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第17話 マシンの改良

 信二はそそくさと帰ろうとするアイリーンの前に立ちふさがった。


「ちょっと待てよ! 実際に乗る俺の意見を聞いたらどうだ!」

「そんなことを聞かなくてもデータに出ています」

「それなら俺が乗る必要がないじゃないか! 俺はデータには出ないマシンの感覚を伝えたいんだ!」

「それは主観的なものです」

「なぜそう言える? 俺はマシンに乗って命を懸けて走っているんだ! 真剣に向き合っているんだ! あんたがどれほど偉いかは知らないが現場の意見を聞いたらどうだ? シェラドンレースにこの国の運命がかかっているんだろう! あんたに俺たち現場の気持ちがわかるのか!」


 信二は思わず大声を上げてしまった。マシンの改良が進まず、イライラしていたのかもしれない。そう言われたアイリーンはキッと信二をにらむと、何も言わずに工場の方に帰って行った。メカニックたちもざわざわしながらその場から引き上げて行った。


(やっちまったか・・・。チーム内でごたごたするのはよくないのはわかっていたが・・・)


 信二は少し後悔した。これでギスギスして余計にマシンの改良は進まないだろう。信二は嘆息して一人で宿舎に戻った。

 するとそこにボウラン監督が訪ねてきた。マシンのことが気になって急に来たらしいのだ。


「どうだ? 改良は?」

「ダメです。進んでいません。それにあのアイリーンという開発主任が俺の意見を聞こうとしません」

「アイリーンか・・・」


 ボウラン監督はため息をついた。


「彼女にマシンの改良ができるのですか?」

「ああ、彼女は優秀だ。ずっとマシンの開発に携わってきた。誰よりも熱心に・・・」

「それがどうして?」


 信二にはそう見えなかったのだ。ボウラン監督は話し出した。


「彼女のお兄さんはレーシングライダーだった。その頃、我が国はマシンの改良を主にライダーの意見に従っていた。今のようなデータを取る技術はなかったからだ。彼女のお兄さんの意見は的確だった。それでマシンは速くなった。レースでも好成績を出した。しかし・・・」


 ボウラン監督が表情を曇らせた。


「ライダーの意見を取り入れたマシンは危険なものだった。一瞬だけパワーを増幅できる装置、フェール過給機を取り付けた。最後の追い込みに使おうとしたんだ。だがレース中、それを使ったらエンジンが爆発して彼女のお兄さんは亡くなった。そのことで彼女は責任を大いに感じていたようだ。それからはデータを基にしてライダーの安全を第一としてマシンを作るようになった。ライダーの意見を全く無視して・・・」


 ボウラン監督の話で信二は彼女の一面がわかったような気がした。


「そんなことがあったんですね。だからアイリーンは僕に意見を聞こうとしなかった」

「二度とあんな悲劇は見たくないのだろう」


 そう聞くと信二は立ち上がった。


「ちょっと行ってきます!」

「どこに?」

「工場ですよ」


 信二は部屋を出て工場に向かった。アイリーンに謝罪するために・・・。



 工場ではほのかに明かりがついていた。中に入ると白衣姿のアイリーンがマシンに向かい合っている。彼女は一人で必死に改良を続けていたのだ。


「アイリーンさん」


 信二は後ろからそっと声をかけた。アイリーンは振り返った。


「まだ何か文句があるの?」

「いや、そうじゃない。謝りに来たんだ。言い過ぎた」

「それならいいの」


 アイリーンはまたマシンの方を向いた。


「ボウラン監督から聞いた。君のお兄さんのことを・・・」

「そう、聞いたの・・・」

「あんなことがあったとは知らなかった。すまなかった」

「もういいのよ。私が悪いんだから・・・。兄の意見を考えもせずにも取り入れてしまって・・・だからあんなことになった。私のせいで・・・」

「だから君は一人でなんとかしようとしているんだな。だが君が悪いんじゃない。君は必要以上にそれを負い目に感じてるんだ!」


 それを聞いてアイリーンは立ち上がって信二をにらんだ。


「そうじゃない! 私がいけなかったんだわ! もう繰り返したくないのよ!」


 いつもの冷静さはない。兄のことを思い出して感情的になっているのだ。


「あまり自分を責めてはいけない。君のお兄さんだってそう思っているはずだ」

「あんたに何がわかるっていうのよ!」


アイリーンはそのまま走っていった。信二は心配になって彼女の後を追いかけた。


 工場の隅にメカニックたちの休憩部屋として利用される部屋がある。アイリーンは乱暴にドアを開けてそこに入った。この時間では他に誰もいない。彼女はすぐに奥の戸棚を開けた。そこには瓶に入った酒が並んでいた。仕事終わりにメカニックたちが引っかけるためのものだ。彼女はその1本を取ってふたを開けてラッパ飲みをした。


