月と桜と、私たち①
私たちは、19年越しの再会を果たした。
あの頃伝えられなかった想いを伝えて、両想いだと知って。
"想い"が"思い"では完全になくなった瞬間、彼への愛がより確かなものになって。
もう彼しか、莉紅さんしか見えない。私の中から溢れて止まない愛情は、きっと尽きることはないだろう。
「あの、涼さん。少し思ったのですが、僕のこと、さん付けなしで呼んで欲しいです…あと、敬語はなしで普通に話したい、です。」
そう言う莉紅さんは恥ずかしそうに耳と頬を桃色に染めていた。白い肌にその桃色が映えて、綺麗だなと思わず見惚れていると、聞いてます?と莉紅さんが苦笑を浮かべた。
「…あ、えっと。いいですよ…じゃなくて、いいよ!」
呼吸を整える。でも、よく少女マンガに出てくる主人公がするみたいな過度な緊張はしなかった。
さっきまで私の左隣を歩いていた莉紅さんの正面に向き直る。彼の視線と自分の視線が交差した。莉紅さんはなんだか少し緊張していそうだった。
「__莉紅」
莉紅の顔面は真っ赤になって、唇も波を描くように震えている。眼鏡の奥の瞳は開かれ、信じられないとでも言うかのように瞬きひとつしていない。
逆に心配になって、大丈夫?と声をかける。するとようやく現実に戻って来てくれたようで、莉紅がこちらを見る。
「莉紅、それなら私のことも名前で呼んで欲しいな。」
やばい、また莉紅の顔面が真っ赤になってしまった。いくら何でも初心過ぎやしないかと心配になる。
「__可愛過ぎじゃないですか?」
「え?」
一瞬何を言っているのか分からなくて反射的に聞き返してしまったけれど、しばらくして意味を理解した。口を両手で隠す。私に莉紅の赤色が伝播する。
「涼、反則……可愛すぎ」
萎むようにそう言ってしゃがんだ莉紅はキャパオーバーの更に先みたいな状態になっていて、私の頬の赤らみも加速して、止まらない。
そうこうしている間に陽は暮れ、橙と名前のない紫が溶けあう。
ネモフィラと菜の花の咲くの丘に影が落ちる。
風もだんだん涼しさを増して、少し寒いぐらいにまでなってきた。思わず肩をさする。
「涼、もしかして寒いですか?」
敬語をやめる気はないんだな、としみじみ思う。別に、無理にやめさせる気はないから、特には気にしないことにした。
「うん、少しね。」
「ちょっと待っててくださいね」
そう言って彼は少し先に走っていって、私に背を向ける。
「目を10秒ばかり閉じて、開けないでください!」
何故、そう思ったけど私が知る必要はないと感じたから言う通りはい、と言って目を閉じる。
「涼、もう大丈夫ですよ。」
目を開けると、私のすぐ目の前には莉紅がいる。
「…あ」
涙が、溢れた。
「涼?!大丈夫ですか?」
あたふたする莉紅を見ていたら、何だか冷静になってきた。泣き笑いのまま、莉紅に話す。
「ごめんなさい。貴方が今、私の目の前にいて、名前を呼んでくれて、こうやって会話していて。奇跡みたいだなぁって。ずっと一緒にいたいなぁって、思ったらつい。」
__なんで。
「…どうして」
どうして莉紅も、泣くの。そんな顔をして、泣くの。
切なくて、苦しそうで。見てるこっちまで胸を締めつけられるその涙。何が今の貴方をそんな顔にさせているの。分からないことが、解ってあげられない苦しい。
「ごめん、なさい。なんでもない、から。心配しないでください。……さあ、こっちですよ!」
話を逸らされた。でも、触れて欲しくないところは誰にでもあるだろうから。そう強く言い聞かせて、私は莉紅のあとに続いて歩いた。
「わあ」
さっきまでまでなかった火がそこに灯っている。 「焚き火、ですか?」
「はい。先ほど火を起こしました。まだしばらくは点いていると思うので、しっかり暖まってください。」
「ありがとう。」
それに応えてくれる彼の笑顔は、何処か儚かった。
私はそれに気が付かないフリをして、笑みを返す。
夜が更け、さっきまで見えていた橙は姿を消し、辺り一面が藍に染まり切っていた。莉紅が点けてくれた焚き火の炎のパチパチという音が私の心を安心させてくれる。
そうやって私の長い、けれども大切な1日が静かに幕を下ろした。
眩い陽の光に目が覚める。体を起こし、辺りを見回しても莉紅の姿がなく、一瞬不安が襲う。そんな私の不安をよそに、彼はすぐに戻って来た。
「おはようございます、涼。」
「おはよう、莉紅。」
「涼、今日はお花見に行きませんか?」
「いいね、楽しそう!」
今年は桜をまだ見ていない。見る前に私は事故に遭った。今、あの事故を思い出すだけで呼吸がおかしくなりそうだ。だから、なるべく思い出さないようにしよう。莉紅に無駄な心配をかけたくない。
桜は純粋に好きだったから、楽しみだというのは嘘ではない。
「それはよかった。では早速、こちらの服に着替えてください。」
「え?」
莉紅が、女物のパーティーにしか着て行かなそうなお洒落で優雅なワンピースを渡してきた。ピンクの淡いグラデーションの架かったレースがたくさんあしらわれた足首まで丈のあるプリーツスカートが特に私の好みドンピシャで驚いた。
少し違和感があったけど、好みのデザインだし、何より莉紅が用意してくれたものだったから、着ることにした。
「わかった、ちょっと待ってて。」
「はい、ここで待ってますね。」
わくわくが声にまで出るくらい私にこの服を着て欲しいのか。理解不能レベルだったけど、着ることにして、莉紅に背を向けて小走りした。
「…どう、ですか?」
「すごく、綺麗です。この世界の、何よりも」
莉紅の褒め言葉が大袈裟すぎて、反応に困る。
「ありがとう、ございます…」
半フリーズ状態になって、敬語になったりならなかったり。
「では、行きましょうか。」
「うん。」
私たちは、今はもうどちらからともなく手を繋いで歩いている。
お互いにまだ頬を赤らめることはあるけれど。
でも、決して嫌にはならなかった。むしろ嬉しかった。やっと恋人になれた。その事実が、私と莉紅を安心させていることは、確かだった。