第36話 空虚
ランスGPが終わり、あとは最終戦のボンドGPを残すのみとなった。総合1位争いは混とんとしていた。ランスGPの結果を受けて総ポイントはこうなった。
総合ポイント
1位 マイケル(ボンド国) 51点
2位 信二(マービー国) 48点
3位 ショウ(ヤマン国) 47点
3位 ロッドマン(スーツカ国) 47点
総合1位は上位4人に絞られた。最終戦の結果で誰にも可能性がある。信二の場合でいえば、総合1位を取るには少なくとも他の3人より先着する必要があり、マイケルに4点以上の差をつけなければならない。
◇
信二たちマービー国のチームはボンド国に入った。そこは大国であり、街は多くの人たちでにぎわっていた。レースまで日があり、メカニックやスタッフは街に繰り出していたが、信二はそんな気分になれなかった。
(俺のために頑張ったメアリーのためにもボンドGPに勝って総合1位を取ってみせる)
信二はそう心に決めたはずだった。だが体は鉛のように重かった。やはりメアリーの死を引きずっているのだ。練習にも身が入らず、うつろな気持ちで日々を過ごしていた。
公式練習が始まった。ボンド国は自国開催のGPを必ず勝って総合1位を取ろうと躍起になっていた。6気筒エンジンのマシンをさらに改良してこのコースにマッチさせた。それにセッティングも完ぺきにしてきている。それに乗るマイケルも好調そうだ。次々にラップタイムを更新している。
ヤマン国のマシンも好調だ。直線の疾風のようなスピードをさらに速くしている。信二が後ろについてスリップストリームに入っても置いて行かれそうだ。それに加速も向上してコーナーでもボンド国のマシンと遜色ないほどになっている。しかもライダーはショウだ。前回のランスGPでは雨の中を神がかりのようなライディングを見せた。下馬評でもマイケルより評価が高い。
それにスーツカ国だ。スーツカ国も最終戦に合わせてマシンをパワーアップしてきた。今までと違って甲高い音がする。高回転エンジンにして勝負をかけようとしていた。それに乗るロッドマンは堅実な走りを見せる。だがこのGPに勝てば総合1位に輝く可能性がある。だから最後は無理をして飛ばしてくるかもしれない。
信二も練習走行をする。だが気が入っていないのか、タイムは平凡なままだ。いくら走っても縮まる様子はない。ボウラン監督はあきらめて信二をピットに戻させた。
「どうしたんだ? シンジ。おまえらしくない」
そう声をかけたが、信二は何も言わずに奥に引っ込んでいった。ボウラン監督は信二の苦悩している顔を見てそれ以上、何も言えなかった。仕方がないのでメカニックのブライアンとエスコットに言った。
「シンジはかなり精神的に参っている。シンジに気晴らしをさせろと言っただろう」
「それが誘っても来ないのですよ」
「ええ、いつもなら美人がいるといえばついてくるのに・・・。シンジは変ですよ」
2人からはそんな言葉が返ってくる。ピットでも信二はただぼんやりしている。セカンドライダーのライアンにアドバイスもしなければ、他のチームの走りも見ようとしない。ただ空を眺めてため息をついている。
「これは重症だ」
ボウラン監督は頭を抱えた。
いよいよ予選が始まった。少しでもいいスタートポジションを取るため、ライダーたちは飛ばしていく。マイケルとショウ、そしてロッドマンは競うようにいいタイムを出している。他のチームよりかなり抜きんでている。この3者のポールポジション争いになった。
それに比べて信二は相変わらずだった。公式練習のときと同じく、調子が上がらない。全体では10位前後をうろうろしている。
「こりゃ、だめだ・・・」
ピットのボウラン監督は渋い顔をしてタイムを見ていた。すると背後から声がかけられた。
「どうですか? シンジは?」
「どうもこうもない! 最悪だ! これでは勝てるわけはない!」
ボウラン監督はスタッフの誰かに話しかけられたと思ってそんな言い方をした。だが振り返って見ると、それはアドレア女王だった。
「こ、これは失礼しました。女王様とは知らずに・・・」
ボウラン監督はあわてて頭を下げた。
「いえ、いいのです。シンジの調子はそんなに悪いのですか?」
「はい。前のGPでセカンドライダーが転倒して亡くなり、責任を感じているのだと思います」
「それは気持ちの問題ですか?」
「多分、そうだと・・・。でも気晴らしにも乗ってこないのです。自分一人で背負い込んでしまっているようなのです」
「そうですか・・・」
アドレア女王はじっと信二の走りを眺めていた。そしてそのまま帰って行った。
予選の結果が出た。ポールポジションはショウだ。2番目はマイケル。3番目はロッドマンだった。信二は結局、11位だった。だがセカンドライダーのライアンが奮起して6位に入った。
国ごとのポイントでは2人のうちの良い方のポイントがカウントされる。総合1位でなくても国別のポイントで上位にいれば、国際社会での発言権はまだ担保される。
「ここはライアンにがんばってもらうしかない。彼がもしライバルチームの3人より先着できれば、国別のポイントで3位以内に入れるかもしれない」
ボウラン監督はそれに賭けようと思っていた。もはや信二には期待できない・・・そう見切りをつけていた。




