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第18話 パパ

 いよいよリモールGPが始まる。それに先立ち、コースを使っての公式練習が行われた。このコースは前回のスーツカGPのコースとは違ってカーブの多いテクニカルなコースだ。ここなら信二の改良されたマシンで勝負ができる。

 前回、好成績を上げたスーツカ国のロッドマンとヤマン国のショウは相変わらず調子がいい。速いラップタイムを叩き出していく。この2人が今のところ、優勝の最有力候補だ。


 地元リモール国のウッドリアが観客から大きな声援を受けていた。このリモール国は小国だ。開発費用も少ないし、メカニックの数も多くはない。そのマシンは昔ながらの単気筒だ。だが侮ることができない。単気筒ゆえ軽量で機構が簡単なため故障が少ない。それにマシンを小柄なウッドリアに完全に合わせてあるから空気抵抗が少なくてスピードに乗る。また老練な彼のテクニックと相まって、いいタイムを出していた。


 信二も改良されたマシンで走ってみた。なかなかの手ごたえを感じた。前のマシンと比べてパワーが上がっているわけではない。だが耐久性はアップしているからレース途中でエンジンがおかしくなることはもうないだろう。だから本選では最初から思いっきり飛ばせるだろう。


 今回不思議なことがあった。ボンド国が現れないのだ。いつもなら公式練習の前から現地に入っているのだが・・・。

 信二はあるうわさを聞いていた。ボンド国が新しいエンジンとマシンの開発に成功したと・・・。それでリモール国入りが遅れているかもしれないのだ。


(まさかこんな期間に新しいエンジンやマシンを開発できるはずはない)


 信二はそのうわさをあまり信じていなかった。



 その夜、全チームを集めてのパーティーがホテルで行われた。リモール国の国主、アレキサンドラ三世や各国の首脳も列席する。ただしマービー国のアドレア王女は姿を見せなかった。


(今回も来ないのか・・・)


 信二はため息をついた。今回は改良されたマシンでいいところを見せられると思ったが・・・。仕方がないので出場するライダーたちにあいさつする。まずはショウだ。


「今度はお手柔らかに頼むよ」


 信二が出した右手をショウはがっちり握手する。


「それはこっちのセリフだ。でもまた戦えてうれしい」

「お互いにがんばろう」


 ショウはハグまでしてくれる。信二を絶対的なライバルと認めているのだ。それに対してロッドマンは冷ややかだ。握手をしても笑うことはない。彼の中でもう戦いが始まっているのかもしれない。

 地元のウッドリアもいた。彼は温厚な紳士だ。誰に対しても優しく微笑んで応対している。信二は話しかけてみた。


「マービー国の信二です」

「おお、シンジか。君の走りを見たが素晴らしかった。また戦えることができてうれしい」

「僕の方こそ光栄です」


 信二はそう答えて握手した。40を過ぎても現役のレーシングライダーだ。頭が下がる思いがする。


 そんな風に時間をつぶしていると、ふと若い女性から声をかけられた。


「シンジさんですね。お会いできてうれしいです」


 どこかのチームの関係者かもしれない。栗色の長い髪に栗色の瞳、20歳(はたち)くらいだが大人の女性の美しさであふれている。


「僕もです。あなたに会うためにここに来ました」

「まあ、お上手」


 その女性はニコリと笑った。それも魅力的だった。


「ぜひお名前をお聞かせください」

「ニコールよ」

「いい名前ですね。ニコールさん。もしよかったら静かなところでお話ししませんか?」

「ええ」


 こうなったら信二のペースだ。会場を出て屋上のバーに行く。照明を少し落としているので、窓からきらめく星がきれいに見える。


「レーシングライダーって大変でしょ?」

「ああ。でも勝ったときは爽快な気分だな」

「でも簡単には勝てないでしょ。どうやって・・・」


 ニコールはレースの話を聞きたがった。信二はいいところばかりでなく、苦労していることも詳しく話した。彼女はそれを熱心に聞いていた・・・。


 やがて夜が更けてきた。ニコールの目が潤んできている。信二は早速、口説きモードに入った。


「今日は星がきれいだ。でも君の前ではかすんでいる」

「まあ、そんなこと言っていろんな女性を口説いているのね」


 ニコールはお見通しのようだ。だが信二は続ける。


「でも今は君しか見えない」


 信二はニコールをじっと見つめた。そしてそっと手を握る。ニコールは引き込まれるかのように信二の瞳を見つめ返していた・・・。


 その夜はあらかじめとっておいたホテルの部屋で2人で過ごした。久しぶりの快感に信二は酔いしれた。もちろんニコールも・・・。2人はお互いに求めあって抱き合い続けた。


 コトが終わり、しばらくしてニコールがベッドから出た。


「私、帰らないと・・・」

「朝まで一緒にいよう」


 信二はそう誘うが、ニコールは首を横に振った。


「父が心配するから・・・」

「じゃあ、そこまで送ろう」


 ニコールはどこかのスポンサーの令嬢なのかもしれない。また大騒ぎになる前に・・・信二はそう思ってニコールとともに部屋を出た。廊下に人もいるのにニコールは大胆にも腕を組んでくる。


「また会ってくれる?」

「もちろんさ。僕は君にメロメロだ」


 信二は心にも思っていないことを話しながら一緒に歩いた。すると廊下の奥から一人の男が慌てたように駆け寄ってきた。それはウッドリアだった。彼を見てニコールはあわてていた。


「パパ!」

「パパだって!」


 信二も驚いた。ニコールはウッドリアの娘だったのだ。ウッドリアは信二をにらみながら問い詰めた。そこにはあの紳士らしい温和さはない。


「何をしたんだ! 娘に!」


 すると信二が答える前にニコールが声を上げた。


「パパには関係ないでしょう! シンジと私は愛し合っていたのよ!」


 その言葉にウッドリアは一瞬、ふらっとした。ショックで急にめまいを覚えたようだ。


「こんな奴と・・・。許さん!」

「何を言っているの。確かにシンジは女たらしだわ。パパと同じように」


 それを言われてウッドリアは少しひるんだ。そのことに負い目があるようだ。ニコールは言葉をつづけた。


「でもレースのことには真剣。まじめに取り組んでいるのよ。シンジは素敵な人よ!」


 これではらちが明かないと、ウッドリアは信二に食ってかかった。


「おまえ! よくも娘をたぶらかして・・・。 娘を返せ! 返すんだ!」


 ウッドリアは信二の襟元をつかんだ。その横では


「パパ! やめて! やめて!」


 とニコールが騒いでいる。完全な修羅場だ。気がつくと、周囲には野次馬が集まってきている。


(何とか切り抜けないと・・・)


 信二はそう思うがいい考えは浮かんでこない。このままウッドリアにボコボコに殴られるのか・・・そんな覚悟をしていた。だがしばらくして連絡を受けたレース関係者が現れた。彼らはすぐにウッドリアを止めて、信二から引き離してくれた。


「シンジ! 絶対許さんぞ! 娘を取り返してやる!」


 ウッドリアはそう叫んでいた。ニコールはそんな父にはっきり言った。


「パパなんか大嫌いよ! 私のやることにいつも反対ばかりして・・・」


 信二は「ふうっ」と息を吐きながら、関係者に連れて行かれるウッドリアを見送っていた。


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