第13話 イリアGP
イリアGPの本選が始まる。信二は斜め前のポールポジションのショウを見た。ヘルメットで表情は読み取れないが、かなり意気込んでいるのは気配でわかる。
「3,2,1,スタート!」
シグナルが変わり各マシンが一斉にスタートした。街に轟音が響き渡る。先頭はショウだ。そのあとを信二が続く。ショウは最初から飛ばしている。少しでも序盤でリードを奪おうとして・・・。だが信二はまだ飛ばさない。後半に勝負しようと考えているからだ。
その代わり、後ろがうるさい。マイケルとロッドマンが交互に信二の後についてくる。抜かせはせずブロックするが、その分、ロスがある。それでショウが余計に逃げられる。
「これはまずいな。早くショウに追いつかないと・・・」
この道幅の狭いコースで抜くのは難しい。チャンスは幾度もない。信二は気ばかりが焦ってきた。
しかも10周目あたりから周回遅れのマシンが出てきた。抜かせまいとブロックしてくるからタイムロスはさらに大きくなる。
(予定より早いが、スパートをかける)
信二はそう判断した。それでスピードを上げていく。それでまずロッドマンが脱落した。みるみる差が開いていく。マイケルはまだ信二について来ている。だが信二はそれを気にせず、ただショウを追って行くだけだ。
ピットサインを見るとショウとの差が急に縮まっていた。それは後で知ったことだが、周回遅れになったメアリーがショウをブロックしていたようだ。それでショウはかなりのタイムロスを強いられていた。
やがてショウのマシンが見えてきた。その前にはイリア国の英雄マルコが走っている。彼は自国の観客に無様なところを見せまいとショウを抜かせないようにしている。
(これはチャンスだ!)
信二はそう思った。この先のコーナーは少し道幅が広くなり、後ろから抜ける、数少ないポイントだ。ショウとマルコがデッドヒートをして気を取られているところを信二はさっと抜いていった。
(しめた!)
信二はマシンを飛ばしていく。ショウはしばらくしてようやくマルコをパスできた。すぐに猛烈に追い上げていく。
信二もハングオンスタイルでコーナーを攻めてタイムを縮めていく。だがこの体勢はマシンに負担をかける。ずっとすることはできない。
ショウは今度こそ優勝を・・・そんな思いが強かったようだ。いつもより無理をしてコーナーを攻めている。だが・・・このコースでは裏目に出た。コーナーで急にバランスを崩して転倒した。これで怖いものはなくなった。
信二はその後も難コースを相手にうまく走った。マイケルも追いかけてきたが周回遅れのマシンに阻まれてタイムロスが大きくなる。結局、勝ったのは信二だ。右手を挙げながらゴールを駆け抜ける。
(これで早くも2勝目だ! シェラドンレースの総合1位も早くも見えてきたな)
信二は充実した思いだった。ピットに戻ってくるとボウラン監督をはじめスタッフ全員が信二を取り囲んで祝福する。それはそれでうれしいが、信二には物足りなさがあった。
(女王様は来ていないのか・・・)
優勝を直接、報告したかった・・・そんな気持ちがあった。
(まあ、いい。誰かがこの結果を報告してくれるだろう)
信二はアドレア女王の喜ぶ姿を想像するしかなかった。
◇
今回も勝てた。それは信二の力だけではない。メアリーの活躍もあるし、マルコのブロックもあった。それにショウが焦りからミスをして転倒したこともある。それらがなければショウが優勝だっただろう。薄氷の勝利だったのだ。
ショウは転倒したもののけがはたいしたことはないようだ。次のスーツカGPには出てくるだろう。
シェラドンレースの総合1位はポイントで決まる。各レース1位は10点。2位は8点、3位は6点、そして4位は3点、5位は2点、6位は1点となる。
第2戦が終わったところで1位は信二の20点、2位はマイケルの14点、3位はロッドマンの9点となる。第2戦でポイントを稼げなかったショウは8点の4位だ。
1位 信二(マービー国) 20点
2位 マイケル(ボンド国) 14点
3位 ロッドマン(スーツカ国) 9点
4位 ショウ(ヤマン国) 8点
こうなるとボンド国、スーツカ国、ヤマン国の大国はおしりに火がついてくるだろう。特に前年総合1位を取ったマイケルを擁するボンド国は「こんなはずではない」と焦っているはずだ。
今まではボンド国は昨年のマシンの改良版を使ってきたが、うわさでは新たなマシンを製作しているらしい。このシェラドンレースはマシンの開発競争でもある。少しでも性能の良いマシンを作ったチームが勝つ可能性が高い。MB4気筒でもずっと安泰というわけではないのだ。改良を続けたとしても・・・。
そんなことを信二は考えていた。優勝パーティーが盛大に開かれてボウラン監督やメアリー、そしてブライアンとメカニックたちは羽目を外して大騒ぎをしている。だが信二はどうも気分が乗らない。そんな時は外で気分転換するに限る。
信二は街に出た。夜中で辺りは静まり返っていたが、レースの余韻はまだそこにあった。目を閉じるとライバルたちとの激闘が頭に浮かぶ。彼は昼間を思い出して道を歩いてみた。
しばらくして前方に何かが見えた。目を凝らしてみると・・・。
「おやっ?」
暗闇に人影が立っていた。まるで信二を待っていたかのように・・・。