第26話 夜這い
ボディーガードは信二を見て肩を怒らせてそばに来た。
「奥様に近づくなと言っただろう」
「さあ、聞く必要はないな」
「こいつ!」
ボディーガードがつかみかかってきた。屈強そうだが動きが鈍い。信二は幼い頃から合気道を習っていたからこんな相手は簡単だ。伸ばしてきた腕を取ると捻って転がす。そしてもう一人は投げ飛ばす。
2人のボディーガードは信じられないという顔をしていた。
(この異世界ではこんな技はないだろう)
信二は不敵な笑みを浮かべて2人を見下ろしていた。するとナターシャが部屋のドアを開けて顔を見せた。廊下で大きな物音がしたから出てきたようだ。信二がそこにいるのを驚いている。
「シンジ!」
「ナターシャ! また会いに来た!」
「うれしい!」
ナターシャは信二に抱きついてきた。
「奥様! いけません!」
立ち上がったボディーガードが2人を引き離そうとした。だがナターシャは凛とした声で言った。
「やめなさい! ここから出て行くのです!」
「ですが・・・」
「そうしないと夫に言いつけます。もし夫が今までのことを知ったら2人とも死刑になるでしょうね。職務怠慢で。でも黙っておいてあげます。死刑になりたくなければ立ち去りなさい!」
その激しい口調にボディーガードはすごすごと退散していった。見て見ぬふりをしてくれるようだ。
「すごいな!」
「私、強くなったのよ。あなたのおかげで・・・」
ナターシャは信二の首に腕を回した。
「さあ、邪魔する者は誰もいないわ。無茶苦茶にして!」
「わかった!」
信二はナターシャとともに部屋に入ってベッドに押し倒した。それから一晩中、2人は快楽をむさぼった。
やがて朝になった。信二はベッドから起き出してカーテンを開ける。まぶしいばかりの朝日が差し込んできた。
「シンジ」
ナターシャも目を覚ましたようだ。
「おはよう!」
「おはよう! 清々しく感じるわ。まるで憑き物が落ちたかのよう・・・」
ナターシャは昨夜、すべてを忘れて信二にのめり込んだ。ほんの短い時間だが夫や煩わしいことから解放されたのだ。だが・・・彼女はやらねばならないことはある。
「信二。私は2日後には帰国する。ルーロGPがあるからホスト国として招待国の皆様を迎えねばならないの」
「そうか・・・じゃあ、お別れだな」
信二はわざと冷たく言った。驚いたナターシャは身を起こした。
「どうして! また向こうで会えるじゃないの!」
「それがビザが下りていない。ルーロ共和国に入れないんだ。だからもう君には会えない」
するとナターシャはベッドから出て来て信二の抱きついた。
「大丈夫。私が何とかする。必ずビザが下りるようにする!」
「本当に?」
「本当よ! だからそんなことは言わないで。きっと向こうでも会える。だから安心して」
ナターシャは信二の目を見つけて言った。
「ありがとう」
「いいの。それより・・私、またシンジが欲しくなった・・・」
ナターシャは信二をベッドの引っ張っていった。そこでもう1戦行うことになった・・・。
信二はホバーバイクでしばらく辺りを疾走してから宿舎のホテルに戻った。少しでも女のにおいを落とそうと・・・。そうしないとブライアンに冷やかされるからだ。
ホテルに戻るとボウラン監督が飛んできた。
「シンジ! なんとビザが下りたんだ!」
「それはよかったですね」
「君が何かしたのか? 時間をくれとかいっていたから」
「いいえ。でもそんな気がしたんです」
信二は本当のことを言わなかった。そんなことを知ったらボウラン監督が目を回しそうだったので・・・。
とにかくこれでチームはルーロ共和国に移動できることになった。
(ルーロGPでは暴れてやる!)
ライバルのボンド国のマイケルやヤマン国のショウは参加できないだろう。卑怯ではあるがルーロGPでポイントを稼いで何とかマイケルとの差を縮める、いやできれば逆転したい・・・信二は狙っていた。
だがその前に信二はまたビューレホテルに出向かねばならない。ナターシャが帰国するまで夜の相手をしなければならない。ベッドの中で約束した通りに・・・。
◇
ルーロ共和国ではチームに案内人というルーロ側の監視人がつく。ここは独裁国家だから何が起こってもおかしくない。ボウラン監督をはじめスタッフは緊張していた。
もちろん信二もそうだ。妻を寝取ったことが知られたら無事にここから出られないだろう。いや、死刑は間違いない。だがそれでルーロGPに参加することができたのだ。ここは開き直るしかない。
幸い、ナターシャからの連絡はない。歓迎レセプションパーティーにも参加したが、彼女はVIP席にいて各国の首脳やレース関係者から夫のブランジ議長とともにあいさつを受けるだけだった。もちろん信二たちマービー国のチームもあいさつに行ったが、彼女は言葉も掛けようとしない。いや、信二と目を合わそうともしなかった。
(本国では人目を気にしているということか・・・)
だがそれで信二はレースに専念できる。
ルーロGPのコースは山を切り開いた場所にあり、アップダウンが激しい。そのためマシンのパワーが勝負のカギとなる。ボンド国やヤマン国が出て来ないから、実質、スーツカ国のロッドマンの一騎討ちだろうと信二は踏んでいた。だがそれが間違いだと気づいたのは予選の時だった。
公式練習では信二はまずまずのタイムを出していた。ロッドマンも似たようなものだ。2人のうちのどちらかがポールポジションを取ると思っていたのだ。それが・・・。
「まさか!」
信二はラップタイムを見て思わず声をもらした。




