第34話 雨中の悲劇
いよいよランスGPの本選が始まる。今日も空は晴れたままだ。それぞれが位置についてスタートを待つ。
「3,2,1、スタート!」
シグナルが変わり、各マシンが轟音を響かせてスタートした。先頭はマイケル。その後にショウ、ロッドマンが続く。その後が信二だ。差はあまりないが、マシンのパワーの差からいって引き離される可能性がある。信二はコーナーを深くリーンインして回り、少しでもタイムを稼ごうとした。
2周目、3周目・・・順位は変わらない。だが少しずつ前の3人に少しずつ引き離されているのに信二は気づいた。
(まずいな・・・。まだ全力で走るには早い・・・)
エンジンをぶん回してハングオンスタイルでコーナーを攻めればいくらかは追いつくかもしれない。だがそんなことをすれば後半が持たない。
(ここは我慢か・・・おやっ? 後ろからは誰も来ていない・・・)
信二はそこで後ろから追ってくるはずのイザベルの姿がないことに気付いた。今GPのイザベルの調子なら自分についてきているはずと信二は思っていた。
(何かのアクシデントか、マシントラブルなのか・・・)
とにかく後ろから誰も追って来ないのはありがたい。前のみを見て走るだけでいい・・・信二はこれ以上引き離されないようにエンジンの回転を上げていった。
レースは4周目に入った。信二は前の3人を追いかけていた。ピットサインではかなり遅れていることを知った。
(少し早いがここで巻き返さないと3人には追い付けない!)
信二は決めた。マシンが最後までもつかどうかわからないが、ここで4位なら総合1位は難しくなる。信二は勝負をかけようとした。
その時だった。上空で「ピカッ」と光り、少し時間をおいて「ドーン」と大きな音が響き渡った。信二が空を見ると黒い雲が広がってきている。
(嘘だろう! 雨が降るのか!)
予想もしていなかった。今日の空の様子だったら晴れのままだと思っていたのだ。確かにこの地の天気は変わりやすいと聞いていたが・・・。
何度も雷が鳴り、そして間もなく「ザーッ」と雨が降り出した。まるでバケツをひっくり返したような強さだ。路面がぬれてグリップが極端に悪くなる。そうなるとマシンのスピードも落ちて、曲がる時のコントロールが難しくなる。だがそんな中でも走らねばならない。レースに勝つために・・・
信二は大雨の中でなんとかマシンをコントロールしていた。コーナーではかなり滑りやすくなっているから無理な姿勢は取れない。だが公式予選の最中に思いがけず、雨の中をノーマルホバーで練習したから他のライダーより早く走れるはずだ・・・信二はそう思っていた。そしてこの激しい雨が自分に味方してくれるように祈った。だが・・・
信二の横をすっと抜いていくマシンがあった。それはイザベルだ。信二は彼女のマシンを見てうなった。
(そうだったのか! やられた!)
イザベルは最初からレインホバーを履いていたのだ。路面が乾いているうちは確かに遅い。だが雨の時はレインホバーが大きな力を発揮する。濡れた路面でもしっかりグリップするからタイムがそれほど落ちないのだ。
(ランス国陣営はこの天気の急変を読んでいた。だからマシンにレインホバーを履かせたのか・・・)
信二は唇をかんだ。だからと言って今さらピットインしてレインホバーに替えられない。そんなことをすれば時間がかかってレースが終わってしまう。
(ホバーの選択がこのレースのカギになっているとは・・・)
だが信二は走らねばならない。イザベルは別としてもショウたち3人はノーマルのホバーのはずだ。まだ逆転のチャンスがある。
やがて6周目に入った。依然として雨は激しい。信二は前方に一台のマシンを見た。それはロッドマンだった。豪雨の中、無理をせずにスピードを緩めているのだろう。彼らしい堅実なやり方だ。信二が後ろについてもブロックする様子もない。
(もらった!)
信二はロッドマンをコーナーで簡単に抜いて行った。激しく路上の水を吹き飛ばして、一瞬、マシンが滑りそうになったが何とか立て直す。この状態では少しでも無理な動きをすれば危ない。
(あとはマイケルとショウ・・・)
7周目に入る頃には前方にマシンの姿を見た。かなりの水しぶきを上げている。
(ただ走っているんじゃない。バトルしている)
近づいて行くと、周回遅れになったメアリーがマイケルとショウをブロックしていた。この雨の中を右や左に急激に動かしている。
(無茶だ! 路面が滑りやすいのにあの2人をブロックするなんて!)
メアリーは執拗に2人をブロックしていた。マシンが滑りながらも・・・。このままではメアリーは転倒してしまう・・・信二にはそう見えた。
「やめるんだ! メアリー! やめるんだ!」
信二は叫ぶが、その声がメアリーに届くはずはない。彼女はブロックし続けていた。やがて恐れていたことが起こった。
コーナーをインから抜こうとしたマイケルをメアリーはマシンを寄せてブロックした。だがその外側からショウが抜こうとしていた。メアリーはあわててハンドルを操作する。するとその動きにホバーがついていけなかった。雨水が流れている路面でグリップを失い、メアリーのマシンは転倒してコースを滑っていった。
「メアリー!」
信二は大声を上げた。




