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夢の中まで掃除してたら、神様にスカウトされた件。〜異世界でメシもうまいし、床もピカピカです〜

作者: 桜木ひより
掲載日:2025/11/10

「うわあああああ!?」


俺、佐倉凪は、気づいたら知らない場所に立っていた。

というか、寝てたはずなんだけど。


ブラック企業の三日連続徹夜から開放されて、ようやくベッドに倒れ込んだのが最後の記憶だ。そこから先は……ああ、そうだ。夢を見ていた。


夢の中で、俺は掃除をしていた。

汚れた床を磨き、埃まみれの棚を拭き、散らかった書類を整理していた。


それはまるで会社のオフィスのようで、でも違っていて。

白い大理石の床、天井まで伸びる美しい柱、荘厳な雰囲気の神殿のような場所だった。


――で、今。


「よくぞ来てくれた、佐倉凪よ」

目の前には、掃除用具を持った小柄な神様らしき存在がいた。


身長は俺の腰くらい。モップを杖代わりに持ち、雑巾を腰に巻き、バケツを頭に被っている。どう見ても掃除屋さんのコスプレだ。


「私は掃除神ポリス。神界の清掃を司る神である」


「……はい?」


「そなた、我が神殿を見事に浄化してくれたな! あの汚れは三千年分の穢れだったのだ。

他の神々が誰も掃除しようとせず、私一人では手が回らず困っておったのだが……」


ポリス神は感動したように両手を組んだ。


「そなたは夢の中で、わずか三十分で全てを綺麗にしてくれた! この才能、この技術、この熱意! そなたこそ、私が求めていた清掃の使徒だ!君には掃除の才能がある!」


「いや、あの、俺ただの社畜で……」


「もう社畜ではない! そなたの肉体は過労で限界を迎えておる。このまま戻れば、余命は三ヶ月だ」


ぎくり、と俺の心臓が跳ねた。


「だが安心せよ。私はそなたに新たな人生を与えよう。異世界アストリアの地で、そなたの掃除の才能を存分に発揮してほしい」


「ちょ、ちょっと待ってください! 勝手に転生させないでください!」


「転生ではない、転移だ。そなたの身体はこちらで治療しておく。

異世界での任務が終われば、元の世界に戻ることもできるぞ」


ポリス神はにっこりと笑った。


「報酬は、健康な身体と異世界での自由な生活。それと……」


神様はぱちんと指を鳴らした。


「特別なスキルを二つ授けよう。【夢掃除】と【夢料理】だ。

これらは夢と現実を繋ぐ力。掃除で世界を浄化し、料理で心を癒やす。そなたにこそ相応しい力だ」


「え、あの、それって――」


「では、行ってらっしゃい! アストリアは今、魔瘴に苦しんでおる。そなたの力が必要だ!」


「待っ――」


俺の言葉を最後まで聞かず、ポリス神は俺を光の中へ放り込んだ。





気がつくと、俺は石畳の上に倒れていた。


「うう……神様って勝手だな……」


身体を起こすと、周囲の景色が目に入った。


中世ヨーロッパ風の街並み。石造りの建物、石畳の道、遠くには城が見える。


見てわかる、完全に異世界だ。


だが、何かがおかしい。


街全体が、薄暗いのだ。太陽は出ているのに、空気に黒いもやのようなものが混じっている。それが街全体を覆い、建物も人々も、どこか淀んで見える。


「これが……魔瘴?」


立ち上がろうとした瞬間、目の前に人影が現れた。


「あなた、もしかして……神の使い、ですか?」


声の主は、白い僧服を着た少女だった。金髪碧眼、透き通るような肌。

だが、その顔には疲労の色が濃く、瞳には絶望が宿っていた。


「えっと、俺は佐倉凪といいます。神の使いかどうかはわかりませんが……」


「神殿の予言に! 光の中から現れる浄化の使い、と!」


少女――いや、巫女らしき彼女は、俺の手を掴んだ。


「お願いします。この街を、この国を救ってください! 魔瘴が蔓延して、もう何年も……

人々は苦しみ、作物は育たず、心は荒んでいくばかりなんです!」


その切実な訴えに、俺は思わず頷いていた。


「わかった。できる限りのことはする」


「本当ですか!? ああ、ありがとうございます!

