入れられる機会なのだから、とジョアンヌがセイディ達に何を貰うべきか相談してみれば、ポーラが口を開いた。
「レコードにしようよ。空のレコードと蓄音機を貰ってさ、私達の歌を残してみよう。そしたらいつか、誰かが私達の歌を聴いてくれるかも」
レコードとは、ジョアンヌがまだ貴族令嬢であった頃に富裕層の間で流行り始めた音楽を記録する媒体のことだ。ジョアンヌも流行に乗るために好きな楽曲のレコードを何枚か集めていたが、自分の歌を吹き込んだレコードを作るなど考えたこともなかった。
「ポーラ、それマジで言ってる? うちらのロックを残して、誰かに聞かせようっての?」
「大真面目だよ。だって、みんないい曲ばっかりじゃないか。私達の中だけの思い出になって消えてくなんてもったいないよ。でもレコードにしたら、私達がいなくなっても歌は残る」
「レコードにして、どこに出すのさ。もし院長になんて聞かれようものなら大目玉だよ」
「手元に残すか、シスター・ジョアンヌの身内に送るか……どっちにしろ博打みたいなものだけど、でも私は賭けてみたいんだ。こんなくだらないもの、って捨てられるって最初から決めてかからないで、最高にイケてるって誰かが思ってくれる可能性に賭けたい」
ポーラの表情は真剣だった。それ以上返す言葉も見つからなくて、ジョアンヌ達が黙り込んでしまうとずっと考え込んでいたグレンダが顔を上げた。
「それ、いいかも。やろうよ」
グレンダの目は、期待で輝いていた。
次の手紙に、ジョアンヌは録音前のレコード数枚と蓄音機が欲しいと書いた。すると本当にレコードと蓄音機を乗せた馬車が修道院へやってきた。蓄音機を運んでくれた騎士は、いつか見た顔をしていた。
「一体何を録音なさるのですか?」
「わたくし達の歌よ。お兄様にも送ろうと思うのだけれど、あなたも興味はある?」
「あなたがどのような歌を歌われるのか、気にならないと言えば嘘になります」
その日、ジョアンヌ達は初めてのレコードを作った。吹き込んだのは、最初に詞をつけたあの曲だった。再生してみたら「くたばれクソ野郎共」というジョアンヌのシャウトが克明に録音されていて、みんなで大笑いした。
ジョアンヌは三枚のレコードを作り、一枚は兄に送って、もう一枚は差し入れを持ってきてくれる騎士に渡し、残った一枚は手元に置いた。
兄も騎士もジョアンヌ達の歌のことになると言葉を濁していたが、とにかく「楽しそうでよかった」と、それだけは伝えてくれた。ジョアンヌは度々兄にレコードをねだり、次々と曲を吹き込んだ。
ジョアンヌが手元に残したレコードは、彼女が年老いて亡くなった後も修道院で保管された。何が録音されているのか確かめた院長は修道院にこんな不道徳なものが、と目を回したものの、それがこの国が絶対王政から立憲君主制に変わるきっかけとなったジョアンヌ・ロクシーの私物だったために処分はためらわれ、大切に扱われた。
やがて一人の青年が曾祖父の残したレコードを興味本位で再生したことから、ジョアンヌ達の音楽は大勢の人々の耳に届き、たちまち有名になった。ジョアンヌのレコードは様々な形で複製され、世界の各地に届けられた。
ジョアンヌ・ロクシー、セイディ・ヴァイス、ステファニー・ジュールス、ポーラ・コーク、グレンダ・マトリクスによる名もないバンドが歌い上げたパンクロックは、「修道女達のロック」と呼ばれて今も愛されている。
デトロイト・メタル・シティみたいにおとなしいお嬢様が豹変して日頃の鬱憤を音楽で晴らす、みたいなネタを思いついたので色々こねくり回した結果、ヘヴィメタやデスメタルよりはパンクロックの方が書きたいネタに沿うかな?と思いこうなりました。調べてはいますが色々甘いと思うのでどうか諸々の粗は大目に見てください。
作中の人物はセックス・ピストルズが由来ですが、キャラはそこまで元ネタに沿っていません。パンクへのこだわりがバカ強くてたまにアッパー入って暴れ出すダウナー作曲家グレンダが個人的に書いててお気に入りになりました。
ちょっと物品とか文化の年代が錯綜してねえか?というのは異世界だからということで大目に見てください(二回目)。あと、薬物ダメゼッタイ!




