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君と見た花園  作者: 蒼雲ふい
桜色の春
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ネモフィラの花冠③


 __ねぇ、そこの白い帽子を持っている君!


 振り向くと、そこには僕のことを指差したいかにも活発そうな都会の女の子が立っていた。僕が嫌いというか、苦手というか…どのみち一生関わりを持ちたくないタイプの子だ。思わずゲッ、と言いそうになるのをぐっと堪えただけ、僕はえらいと思う。

 「……それ、その帽子。私のなの。さっき風で飛んで行っちゃって、探してたんだ。よかったぁ。見つけてくれて、どうもありがとう!」 

 そう言って帽子を持つ僕に両手を広げる。僕はその女の子のやってほしいように帽子を返す。この時の僕は本当に早くこの場から立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。

 「…じゃ、僕はこれで。」

もう限界だった。この子の相手はもうしたくない。なら、僕からこの状況を変えないと。

僕が背を向けた、その時。

 

 「_待って!」鈴の音のような、かわいらしい声だった。びっくりしてわかりやすく肩が跳ねたけれど、女の子は気にする様子もなく僕の着ている服の裾を掴む。思わず目つきが鋭くなった。

 「…見てほしい場所があるの。よかったら、いっしょに行ってみない?」

身長は同じくらいなのに上目遣いの、この子に根負けしたのか何なのか。どういう風の吹き回しか僕は自分から彼女について行くことにした。ちゃんと両親にも伝える。この時はすぐに戻るつもりだった。

 

 「ここだよ。」

 しばらく歩いて着いた場所は、僕たち以外の人が誰一人としておらず、ただ滝のザァザァという音と穏やかな風の微かな音ぐらいしか聴こえなかった。とても静かだった。

 ネモフィラと菜の花がいっしょに咲き乱れている。こんなの初めて見た。滝のある方から飛んでくる水飛沫がひんやりとしていて心地よい。美しすぎて、僕の足は棒にでもなったかのように動かなかった。しばらく目の前に広がる景色を堪能する。

 「_はい、できた!」

そう背後から明るい声で言ってきたのは、あの子だ。

ネモフィラの花冠を被った彼女は僕の頭にもそれを被せる。薄い水色のワンピースがよく似合っている。


 「そういえばさ、きみの名前はなんていうの…?」

僕なりに勇気を出して聞いてみた。


 「__涼。松宮涼まつみや りよ。私の名前。あなたは?」

 この子の名前は涼っていうんだ。青が似合う名前だな。ふとそう思った。


 「僕は青山莉紅あおやま りく。…涼ちゃん。青が似合う名前だね。」

 「…ありがとう。そんな風に言われたの初めて。なんか、嬉しい。……莉紅くんはオレンジ色が似合う気がする。」


 色に色で返すところが僕のツボにハマって思わず声を上げて、お腹を抱えて笑う。

 涼ちゃんも、最初は少し訝しげな表情をしていたけれど、最後にはいっしょに思いっきり笑った。


 そこから僕たちはいろいろな話をした。

 自分の好きなもの。最近嬉しかったこと。嫌だったこと。そして家族のこと。他にも、たくさん。

 なぜか涼ちゃんには不思議といろんなことが話せてしまう。涼ちゃんも、そう言ってくれた。こんなに楽しい、嬉しい時間を過ごしたのは、今日が初めてな気がする。たくさん笑って、話して。

 自分が自分ではないみたいに笑って、話して、はしゃいで。

 僕たちの笑い声と思い出がちょうど目の前に咲いていたネモフィラに吸い込まれていくように、僕の目に映るネモフィラは見え方が様変わりした。


 「__私のお兄ちゃんはね、頭がすっごい良くて、お受験して受かった難関中学校に通っているの。だから、お勉強ができない私に家族は優しくしてくれない。……だからここは、私の逃げ場。ここに来てしまえば、誰も私の邪魔なんかしない。」

 知らなかった。そりゃあ、今日初めて会った女の子だけど、こんな自分と同い年の子にそんな思いをしないといけないのか、理解できなかった。

 だからか、涼ちゃんには同年代の子たちにはない大人みたいな諦観が垣間見えた気がした。

 

 「誰も私を、愛してなんかくれない。ただ、邪魔な存在だって言うだけなんだよ。」

 そう言った途端に、涼ちゃんは無理矢理作った笑顔のまま小さな涙を雨のように止めどなく、でも静かに流した。

 僕は、なぜかその時不可抗力と言ったら言い訳に聞こえるかもしれないけれど、背後にまわって涼ちゃんをそっと抱きしめた。

 涼ちゃんはびっくりしたかもしれない。「……え」という声が聴こえた。でも僕はそれを気にしないことにする。

 「_僕には、涼ちゃんの苦しみの重さを想像することしかできない。でも、涼ちゃんが苦しんでいることはわかるよ。今まで、きっと頑張ってきたんだよね。必死に耐えてきたんだよね。大丈夫。ここでは誰も涼ちゃんを否定なんかしない。自分でいていいんだよ。」


 しばらく経っても、涼ちゃんは何も言わなかった。動かなかった。

 さすがに時間が時間だったので、心配が勝って涼ちゃんの正面に戻る。

 涼ちゃんと目が合う。

 その時の彼女は、まるで前を向いて生きる覚悟を決めたかのように瞳に光を宿らせて、太陽も顔負けする笑顔を僕に見せた。


 その笑顔を、僕だけに見せて。もっと、ずっと。他の誰にも見せないで。この時間が、ずっと続けばいいのに。

 人生で初めて感じた、この謎の温もり。しあわせ。それと並ぶように存在する焦燥感。焦がれるような熱。

 僕はこの時、花のように笑う涼ちゃんは、この世界の何よりも美しいと思った。

 

 


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