私はミレナ。この街の神殿に仕える巫女です」


ミレナは涙を浮かべながら、俺を神殿へと案内した。


   




神殿の中は、外よりもひどい状態だった。


床は埃まみれ、壁には黒いシミ、祭壇には蜘蛛の巣。魔瘴の影響で、聖域であるはずの神殿すら汚れきっている。


「これは……」


「ごめんなさい。魔瘴のせいで魔法も効かなくて。掃除をしても、すぐに汚れてしまうんです」


ミレナは申し訳なさそうに俯いた。


だが、俺の中で何かが燃え上がった。

これは、俺の領域だ。


「ミレナさん、掃除道具を貸してもらえますか?」


「え? でも、普通の掃除では――」


「大丈夫です。俺には、特別なスキルがありますから」


俺は【夢掃除】のスキルを発動した。


瞬間、世界が変わった。


現実と夢の境界が曖昧になり、俺の意識は二つの世界に同時に存在するようになった。一つは目の前の神殿。

もう一つは、夢の中の――神界と繋がった、清浄な空間。


俺は夢の中で掃除を始めた。


モップで床を磨くと、現実の床も輝き始める。

雑巾で壁を拭くと、黒いシミが消えていく。箒で掃くと、魔瘴が光の粒子となって消えていく。


「な、何これ……!?」


ミレナが驚愕の声を上げた。


俺の周囲から、黄金色の光が溢れ出していた。それは掃除をする度に強くなり、神殿全体を包み込んでいく。

汚れは消え、魔瘴は浄化され、床は鏡のように輝き始めた。


「これが、浄化の魔法……!?」


「いえ、ただの掃除です」


俺は笑顔で答えた。


三十分後、神殿は完全に生まれ変わっていた。


白い大理石の床は光を反射し、ステンドグラスから差し込む陽光が美しい模様を描く。空気は澄み切り、ほのかに石鹸の香りが漂っていた。


「すごい……こんなに綺麗な神殿、初めて見ました……」


ミレナは呆然と呟いた。


「さて、次は何をしましょうか?」


「え? まだ何かするんですか?」


「もちろん。掃除が終わったら、次はおいしい食事でしょう?」


俺は【夢料理】のスキルを発動した。


   

神殿の台所は、幸いにも最低限の調理器具が揃っていた。


「この世界の食材って、どんな感じですか?」


「魔瘴の影響で、ほとんどが汚染されています。食べられるものは限られていて……」


ミレナが案内してくれた食材庫には、確かに黒ずんだ野菜や、異臭を放つ肉が並んでいた。だが、俺には見えた。

夢の中で、これらの食材が本来持っていた純粋な姿が。


「大丈夫。任せてください」


俺は【夢料理】で食材を浄化しながら、調理を始めた。


黒ずんだジャガイモは、夢の中で黄金色に輝く芋になった。

それを丁寧に洗い、皮を剥き、薄切りにする。汚染された玉ねぎは、夢の中で透明な涙を流す真っ白な玉ねぎに。

それを飴色になるまで炒める。


異臭を放っていた肉は、夢の中で新鮮な香りを取り戻した。

塊肉を適度な大きさに切り分け、塩胡椒で下味をつける。


鍋に油を引き、肉を焼く。ジュウジュウという音と共に、香ばしい匂いが広がる。

玉ねぎ、ジャガイモ、人参を加え、水とトマトを投入。コトコト煮込んでいく。


その間に、パンも焼いた。汚染された小麦粉は、夢の中で真っ白な粉雪のように純粋になった。水と塩を加えて捏ね、発酵させ、オーブンで焼き上げる。


一時間後。


「できました。異世界特製シチューとパンです」


湯気の立つ皿を、俺はミレナの前に置いた。


「い、いただきます……」


ミレナがスプーンを口に運んだ瞬間、彼女の目から涙が溢れた。


「おいし……こんな、こんな味、何年ぶり……」


彼女は声を詰まらせながら、夢中でシチューを食べた。

野菜の甘み、肉の旨み、トマトの酸味が調和した、シンプルだが心に染みる味。


「魔瘴に汚染されてから、まともな食事なんて……みんな、毎日を生き延びるだけで精一杯で……」


「大丈夫。これから、ちゃんと美味しいものを食べられますよ」


俺もシチューを口にした。確かに、素材の味が生きている。

夢の中で食材の本質を引き出し、現実で調理する。これが【夢料理】の力か。


「ねえ、凪さん」


「はい?」


「この料理を、街の人々にも振る舞ってもらえませんか? みんな、疲れきっているんです。心も身体も……」


ミレナの懇願に、俺は即答した。


「もちろんです。そのために来たんですから」


  


