第37話 儀式
信二はホテルの部屋に戻った。そこはしんと静まり返っている。明かりもつけずに信二は投げ出すようにベッドに体を横たえた。
(俺はもうだめだ。それに誰も期待していない。このまま消えていくのか・・・)
自信をなくした信二は大きな喪失感に見舞われていた。頭に浮かぶのは調子のよかった過去のことばかり・・・
(この異政界に来て最初は戸惑ったな。前の世界で夢だった世界MotoGPの制覇もできずに・・・。だがシェラドンレースで総合1位という目標が見つかった。俺ならできると思っていた。あの頃は怖いもの知らずでよかった。だが・・・)
信二は嘆息した。
(今の俺はどうだ。勝つことができないばかりか、大事な仲間まで失った。もう以前のような調子を取り戻すこともできない。完全な負け犬だ)
今の信二には誰の慰めも届かない。一人で深いところに落ちていた。
しばらくして「トントントン」とドアをノックする音が聞こえた。
(誰か来たんだろうが、煩わしいだけだ・・・)
信二は無視した。だがノックの音は続く。あきらめて帰ろうとしない。
「俺のことは放っておいてくれ!」
信二は大声を上げた。すると鍵をかけていなかったドアが開いて人が入ってきた。
「シンジ」
それはアドレア女王だった。うす暗い部屋の中に立っている。今日は侍女のサキは連れていない。一人で忍んできたようだった。
「俺に用か?」
「ええ。明日は必ず勝ってもらおうと思って・・・」
「それなら他を当たってくれ。俺はもうだめなんだ!」
信二はアドレア女王に背を向けた。
「すっかり自信を失ったようですね。あれほど自信満々だったのに」
「そうだ。今の俺は負け犬だ。もうマシンを速く走らすことができない。だめなんだ!」
信二は吐き捨てるように言った。
「わかりました。でもあきらめる前にあなたには癒しの治療を受けて欲しいのです」
「治療? 心療内科か? そんなもんで俺は元に戻らないぜ」
「そうではありません。儀式をするだけです」
「儀式?」
信二はベッドから身を起こしてアドレア女王の方に顔を向けた。
「そうです。儀式です。我が王家には秘術があります」
「まさか・・・そんなものがあるのか?」
「はい。あなたは信じないかもしれませんが、我が一族には人を癒すことができます。それを受ければ心の傷はふさがり、元のシンジに戻れるでしょう」
アドレア王女は真剣な顔をしてそう言い切った。信二は怪しげな話だと思った。だがこの世界は前の世界とは違う。何か神秘的な心の治療があるかもしれない・・・信二は少し興味を持った。
「本当なのか?」
「本当です。あなたにこの儀式を受けて欲しいのです」
「わかった。その儀式を受けよう」
信二はそう答えた。彼は自暴自棄になっていたが、心の中ではこの状況から抜け出すために藁にもすがりたかったのだ。たとえこの儀式が役に立たないとしても・・・。
「では始めますね。シンジの服を脱がせます」
「いや、それは・・・」
「いいえ。もう儀式は始まっています。シンジはそのままで」
アドレア女王はベッドに座り、優しくシンジのシャツに手をかける。ボタンを外して脱がして上半身を裸にして、次はズボンに・・・。信二はおとなしくしていた。やがてパンツに手がかかった。アドレア女王はそれも躊躇なく脱がしていく。信二はベッドの上で裸にされてしまった。
「一体、何をするつもりだ?」
「いいから黙って。儀式の途中です」
アドレア女王は立ち上がった。そして自らの衣類を脱ぎ捨てた。うす暗い部屋に白い裸身が浮き上がる。
「美しい・・・」
それ以外の言葉はなかった。そしてそのなまめかしい姿に信二の下がうずいていた。
「準備ができたようですね」
アドレア女王はそのままベッドに体を横たえた。そして信二の耳元でささやいた。
「ここからが大事です。さあ、私の上に乗って」
信二はアドレア女王の体にかぶさった。
「さあ、来るのです。私の中に」
信二は言われがままに突いてみた。すると、
「ううっ!」
アドレア女王は痛みに顔をゆがめた。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。このまま儀式を続けるのです。何度も何度も・・・」
アドレア女王にそう言われて信二は突き続けた。それは不思議な感覚だった。心の中にたまった鬱積が消えていくようだった。信二は我を忘れて没頭していた。アドレア女王は微笑みながら優しくシンジの背中や頭をなでていた。
やがて儀式は終わった。信二はアドレア女王から離れて仰向けになった。
「どうでしたか? この儀式は」
「素晴らしかった。まるで世界が変わったように見える」
「それはよかった。でもこれは王家に伝わる秘術です。誰にも話してはなりません。いいですね」
「ああ。わかった」
信二はそこで深い眠りに落ちた。
朝になり信二は目覚めた。ベッドにはアドレア女王の姿はない。あのことがまるで夢だったようにも思える。
ベッドから起き上がってカーテンを開けた。窓から朝日が差し込んでくる。信二は伸びをして体に光を浴びた。心はすっきりしていてあの頃のようにさわやかだ。気力と自信が体中にみなぎっている。
「ありがとう。女王様。俺は完全に抜け出せた。これで戦える!」
信二は拳をぐっと握りしめた。体を張って儀式を行ってくれた女王様のためにもがんばらねばならない・・・彼は必勝を期して今日のレースに臨もうとしていた。




