第23話 ブロック
信二は寝室を出るとその辺のいくつかのドアを開けてみた。すると書斎のような小部屋にアドレア女王がいた。彼女は信二を見ても動揺もせず、優しく微笑みかけた。
「どうでしたか? 楽しめましたか?」
「どうもこうもない。俺をだまして!」
「だます?」
「ああ、一夜の相手をしてくれるというからシェラドンレースに出たんだ。だがその相手はサキだったんだな。今日でよくわかった!」
そう言われてもアドレア女王は顔色一つ変えない。
「そうですよ。サキがお相手をしました。サキは私の代理です。私を抱いていることと同じです」
「そんな詭弁に騙されないぞ! そんなことならレースに出ない!」
信二ははっきりそう言った。それを聞いてアドレア女王は笑った。
「ふふふ。あなたにそんなことができますか? レースに夢中に取り組んでいるじゃないの。女性を口説く以上に・・・」
そう言われればそうだ・・・信二は今さらこのレースを降りることができないと痛感した。総合1位を取ることがすでに彼の目標になっていたからだ。
「確かに女王様の言うとおりだ。このレースをやめることはしない。最後まで戦う。だが・・・あまりにもサキがかわいそうじゃないか? 女王様の代わりだといっても、見ず知らずの男に初めてを捧げて。それからもう一回。サキにすまないと思わないのか?」
少し腹が立つ信二はアドレア女王に何か文句を言わなければ気が済まなかった。それに対しても彼女は平然としていた。
「そうですか? ではサキ。あなたはどうだった? 遠慮なく言ってみなさい」
気が付くと服を着たサキが後ろにいた。
「女王様。私は・・・シンジでよかった。彼が望むならこれからでも何回でも・・・」
頬を赤らめて恥ずかしそうにそう言う。そうなると信二は何も言えなくなる。
「さあ、これでいいでしょう。信二もリフレッシュしたでしょう。明日は期待しているわ」
アドレア女王はまた微笑んだ。
(たいしたタマだ。もっともこうでなくては一国の女王は務まらないのかな・・・)
信二はそう思いながら自室に引きあげて行った。
◇
いよいよシーナGPの本選が始まる。それぞれがグリッドに着いた。後ろからのシーナ勢の視線がやけに感じる。セカンドライダーのメアリーはかなり後ろにいる。今回は援護は期待できない。
「3,2,1、スタート!」
シグナルが変わり、各マシンがエンジンの轟音を響かせてスタートしていく。信二はうまくスタートしたはずだったが、前にいるショウとロッドマンにブロックされて前に出られない。そしてその間に後ろのシーナ勢にも抜かれた。信二は6位に落ちた。
(まずいな! 早くシーナのカルロスとバーバラを抜かなければ・・・。マイケルたちが先に行ってしまう!)
信二はコーナーで追い抜こうとした。だが2人ががっちりブロックしてくる。1人ならなんとかかわせるが、2人となると難しい。コーナーで1人を追い抜いてももう1人にブロックされ。抜いた相手にまた抜き返される。しかも直線はどっこいどっこいのスピードだ。そこで抜くこともできない。
2周、3周、4周と過ぎていくがその状況は変わらない。信二は罠に落ちたことを痛感した。
(シーナ勢はこのまま4位と5位に入り、ポイントを稼ぐつもりだ。そのために俺をブロックする特訓でもしていたのだろう)
信二はそう思わざるを得ない。ピットサインを見るとマイケルが先頭、ショウが2位、ロッドマンが3位だ。すでに信二よりかなり先に行っている。周回遅れになったメアリーが援護しようと必死に抑え込もうとした。だが次々に抜かれて行った。しかも無理をした彼女は転倒してリタイヤする羽目になった。
転倒してコースアウトしたメアリーのバイクは走っている信二からも見えた。
(大丈夫なのか? メアリーは?)
だがメアリーは何とか立ち上がっていた。その姿を信二は見てほっとした。だがレースはすでに6周目に入っている。
(このままではあの3人には追い付けない)
気ばかりが焦る。こんな時はミスをしがちだ・・・信二は何とか冷静を保とうとしていた。だがシーナの2人のブロックが破綻する様子はない。しっかり信二の頭を抑え続けている。やがて7周めに入った。先頭集団の差からいってここからの逆転は難しい。
(せめて4位には入らなければ・・・だがこのままでは無理だ。それならいっそのこと・・・)
信二は賭けに出た。
マービー国のピットでは大騒ぎになっていた。信二がシーナ勢に頭を押さえられているのはわかっていたが、彼がずるずる後退し始めたのだ。その後ろに7位のランス国のイザベルが迫っている。
「おい! シンジはどうなっている! マシントラブルか?」
ボウラン監督がメカニックに怒鳴った。メアリーがリタイヤしているのに信二までが・・・。
「エンジン音やマシンの様子からは異変はないようですが・・・」
チーフエンジニアのモリスが首をひねっていた。信二のタイムが落ちてきている理由がわからないのだ。
「このままではイザベルにも抜かれる。そうなったらポイントは0だ。ボンドのマイケルが調子いいから、総合1位は遠のいてしまう・・・」
ボウラン監督は拳で机を叩いて悔しがっていた。
一方、スタンドのVIP席から観戦するアドレア王女は表情を変えずに信二のマシンを見つめていた。
「今日はシンジの調子が悪いようですね」
サキがそう言うがアドレア女王は首を横に振った。
「そうでもないようです。優勝はできませんが。前にいるシーナの方たちを抜こうとしているようです」
彼女は確信に満ちた口調でそう言った。