翌日、俺たちは街の広場で炊き出しを始めた。


大鍋でシチューを煮込み、パンを焼き、綺麗な水を用意する。

魔瘴で淀んだ広場も、事前に【夢掃除】で浄化しておいた。


最初は警戒していた人々も、香りに誘われて集まってきた。


「これ、本当にタダなのか?」


「ああ、みんなで食べてくれ」


一人、また一人と、人々が列を作り始めた。

そして、料理を口にした瞬間――


「う、うまい! こんな味、忘れてた!」


「温かい……心が、温かくなる……」


「お母さん、これすごく美味しいよ!」


広場に笑顔が広がった。


魔瘴に苦しめられ、希望を失いかけていた人々の顔に、生気が戻ってくる。

それは料理の美味しさだけではない。【夢料理】の力が、人々の心の穢れを浄化していたのだ。


「すごい……みんな、笑ってる……」

ミレナが感動の涙を流した。


だが、その時だった。


「何をしている!」


鋭い声が響いた。


見ると、黒い鎧を纏った騎士が、こちらに向かって歩いてきた。

その鎧には、まるで生き物のように魔瘴が纏わりついている。


「貴様、勝手に魔瘴を浄化するとは……我らの支配を邪魔する気か」


「支配?」


「そうだ。この国は魔瘴によって統治されている。穢れた世界でこそ、真の力が手に入る。貴様のような浄化者は、邪魔なのだ」


黒騎士が剣を抜いた。


だが、俺は動じなかった。


「ミレナさん、下がっていてください」


「で、でも!」


「大丈夫です。夢の中なら、勝てますから」


俺は【夢掃除】を発動した。


   


現実と夢の境界が曖昧になる。


俺の意識は二つの世界を同時に認識し始めた。現実では黒騎士が剣を振り下ろしてくる。だが夢の中では、その騎士は――泣いている子供だった。


「これは……」


夢の中の少年は、魔瘴に囚われて泣いていた。本当は優しい心を持っているのに、穢れに支配されて悪事を働かされている。


「わかった」


俺は夢の中で、少年の周りを掃除し始めた。


モップで魔瘴を払い、雑巾で心の汚れを拭き取り、箒で絶望を掃き出す。すると、少年の姿が輝き始めた。


現実世界では、黒騎士の鎧が光に包まれていた。


「な、何だこれは! 身体が……軽くなる……?」


鎧から魔瘴が剥がれ落ち、中から現れたのは普通の青年騎士だった。彼は呆然と自分の手を見つめ、やがて膝をついた。


「俺は……一体何を……」


「大丈夫。もう魔瘴の支配からは解放されましたよ」


俺は青年に手を差し伸べた。


「これから一緒に、この国を綺麗にしましょう」


青年は俺の手を取り、涙を流しながら頷いた。




それから一週間。


俺は街中を掃除して回った。道路、建物、市場、民家。そして魔瘴に侵された人々。

【夢掃除】の力で、魔瘴を次々と浄化していく。


同時に、【夢料理】で人々に食事を振る舞った。温かいスープ、焼きたてのパン、新鮮な野菜のサラダ。料理を通じて、人々の心が癒やされていく。


街は日に日に明るくなった。


魔瘴が晴れ、太陽の光が本来の輝きを取り戻す。

人々の顔に笑顔が戻り、子供たちが元気に駆け回る。市場には新鮮な食材が並び、街には活気が溢れ始めた。


だが、問題の根源はまだ残っていた。


「凪さん、お願いがあります」


ある日、ミレナが深刻な顔で言った。


「城の奥に、穢れの王がいるんです。魔瘴の大元……あの存在を浄化しない限り、この国は完全には救われません」


「穢れの王……」


「とても危険です。でも、凪さんならきっと……」


俺は頷いた。


「わかりました。行ってきます」


   


