第5話 ホバーバイク
ピットではメカニックが忙しくマシンの整備をしていた。アドレア王女が入ると、皆が手を止めて頭を下げる。
「そのままで。ボウランは?」
「女王様。ここでございます」
頭の禿げ上がった中年の男が出てきた。彼がピットであちこちにうるさく指示を出している。このチームの監督のようだ。
「ここの責任者のボウラン監督よ。こちちはシンジ。話しておいたでしょう。前の世界ではレーシングライダーだったのよ。今度のシェラドンレースに出てもらうつもりよ」
「シンジです」
信二はいつものように右手を出した。するとボウラン監督も右手を出して握手した。この世界でも握手は同じようだ。
「ボウランだ。シンジ。君を歓迎する。ところでホバーバイクは乗ったことはあるのかね?」
「ホバーバイクは初めてです。前の世界では車輪のバイクを乗っていましたが・・・」
「わかった。それならまあ大丈夫かもしれない。ホバーバイクのことはメカニックに後から説明させよう。それよりスタッフを紹介しよう。みんな来てくれ!」
するとピットにいたメカニックや助手が集まった。10名ほどいる。
「シンジだ。次のシェラドンレースから乗ってもらう予定だ。みんなよろしく頼む」
ボウラン監督がそう紹介した。
「ブライアンだ。一緒に頑張ろうぜ」
「エスコットだ。よろしく」
信二はスタッフの一人一人と握手した。その最後は初老の男だ。作業服がオイルまみれ。手にもオイルがこびりついている。
「チーフメカニックのモリスだ」
「シンジです。よろしく」
「ここにはこの国で優秀なメカニックをそろえている。何でも聞いてくれたらいい」
「それではマシンのことを教えてくれ。基本的な内部構造についても・・・」
そう聞くとモリスが説明してくれた。
「ホバーバイクはフェールという燃料で走る。これはフェールの木からとれる樹脂を魔力で精製したものだ。それを気化してエンジンに送る。簡単に言うとフェールはエンジン内の気筒に入り、イグニッションで爆発させて魔力のエネルギーを得る。それをミッションを介して調節することで空気を圧縮排出してホバーに使う」
複雑だが前の世界のオートバイに通じるものがある。
「イグニッションを使うのか。じゃあ電気はどう発生させているんだ? ダイナモは?」
「電気? なんだ?それは? フェールを燃やすと魔力が発生する。それがイグニッションを点火させ、メーターを動かしたりライトをつけたりする」
この世界では魔力が電気の代わりをしているようだ。
「さあ、マシンを見せよう。来てくれ」
モリスはピットの奥に信二を連れて行った。そこには1台のホバーバイクが置かれていた。車輪はなく、その場所には空気の吹き出し口がある。ハンドルに燃料タンク、シートにエンジン、マフラー・・・他はオートバイと同じだ。色は青く塗られている。
「これは去年のマシンだ。今年のマシンと基本的には同じだ。これがアクセルにクラッチ、ブレーキ・・・」
モリスは説明してくれた。信二は説明を受けながら、マシンにまたがって操作してみた。
(前世のマシンと操作方法は同じだ。見たところタイヤがない以外、構造は似ている。これならすぐにでもできそうだ)
信二はそう思った。モリスもそう感じたのだろう。
「どうだ? ちょっと走ってみるかね?」
「いいですね。ヘルメットを貸してください。レーシングスーツも」
信二はモリスの誘いに応じてコースに出てみることにした。レーシングスーツに着替え、ヘルメットをかぶる。するとスイッチが入ったように気合が乗ってくる。そしてそのマシンを外に出してエンジンをかけてみた。大きな音がうなり、振動が手に伝わってくる。
(いい音だ。走りたくて体がうずうずしてきたぜ!)
信二はマシンを走らせてピットを出た。アクセルを徐々に開くとスムーズに加速していく。
「少し勝手が違うようだが、感覚は同じだな」
浮上して走っているが、思ったより振動がある。タイヤがないから路面状況は関係ないというわけでもなさそうだ。ホバーが繊細なため路面状況でマシンが揺れたり、滑ったりする。
アクセルをさらに開くとエンジンがうなりをあげて加速する。だが今一つ物足りない。
(パワー不足なのだな)
そしてコーナーに差し掛かる。十分スピードを落とさねばならないが、ブレーキの効きは甘い。体を立てて風圧でスピードを緩めながらリーンインして滑らかに曲がる。
(少しふらふらするな。マシンの安定性がやや悪いのか・・・)
そう思いながら直線ではアクセルを全開にしてみた。
(やはりパワーが足りない。トップスピードになるまで時間がかかりすぎる)
それでもこのマシンでできるだけの走りをしようと信二は工夫してみた。コース上には他のマシンも走っているが、コーナーで簡単に抜いていく。
何周か走った後、ピットに戻った。そこではボウラン監督とモリスが目を輝かせて待っていた。
「おい! 本当に始めて走ったのか?」
「信じられんタイムだ。一体どうやったんだ?」
だが信二はそんなことを喜ぶ気にはならない。
「そこそこ走れるようですが欠点も多い。改良の余地があります」
「本年型は改良されていると思う。次はそれに乗ってもらおう」
そう話していると、コースを走行していたマシンが一台、帰ってきた。信二を正式なライダーとして本年型に乗せようと相談しているのを聞いて、バイクを降りてそばに来た。
「ちょっと待ってよ! エースライダーは私よ!」
そう言いながらヘルメットを取ると、ブロンドの美しい髪が広がった。生意気そうな若い娘だ。ボウラン監督が彼女に言った。
「メアリー。君も見ただろう。あの走りを・・・。このシンジは別の世界でレーシングライダーだったんだ」
「そんなことは関係ない。私の方がずっと上よ!」
メアリーは腕組みをして首を横に振っている。なかなか強気な女のようだ・・・信二はそう思った。
しばらくメアリーと問答をした後、ボウラン監督が信二にメアリーを紹介した。
「シンジ。メアリーだ。去年のうちのエースライダーだった。今年はセカンドライダーを務めてもらう予定だ」
レースには各チーム2台出場する。セカンドライダーも重要だ
「信二です。よろしく」
信二は右手を出した。だがメアリーは握手を拒んでこう言い放った。
「シンジ。私と勝負しなさい! 私が勝ったらここから出て行って!」