「アイリーン! よすんだ!」

「すべて私が悪いのよ。私が兄を殺した!」


 アイリーンはまた酒をラッパ飲みした。つらい過去を振り払うかのように・・・。だが今度はゴホゴホとむせている。無茶な飲み方だ。普段は飲んでいないのに・・・。


「つらいのよ! 死ぬほどつらいのよ! 私のせいで・・・」

「君のせいじゃない! 君はがんばっている。今も以前も・・・」

「でも・・・」

「自分を責めるのはもうやめるんだ」


 信二はアイリーンから酒瓶を奪い取った。


「君一人で背負うんじゃない。君の努力はきっと報われる。この俺が必ずそうする! 君の作ったマシンで勝ってみせる!」

「シンジ・・・」


 アイリーンの目は涙でぬれていた。信二はそっと彼女の大きな眼鏡を取った。澄んだ瞳が信二を見つめていた。


「僕にも手伝わせてくれ。君の力になりたいんだ」

「シンジ!」


 アイリーンは信二に抱きついてきた。信二はそれに答えてやる。口づけをしてソファベッドに横たえて・・・彼女の悲しみを癒すようにむせぶほどの快感を与えていく・・・。

 やがて朝を迎えた。部屋を出ると工場に窓から朝日が差し込んでいる。そしてその下ではアイリーンがマシンに真剣な顔で向かい合っていた。昨日までの悲壮感はない。その表情は希望に満ちて明るかった。



 次の日、信二はマシンを走らせた。だがこの日はいつもと違った。10周を過ぎてもエンジンがオーバーヒートを起こさないのだ。


(やはり俺のアイデアがよかったんだな)


 信二は心の中でほっとしていた。昨夜、アイリーンを抱いた後、信二はマシンについての意見を伝えた。それを聞いてアイリーンは朝からマシンを仕上げてくれたのだ。

 ピットに戻るとアイリーンが迎えてくれた。もうあの冷たい表情はない。優しい笑顔だった。


「もう大丈夫なようね」

「君のおかげだ。これで戦える」

「いえ、あなたのおかげよ。ありがとう」


 アイリーンは右手を出した。信二も右手を出して初めて彼女と握手した。


「マシンも改良できたし、俺はこれでチームの方に戻るよ」


 信二がそう言うとアイリーンが彼の耳元でささやいた。


「またいつでも来ていいのよ。私は待っているから・・・」


 彼女はそう言うとニコっと笑って工場に引き上げて行った。


 ◇


 ボンド国ではレースの結果を受けて大騒ぎになっていた。昨年は面白いように勝てたのだが、3戦を終わってまだ優勝がないのだ。マイケルが第1戦マービーGPで3位。第2戦イリアGP2位、そして第3戦スーツカGPでは3位に終わった。エースライダーのマイケルのポイントも僅差ながら信二に次いで2位だ。この結果にはボンド国の幹部は焦りを覚えていた。


 本国ですぐに緊急会議が行われた。すぐに対策を立てなければ今年のシェラドンレースの総合1位(グランプリ)は難しいかもしれない。だが幸いにも次のリモールGPまで少し時間がある。その間に立て直そうというのだ。


「昨年のマシンだったらあと数年は勝ち続けられると思ったのだが・・・」

「見通しが甘かった。他のチームもいいマシンを開発している」

「それにマービーだ。あの新人の信二というライダー。なかなかのいい走りをしている」

「奴に勝つためには優れたエンジンがいる」

「そうだ! 改良型ではだめだ。新型のエンジンがいる」

「合わせてマシンの方もだ! 新しくしよう!」


 そんな意見が飛び交った。そこで試作がすぐに始められた。さすがは大国、開発費は潤沢にある。それに優秀なメカニックが大勢そろっている。短い期間でマシンとエンジンを作り上げた。

 その性能は目を見張るものがあった。今までのマシンとは格段に違う。このマシンを工場のコースでマイケルが実際に乗ってみた。すると面白いようにタイムが縮まる。それに大きな欠点はない。スムーズな加速と速いトップスピード、耐久性も問題なく、マシンの操作性も悪くない。


「これで勝つことができる。あのマービーの野郎を叩き潰すことができる。ついでにヤマノとスーツカも・・・」


 マイケルはほくそ笑んだ。今度こそ優勝に間違いないと・・・。その走りを見ていたボンド国のレース監督も大いにうなずいていた。


「次はいただきだ。これでマイケルのポイントはトップになる」


 チーム監督は新しいマシンに乗ったマイケルの走りに非常に満足していた。そして次のリモールGPには必ず勝つと周りに豪語していた。

 このマシンとエンジンのことは極秘とされた。本番のリモールGPにお披露目して相手チームをあっと驚かそうと考えたのだ。それほどのインパクトがこのエンジンにはあったのだ。



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