城の最深部。


そこには、巨大な玉座があった。そして、その上に座る影。


「よくぞ来た、浄化の使いよ」


影――穢れの王は、低い声で語りかけてきた。


「お前の力、見せてもらったぞ。街を綺麗にし、人々の心を癒やす。素晴らしい力だ」


「なら、どうして魔瘴を広めるんですか?」


「広めている? 違うな」


穢れの王は立ち上がった。


「我は、この世界の絶望が具現化した存在。人々の心の穢れが、我を生み出したのだ。戦争、憎しみ、嫉妬、絶望……それらが積み重なり、魔瘴となった」


「だったら――」


「そう。我を倒しても、人々の心が荒んでいれば、また新たな穢れの王が生まれる。永遠にだ」


絶望的な言葉だった。


だが、俺は笑った。


「なら、簡単じゃないですか」


「何?」


「心の汚れなら、掃除すればいい。夢の中で」


俺は【夢掃除】を最大出力で発動した。


世界が光に包まれる。現実と夢の境界が完全に消え、俺の意識は国全体に広がった。


夢の中で、俺は見た。


人々の心の奥底に溜まった、何百年分もの穢れを。戦争の傷跡、貧困の絶望、病の苦しみ、喪失の悲しみ。それらが積み重なり、この国を覆っていた。


「なら、全部綺麗にします」


俺は夢の中で、国全体を掃除し始めた。


モップで過去の傷を癒やし、雑巾で心の痛みを拭き取り、箒で負の感情を掃き出す。

一人ひとりの心に光が灯り、それが繋がり、やがて国全体を包む大きな光になった。


「馬鹿な……これほどの浄化の力……」


穢れの王の身体が光に溶けていく。


「我が消える……だが、これで良い。我もまた、苦しかったのだ……」


王は最後に微笑んだ。


「ありがとう、掃除の使いよ。お前のおかげで、我もようやく……眠れる……」


光が弾けた。


穢れの王は消え、城全体が輝き始めた。その光は街へ、国へと広がり、アストリア王国全土から魔瘴が消えていった。



「凪さん!」


気がつくと、俺は城の前に立っていた。ミレナが駆け寄ってくる。


「やりましたね! 魔瘴が、完全に消えました!」


見上げると、澄み切った青空が広がっていた。雲一つない、美しい空。


「これで、この国も大丈夫ですね」


「はい! みんな、凪さんに感謝しています!」


だが、その時だった。

空から光が降り注ぎ、ポリス神が現れた。


「よくやったな、佐倉凪!」


「ポリス神……」


「そなたの働き、見事だった! 任務完了だ。さあ、元の世界に戻ろう」


「え……」


俺は思わずミレナを見た。彼女は寂しそうな笑顔を浮かべていた。


「凪さん、元の世界に帰るんですね」


「ミレナさん……」


「大丈夫です。私たちは、もう大丈夫ですから」


彼女は涙を堪えて笑った。


「凪さんのおかげで、この国は救われました。本当に、ありがとうございました」


俺は悩んだ。

元の世界に戻れる。健康な身体で、新しい人生を始められる。それは確かに魅力的だった。


だが――


「ポリス神、お願いがあります」


「なんだ?」


「もう少しだけ、この世界にいさせてください」


「ほう?」


「まだ掃除し足りない場所があるんです。それに、料理もまだまだ振る舞いたい。この国が完全に元気になるまで、俺はここにいたい」


ポリス神は嬉しそうに笑った。


「そうか。では、そなたの望み通りにしよう。ただし、定期的に夢で報告するのだぞ」


「はい、もちろん!」


「凪さん……」


ミレナが驚いた顔で俺を見た。


「まだまだやることがありますからね。この国全体を、ピカピカにするまでは帰れません」


   

それから数ヶ月。


俺はアストリア王国で、掃除と料理の日々を送っている。


朝起きたら、街の掃除。【夢掃除】で道路を磨き、建物を綺麗にし、公園を整備する。

昼は市場で買い物をして、料理の準備。

夜は広場で炊き出し。【夢料理】で温かい食事を振る舞い、人々の笑顔を見る。


そして夜、眠りにつくと、夢の中でポリス神に報告する。

神様は毎回、嬉しそうに俺の話を聞いてくれる。


「今日も良い仕事をしたな、凪よ」


「はい。でも、まだまだです。この国には、まだ綺麗にしたい場所がたくさんあります」


「そうか。では、引き続き頑張ってくれ」


ある日、ミレナが言った。


「凪さん、あなたのおかげで、この国は本当に変わりました」


「そんな、俺は掃除と料理をしているだけですよ」


「いいえ。あなたは、私たちに希望をくれました。綺麗な街、美味しい食事、そして何より――穏やかな日常を」


彼女は微笑んだ。


「これからも、ずっと一緒にいてくれますか?」


「もちろん。この国が世界一綺麗になるまで、俺は掃除を続けますから」


そう答えると、ミレナは嬉しそうに笑った。




今日も俺は、夢の中で掃除をしている。


現実ではアストリア王国の街を綺麗にし、夢の中では神界の神殿を磨く。

料理を作り、人々と笑い、穏やかな日々を過ごす。


社畜だった頃の俺には想像もできなかった生活。


でも、これが俺の天職なのかもしれない。


掃除と料理で世界を救う。地味だけど、最高にカッコいい仕事だと、俺は思っている。


「さて、今日も頑張りますか」


モップを持ち、エプロンを締め直す。


今日もまた、異世界の床をピカピカにして、美味しいメシを作る。


そんな日常が、俺は何よりも好きだった。


~完~

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