幕間
結婚して、6年。
愛する息子が生まれて、5年。
保育士になって、4年。
父の介護を始めて、3年。
ただただ空虚に過ぎていく日々、ではないのが最大の救いと言えると思う。
愛する夫と息子の存在が、私をこの世に繋ぎ止めてくれている。
2人が生きてくれているなら、私はどうなったっていい。
でももしも。
貴方が今も生きてくれていたら__。いつも、そう考えずにはいられない。
家族みんなでお花見をする春。
花火大会で場所取りをする夏。
息子と金木犀でモイストポプリを作る秋。
キリがない雪かきで白い吐息を見飽きる冬。
__お兄ちゃん
今日の空は快晴で、雲ひとつなかった。
「お兄ちゃんは何処にいるのかな」
思い浮かべるのは、ちょうど3年前の春に病死したお兄ちゃんの顔。
幼い頃に亡くなったお母さんと同じ病にかかっていた。
発見された時には既に末期で、名医にも手の施しようがないと言われた。
最期までお兄ちゃんは会いたい人に会えなかった。
夜、病室に行くとそこには涙を流して眠る兄がいて、いつも胸が痛くなった。
興信所でも、伝手でも何でも使って探してあげたかった。だから兄にその人の名前を教えて欲しいと言ったのに、予想外にもお兄ちゃんは教えられないと言った。
どうして、何でとその時は言い争った。お互いに必死だったから。自分の気持ちを譲れなかったから。ここで引いたら後悔することが分かりきっていたから。
「会いたいんでしょ!?その人に」
「…だから、会ってはいけないんだって言ってるだろ!!?」
その時初めてお兄ちゃんのあんなに苦しそうな顔を見た。初めて私の前で感情を露わにしてくれたような気がして少し嬉しかった。
お父さんの心が壊れてしまってから、ずっと、私にとってはお父さんみたいな存在だった。きっと本人もそれを意識していたのだろう。今なら私もわかるよ。お母さんになったのだもの。
だからあれを見たら、言いたい言葉も喉の奥に引っ込んでいく。
やっぱり最期くらい、お兄ちゃんの望みを叶えてあげたい。その思いは何があっても揺るがない。だから、それが私が何も言わないことで叶うなら__。
自然と「最期」という言葉が浮かんできてしまうことが嫌になる。これは、一体何度目なのだろう。
しかしそんなことは気取られまいと、一度大きく息を吸って、吐く。
そうすることで、自然と表情が穏やかなものになってきた。
視線の先の窓ガラスに映る私の表情は、いつものお兄ちゃんに重なる部分があった。やっぱり兄妹なのだなと感じさせられる。
窓からお兄ちゃんに視線の先を移す。
私が何も言わなくなったからか、お兄ちゃんは少し狼狽えている。優しい人だから、自分の行動が他人に与える影響を考えられてしまうのだろう。
「わかったよ、お兄ちゃん」
「……え?」
「私はもう、何も言わない。何も、言わないよ」
それ以外に言えることがなかった。好きにして、なんて見放すみたいで何か嫌だったから。
お兄ちゃんはどこまでお見通しなのだろう。もしかしたら全部わかっているのかな。流石にそれはないか。でも、一瞬疑えてしまうような、そんな表情をしたから。
「__ありがとう、夏純」
そう言って私の頭を撫でてくれるお兄ちゃんの手はひどく優しかった。
病室の布団が濡れる。
どうしよう、備品なのに。でも今は、少しだけ許して欲しかった。
私がいつも、欲してしまうのは足りなかったお母さんの愛。もう望めないお父さんの愛。
でも、この人は全部くれた。それ以上のものを。
何も返せなくてごめんね。
自分よがりでごめんね。
反抗期とか、面倒くさかったよね。
私の思いやりの心も、全部お兄ちゃんが持って生まれてきたのかな。
今、泣いてしまってごめんね。
結婚式で泣いてくれてありがとう。
本当はちょっぴり恥ずかしかったんだよ。
嬉しい時も、悲しい時も、いつも一緒にいてくれたよね。
私を愛してくれて、ありがとう。
この温もりは、今もこれからも、私の心に住んでいるよ。
葬儀の日、やっと瞳に映せた貴方は、とても穏やかな顔をしていたよ。
絶対泣かないって決めてたのに。
笑顔の私を見て欲しかったのに。
泣き笑いみたいになったよ。
本当いつも、貴方は私を泣かせるのが得意なんだから。不器用だったから、手加減できないんでしょ。
お墓には、ブライダルベールの花を植えました。気に入ってくれましたか?感想をいつか、聞かせてください。




