第15話 高速コース
ブライアンは信二とエスコットを連れて街に出た。いいところに連れて行ってくれるそうだが、信二には気がかりなことがあった。
「今日は祝勝パーティーだろう? いいのか?」
「ああ、気にするな。俺たちには息抜きが必要だ」
ブライアンがそう答える。確かにスポンサー相手では気を使うだけだ。
「監督にはうまく言っておくから大丈夫だ」
ブライアンがそこまで言うから信二はそれに乗ることにした。あとから知ったことだが、これはボウラン監督がブライアンに頼んだのだ。信二を祝賀パーティーに出して、またスポンサーの娘などにちょっかいを出すのを恐れたようだ。
信二たちが入ったのはいわゆる高級クラブだ。美しい若い女性が接待してくれる。不思議なことに信二たちの他には客はいなかった。
「貸し切りだ。せいぜい楽しもう」
ブライアンはそう言ってソファに座った。ただのメカニックがこんな店を貸し切りにできるのはおかしいが、信二はあまり考えないことにした。
強い酒を飲み、酔っぱらってダンスを踊り、女の子と戯れたり・・・信二には途中から記憶がない。ただ天国にいる気分だったことは確かだ。
目覚めるとホテルのベッドに寝かされていた。隣には誰もいない。誰かがここまで運んでくれたようだ。起き上がってカーテンを開けると朝日がまぶしい。だが気分は爽快だ。昨日の酒は残っていない。この世界の高級酒は二日酔いなどせず、気分をよくしてくれるようだ。
とにかく昨日までのくよくよした気分は吹き飛んだ。(なんとかなる!)と気持ちが大きくなる。
「よし! 第3戦も勝つぞ!」
信二は拳を握りしめた。
◇
スーツカ国は近年まれにみるほどの異常気象だった。とにかく暑いのだ。信二たちもすぐに汗だくだくになる。
スーツカGPのコースは数か所ある直線が長い、いわゆる高速コースだ。エンジンをぶん回さねばならない。それとこの暑さがマービー国チームに凶と出ていた。信二たちはマシンをコースで走らせたが、調子が出ないのだ。チーフメカニックのモリスが頭を悩ましている。
「もしかして冷却が不十分なのかも・・・」
魔力を使うエンジンではあるがやはり熱を発する。それは冷まさねばならないのだが多くは空冷式だ。だがヤマン国とスーツカ国、そしてルーロ共和国のように水冷式のところもある。機構は複雑になって重くなるが水冷式の方が冷却には有利だ。
モリスが中心になって冷却効率を上げようとしている。だが本選まで間に合うかどうか・・・。
予選が始まった。やはり水冷式のヤマン国のショウとスーツカ国のロッドマンは調子がいい。それに対して信二は苦戦した。だが予選は1周のタイムを競うものだから、マシンの冷却は本選ほど深刻ではない。信二は何とか3番目に入った。
(やるだけやるしかない)
信二は腹をくくった。レースは何があるかわからないのだ。
本選は10周で争うことになる。ポールポジションはロッドマンが取った。やはり自国開催でコースにマシンを完璧にセッティングしてきたのだ。2番目はヤマン国のショウとなった。やはり水冷式がこのコースには合っているようだ。
それぞれが位置についた。信二のななめ後ろにはボンド国のマイケルがいる。メアリーは12番目となり、はるか後ろだ。
シグナルが変わり、マシンがスタートする。やはりトップはロッドマンだ。先頭で飛び出すと、精密機械のように正確にコースを回り、変わらないラップタイムを刻んでいく。そのあとをショウが追う。ロッドマンとは対照的に豪快なフォームでマシンを走らせている。だが差はなかなか縮まらない。
ピットサインで信二はそれを知っていた。頭の中で先頭のロッドマンとの距離を計算する。
「なんとかついていけそうだ」
信二はそのあとについた。モリスがうまくセッティングしてくれたおかげでなんとかエンジンがもっている。ある程度のスピードも維持できている。
5周目に入り、トップはロッドマン。2位はショウ。3位は信二だ。そのあとにマイケルがいる。意外なことに5位はルーロ共和国の「鉄の女」ドロテアだ。やはり水冷式エンジンが物を言っている。
信二は勝負を後半にかけていた。得意のハングオンスタイルで強引に抜いてリードを広げようというのだ。それまではショウの後ろでおとなしくしなければならない。
今回、ロッドマンはかなり気合が入っているようだ。自国開催ということもあり、2位のショウに追いつかせない。ずっと同じ距離のリードを保ったままだ。ショウとの距離をピットサインで見てラップタイムを調整しているようだ。だから1位と2位の差は大きくない。
(うまくいけば勝てる!)
信二は可能性を見ていた。ショウを抜けばロッドマンも抜くことができると・・・。
いよいよレースは8周目に入った。あと2周でレースは終わる。
「ここからだ!」
信二は我慢していたが。ここに来てアクセルを大きく開いた。ここでスピードを上げて逆転を狙おうとしたのだ。だが・・・ここに至って信二は大いに焦ることになった。