欲望
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涼が完全に眠りに落ちた頃、僕は近くにある小川に来ていた。
「__灯様」
僕が呼んだのは、今こうして僕に最高の時間をくださっている神様の名前。
「莉紅、其方は今しあわせか?」
「はい。この上なく今しあわせです。」
聞こえるのは声だけ。姿を常人の魂を持つ者には見せないのが、灯様という神だった。
「莉紅、其方はこれまでとても頑張ってきた。それは我も知っている。しかし__」
「分かっています。この時間は、そう長くは続かない。そうですよね?」
灯様が言い淀むとは、そういうこと。言葉遣いも態度も堂々としているが、本質は人間思いの優しい神様なのだろうと失礼ながら思っている。
「そうだ。だが、しあわせは短く、それだけで人生に光を灯す。だからこそ尊く、貴重なものだ。それを分かっているから、人々はいつの時代においてもしあわせを求める。それがこの世の道理。だからこそ、偏りすぎてはいけないのだ。これも神々の采配。どうか分かってくれ。」
「ありがとうございます。灯様、貴女様の慈悲がなければ、私は今こうしてこんなにしあわせな思いはしていないと思います。今が代替のきかない大切で、奇跡で、有限の時あると心に刻んでいるつもりではいます。ですから、そう気に病まないでください。」
「莉紅、其方は真っ直ぐ過ぎる。綺麗過ぎるほどに。だが莉紅。だからこそ私は其方の願いを叶えたいと思ったこと、くれぐれも忘れないように。我らは人間を信じたいと強く思っていても、信じ切ることは許さないのだ。本当に、すまない。それではの」
「はい」
灯様と自分のために、これ以上ないほどの笑みを浮かべる。
僕の返事に灯様は優しく、それと同時に灯様の葛藤が垣間見える笑い声を微かにこぼし、去っていった。
しあわせは、有限。
僕がどうしても叶えたかったこと。この魂が、記憶が、思いが完全に消えてしまうまで。あとどれぐらいの時間なのか。まったく分からない。知る由もない。でも、この思いが消える日など来ない。そうあって欲しい。
どうか貴女には最後まで笑っていて欲しい。ありがとう、と伝えたい。出来ることならば、さよならは言いたくない。また会えると信じていたい。信じさせて欲しい。
そんな僕の、貴女には絶対に知られたくない欲望。
消えたくない。傍に居たい。叶わないと分かっていても、願わずにはいられない。
どうか、許して。
誰にも聞こえない醜さを密やかに吐いた夜。
星はいくら探しても、もうどこにも見えなかった。
夜が明ける。陽の光は、何もかも知っているかのように、ただ僕たちを照らし続けていた。
戻らないと。この世界で一番、大好きな貴女のもとへ。
しあわせは、有限。だからこそ、美しく儚いと人々は言うのかもしれない。




