第14話 夜のデート
その人影は信二の姿を見て声をかけてきた。
「シンジ。来てくれたのね。待っていたのよ」
若い女性の声だ。(誰だろう?)と信二が近づいてみると、それはコースの下見の時に会った若い女性だった。ただ昼間の時と違って色っぽく化粧をしている。
「えーと。どうしてここに?」
「約束したじゃない。勝ったらデートするって」
信二はほんの軽口を叩いただけと思っていたからすっかり忘れていた。だが彼女はそれを本気にとらえたようだ。それでずっとここで待っていた。もう真夜中なのに・・・
「ええと・・・そうだっけ・・・」
悪いことをしたと信二は口ごもっていた。それでやっと彼女はからかわれていたことに気付いたようだ。
「ひどーい! 本気にしていたのに・・・」
「ごめんよ。でも今からでも遅くない。デートしようか?」
「本当! うれしい! 行こう! 行こう!」
その女性は機嫌を直して無邪気に喜んだ。そして自分から信二と腕を組んで歩き出した。
「名前は?」
「アリサよ。どこに行くの?」
「アリサ。話でもしよう。せっかく会ったんだ。お互いをよく知るために」
信二は近くのバーにアリサと入った。彼女はその辺によくいる普通の女性だった。年は20歳。この街の本屋に勤めているという。
「この近くのアパートに独りで住んでいるの」
「恋人は?」
「そんなものはいないわ。私はシェラドンレースに興味があるの。アパートの窓からよく見えるの」
「どうだった?」
「よかったわ。あなたとショウのデッドヒート。でもあなたの勝ち」
「君が応援してくれたからだよ」
「ふふん。そうかも。私、シンジのことを一生懸命応援していたのよ! 大ファンだから」
アリサはそう言ってくれた。信二はその言葉がうれしかった。
「本当にファンなの? 俺のどこがいいの?」
「男らしくてかっこよくて・・・」
アリサはいいことばかり挙げていく。信二はそれを聞きながら、心の中では苦笑いしていた。
(レース以外はただの女たらしだけどな・・・)
それからしばらくアリサといろんな話をした。仕事のこと。家族のこと・・・。でも彼女が話したかったのは将来の夢についてだ。
「私には目標があるの。ファッションデザイナーになるという。だから田舎からこの街に出て来て勉強しているの・・・」
彼女は将来の夢を目を輝かせながら語っていた。信二はうなずきながら聞いていた。時間を忘れるほど・・・。やがて外がほんのり明るくなってきた。もうすぐ日が昇る。
「君の家はどこ?」
「すぐ近くよ」
「送って行こう」
バーを出ると信二はアリサをアパートの前まで送り届けた。
「じゃあ、ここでお別れだ」
「もう? ちょっと寄って行って」
「いや、今度にしよう。また来年も来るから」
「約束よ。きっとまたデートするって」
「わかった。約束だ」
アリサは手を大きく振ってアパートの部屋に入っていった。信二も大きく手を振り返した。もう会うことはないと思いながら・・・。
(アリサはキラキラしている女性だったな。それは夢を持っているからだろう。俺もそうだったが・・・)
世界MotoGPを制する・・・だがそれはかなえられない。もう前の世界に戻ることはできないからだ。この世界で夢を探さねばならない・・・信二はため息をついて宿舎に戻っていった。
◇
シンジたちのチームはマービー国に戻った。そこでの凱旋は多くの人々に温かく迎えられた。その中でも2戦連続勝利を得た信二の人気はすさまじいものがあった。沿道から「シンジ! シンジ!」と声をかけられて手を振られる。
「こんなに人気者になったぞ!」
ブライアンは馬車から手を振りながら得意げだった。
「おまえじゃない。シンジだ」
そう言うエスコットもうれしそうだった。こんなに熱烈に迎えられたことはなかったのだ。
「おい、シンジ。ちょっと手を振ってやれよ。ファンが多いんだから」
そう言われても信二は頬杖をして考え事をしている。
(今度はスーツカGPだ。あのロッドマンの地元だ。なりふり構わず勝ちに来るだろう・・・)
堅実な走りを見せるロッドマン・・・それに合わせてマシンを調整してくるに違いない。それに2戦に勝った信二へのマークはさらに強いものになるだろう・・・そう考える信二は浮かれてはいられない。
その様子をブライアンは心配した。
「おい。シンジ。暗いぞ! 何かあったのか?」
「いや、別に・・・」
「エースライダーのおまえがそれではだめだ。ようし! 俺がいいところに連れて行ってやろう!」
「いいところ?」
「ああ、一つ奮発してやるぞ!」
ブライアンは胸を叩いた。
信二たちはその足で王宮に優勝報告に行った。謁見の間で一同が並び、ボウラン監督が申しあげる。
「女王様のおかげをもちまして、シェラドンレース第2戦イリアGPに勝利することができました」
「ご苦労でした。皆に感謝しています。これからも神のご加護がありますように」
アドレア女王は微笑みながら言った。信二は彼女をじっと見つめた。何か特別に言葉をかけられるかと・・・。だがまるでそれを無視するかのように、あいさつが終わると奥に引っ込んでしまった。
(約束を守っているのにな・・・。冷たい女王様だ。一夜だけだが関係もあるっていうのに・・・)
信二は不服だった。だが相変わらず侍女のサキは信二に熱い視線を送ってくる。
(まあ、いい。ブライアンが気晴らしをさせてくれるっていうからな)
信二はそっと嘆息した。