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【小説】パパ活狩り

掲載日:2025/12/14

 ミサコのケツにほくろなんてあったんだな、と思っていると怒鳴り声が聞こえた。

「おい、誰が手を下げていいって言ったよ」

 投げつけられた空き缶が頭にヒットして間抜けな音を立てた。

 灰皿でなかっただけマシかもしれない。

 ケントは言われた通り、再び両手を床と水平の位置に上げて伸ばした。

 両肩が熱を持って震えている。

 正座に組んだ両足はすでに感覚を失っていた。おそらく立ち上がれないだろう。

 ベッドに腰かけた男は煙草を吸いながらケント達の免許証などを改めていた。

「下手くそ、歯を立てるんじゃねぇ」

 男がそう言って手にした財布でミサコの頭を叩く。

 ミサコは後ろ姿しか見えないが、泣いているのがわかる。

 しかし、どうにも出来ない。



 隣で同じように両手を水平に保ちながら座っているマサヤスが、殴られた顔面を腫らせたまま嗚咽を漏らし始めた。

 ケントはため息を噛み殺した。泣きたくなる気持ちもわかるが泣いたって仕方ないだろ、女々しいやつだ。

 それにこの状況だと先に泣いた奴が勝ちだと思った。何の勝敗か分からないが、とにかくケントはそう思った。


 男が財布を畳んでベッドに投げた。

「うん、じゃあこれは預かっておくから」

 ケント達の免許証をジャケットの内ポケットに押し込むと同時にミサコが咽た。

「はは、悪い悪い。出るって言えば良かったか」

 男は笑ったが、ミサコが口から溢した白いものを見るとその頭を踏んで

「舐めて床を綺麗にしろ」と言った。

 ケントとマサヤスはそれを黙って見ているしかなかった。手足が痺れていては何もできない。

 男は立ち上がってズボンを履きなおすと「馬鹿だなお前らは」と呟いた。

 そして短くなった煙草を床に投げ捨てると、それを小便で消せとミサコに命じた。

「どうせケンカしたことないんだろ。だから相手を見誤るんだよ」

 そう言って笑うと、椅子の上で気を失っているナオキの腹を蹴り飛ばした。

「いつまでも効いたフリして寝てんじゃねぇよ」

 ナオキは呻き声をあげたが、縛られた手足の所為で身動きを取れずにいる。

「ガキがよ、堅気の癖して極道の真似事してんじゃねぇよ。おい、お前らは手を下げるな」

 ケントは再び手を上げた。

 マサヤスもそれに倣って泣きながら手を水平に戻した。


 放尿を始めたミサコの排泄音と嗚咽が始まると、男は「汚ねぇな」と顔をしかめてタオルを投げつけた。

 ミサコは泣きながら床を拭いた。

 男は再びソファに腰をおろすと

「いいか」と切り出した。

「コイツには勝てる、コイツには手を出しちゃいけない。そんなの動物なら誰だって見分けられるんだよ。それをお前らは……本能ってものがねぇのか」

 男がしゃがみこんでケントの髪を掴み、顔を引き上げた。

「なぁ、まさかヤクザがパパ活するとは思わなかったんだろ?」

 ケントは答えられなかった。

 何を言っても殴られる。それなら舌を噛まないようにしておく方がいい。


 だが男は笑っていた。

「怒らねえから返事しろよ。なぁ、ヤクザがパパ活するなんて思わなかったろ?」

 仕方ない、ケントは小さく頷いた。

「……はい」

 男はケントの鼻に派手な頭突きを入れると「それがバカだってんだ」と言った。

 ケントの鼻腔から鼻血が滴り、涙で視界が歪んだ。

「まぁ美人局なんて誰でも思いつくわな。最近じゃパパ活狩りって言ってんだって?名前変えたってそんなのお前、ヤクザが昔っからやってたシノギじゃねぇかよ。知らないのか?」

 男は新しく取り出した煙草に火を点けて、わざとらしく煙を吐き出して言った。

「まぁいいけどよ」


✳︎✳︎✳︎


 まぁいいけど何なんだろうと自分で思った。

 特に何がない。いつだってそうだった。

 特に理由も何もない。ムカついたから殴った。それだけだった。

 脳みその中を這い回る虫でもいるのかと思った。

 皮膚の下に菌がいて動き回っているような錯覚にも陥った。

 全身に墨を入れたところでそれは変わらない。

 強い奴には愛想笑いをして弱い奴は殴った。

 今日だってそうだった。

 適当な女を引っかけるだけのつもりだった。

 ホテルを指定するので怪しいと思いクローゼットを開けると案の定、3人の小僧いた。

 カメラを持ったガキ。ネット通販で買ったとおぼしき警棒か何かを構えていた。

 驚いている奴をぶちのめして、それで終わりだ。

「つまんねぇな」

 思わず声に出していた。

 ガキのひとりが「え」と訊いてきたので蹴り飛ばした。

「明日から消費者金融回って金借りて来い。街金闇金、ここら辺の全部回るんだぞ」

 正座して両手を水平に上げたガキたちは俯いて泣いている。

 親に大学まで入れてもらって、こんなことの為に産まれたんじゃなかろうにな。

 それはこの女もそうだ。

 馬鹿の片棒を担がされて、挙句の果てに知らない男のチンコをしゃぶらされて小便まで命じられる。

「ところでこの女は誰のなんだ」

 そう訊くと正座させているガキが同時に「おれの」と言いかけて顔を見合わせた。


 一瞬だけあっけに取られた。

 そしてそれはすぐに笑いへと変わった。

「あーあ、悪い事訊いちゃったな。おい、馬鹿女。お前二股かけてたのか。もしくはそこで寝てるのも含めて三股か。ったく、貞操観念どうなってんだ」

 なんとなく腹が立って女の頭を蹴り飛ばした。

 それにしても最近のガキは金を持っていない。ガキどころかガキの親まで金を持っていない。

 何十年ものローンを組んで狭いマンションに住んでやがる。持ち家のひとつも無いから土地の権利書なんて言ってもぽかんと間抜け面を並べてるだけだ。

 面倒くせぇな、と深いため息を吐いた。


✳︎✳︎✳︎


 男が深いため息を吐いた。

 ケントは徐々に足の重心をずらした。

 酷く痺れる。血行が戻っている証拠だが、少しでも間違えると奇声を上げて倒れてしまいそうだ。それだけは回避しなきゃならない。

 なんとなくミサコに他の男がいる気配はしていたが、それがマサヤスとナオキだったとは思わなかった。

 どいつもこいつも馬鹿にしやがって。

 全てが気に喰わなかった。

 この東京と言う街もそうだ。どの駅だって地方の県庁所在地より栄えていやがるし、山手線はそんな駅がぐるりと東京を一周している。

 陰唇型の山手線、それを貫く中央線は陰茎か。その中央線にしたって端から端まで栄えている。

 その癖、スローライフだの憧れの田舎暮らしだとの言い、挙句の果てには「東京は大きな田舎で何も無い」だとか言いやがる。

 それが馬鹿にしているっていう事だ。

 ここに住んで生活している奴はそれに気づきもしないだろう。

 目の前の男もそうだ。

 偉そうに説教を垂れやがって、ヤクザの癖に女を安く買おうとする性根が気に喰わない。

 数いる女の中からなんでミサコを選んだのがヤクザなんだ。

 なんでそこら辺のサラリーマンじゃないんだ。

 冗談じゃない。

 でもこのヤクザはミサコのケツにほくろがあるのを知らないだろう。

 マサヤスとナオキは知っているんだろうか。奴らしか知らないミサコの顔があるんだろうか。

 おれと寝た時のテクニックはこいつらが仕込んだことなのだろうか。

 そう思うとケントは猛烈に腹が立ってきた。

 いても立ってもいられなくなり、横でまだ嗚咽しているマサヤスを思い切り殴った。

 マサヤスは倒れ、足の痺れも手伝って奇声を上げながら床を転げまわった。

 ヤクザの男は「おっ」と愉快そうに笑うだけで何もしなかった。

 ケントはマサヤスに馬乗りになると立て続けに何発か殴って、それから振り向きざまにミサコも殴った。

「あまり殴るなよ、顔は」

 ヤクザの男は呑気な声で言った。

 その余裕も腹立たしい。

 ミサコはずっと泣いていた。

 泣けばどうにかなると思っているのも腹が立つ。

 泣いたってどうにもならないのに、泣けば自分だけはどうにかなると思っている泣き方をしているのが余計に腹立たしい。

 ミサコを床に引きずり倒し、そのまま後ろから挿入する。ほくろに爪を立てると血が滲んだ。

「若いねぇ」

 ヤクザの男は何かの合いの手を入れるように言った。


✳︎✳︎✳︎


 ガキは一定のペースで腰を振り続けた。

 セックスしている姿を側から見るとこんなにも間抜けだったのか、と思った。

 それは二人とも泣いているせいかも知れない。

 しかしガキが身勝手な射精を終えた後どうするのか見ものだった。

 二股だか三股がバレた以上は、まず女より先に男同士で殴り合いが始まる。

 それが終わってから女をどうにかする。

 それが普通だ。

 そう言うのは何度も見てきたし、実際に自分もそうだった。

 問題はそのあとだ。

 おれ言う異分子がいる。

 この状況を作り出したおれがここにいるが、おれそのものはその女と何の関係も無い。

 ガキはおれに向かってくるだろうか。

 背後にある窓の向こうで、重たい破裂音が響いた。


✳︎✳︎✳︎

 

 ミサコの中に射精した後、冷静になってこの後どうしようかと考えたがケントには何も思いつかなかった。

 眠ってしまいたかった。

 だが眠ったところで全てが夢で終わる訳でもない。

 これが単なる悪夢だったらどれほど良かっただろう。

 だが紛れもなく現実だ。男に命じられて金融機関を周り、明日から莫大な借金を背負う事になる。

 もう大学には行けない。内定だって取り消しになるし。実家にも連絡が行くだろうし、今のバイトにも戻れないだろう。

 無、か。

 ケントは何となく笑った。

 窓辺でほほ笑むヤクザの後ろで、色とりどりの光が点滅しているのが見えた。

 どこかの花火大会だろうか。

 ミサコは誰と花火を見る気だったのだろう。

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