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直木理生編 1話


 どうしてこうなった。


 何が彼女を目覚めさせた。俺か。俺のせいか。俺が悪いのか。


 いや、別にこの展開にケチをつける気はない。

 むしろ神様に感謝しないと罰が当たるかもしれない。

 でもさすがに俺の頭がパンクしそうだ。許容量オーバーしすぎて心臓が破裂するかもしれない。


 とりあえず、いま言えるのはこれだけです。


「春待さん、俺の上から退いてくれないかな……?」



―――


――



 頭が混乱している。俺の上に好きな子が乗ってる状況は冷静に考えたら超絶ラッキーなんだけど、今はそんな風に思えない。

 まずは頭の中を整理しよう。

 俺の名前は直木理生なおきりお。彩戯学園に通う高校二年生だ。

 友人は多い方だと思う。勉強は苦手だけど運動は好き。一言で言うなら、可もなく不可もない。その程度の奴だ。

 そんな俺の上にいるのが、春待澪はるまちみおさん。今俺が好きな女の子。俺の何が彼女のスイッチを入れてしまったのか、いつも冷静で無表情の春待さんが顔を赤らめて息を荒くしてる。

 どうしてこうなっちゃったんだろう。屋上で昼飯食って、俺が何で春待さんを好きになったのかを話していたら彼女が急に俺の耳を触ってきて、何でかこういう状況になってるんです。

 意味分からないですよね。俺にも分からないんです。

 春待さんも混乱しているみたいで、いつもの落ち着きがない。


 俺が春待さんを知ったのは、実は中学の頃だ。

 学区が違うから学校は違ったんだけど、陸上の記録会で別の中学に来たときに彼女を見かけたのが初対面。いや、対面でもないか。向こうは俺のこと気付いていないんだから。

 友人、多分あれは夜丘だったのかな。アイツと一緒にいるところを見て、何となく記憶に残ってた。特別可愛いとか目立つ雰囲気じゃなかったけど、スッと伸びた背筋が綺麗だなって、その印象が強く残った。

 それからたまに電車とかで見かけて、目で追っていた。まさか高校が一緒になるとは思ってなくて、入学式で見つけたときは物凄くテンション上がったんだけど声を掛けられなかったチキン野郎です。

 今年、二年になって同じクラスになったときはチャンスだと思った。緊張したけど勇気を振り絞って声を掛けたんだけど、今思うと完全に滑ってた。澪と理生で名前が似てるね、とか頭の悪いこと言っちゃって、絶対に引かれたと思った。

 でも春待さんは馬鹿にする様子もなく、冷静に返してくれた。


「ああ、確かにそうだな。よく似てる」


 真面目な子。何それって笑い飛ばしてくれてもいいのに、俺のアホみたいな話をきちんと受け止めて返答してくれたんだ。

 正直、変な子だって思った。それと同時に、面白い子だなって。それだけで俺の興味は春待さんに向いた。

 それから俺はよく春待さんに話しかけるようになった。朝の電車もいつも同じ時間に乗っているというから、俺も時間を合わせることにした。

 しつこいかなって思ったけど、春待さんは嫌な顔をしなかった。いつだって彼女は自分のペースで動いてる。どんなことにも揺らがない。綺麗に伸びた背筋みたいに、真っ直ぐで芯のある子。

 最初はちょっと気になるくらいだった。だけどある日、友人に言われた一言で俺は意識するようになった。


「お前、春待のこと好きなの?」

「え?」


 二年になったばかりの頃。俺が春待さんにばかり話しかけているから、気があるのかと聞かれた。

 その言葉がストンと胸の中に納まった。ああ、俺は彼女のことが好きなんだって。


「うん、そうだよ」

「マジで?」


 それから俺は、どんどんと坂道を転がるように一気に惹かれていくようになった。好きだと思うようになった。

 俺が春待さんを好きだと思う理由は、それだけ。とにかく彼女を前にしたら好きだとしか思えないし、他の子に同じような感情は湧かない。


「お前、モテるくせにあんな地味なのがいいのか? 何考えてるか全然分かんないし」

「うっせーな。俺の勝手だろ」


 春待さんの可愛いところは俺だけの秘密だ。

 知ったらみんな好きになるかもしれない。そんなのは嫌だ。

 春待さんは確かに他の子とはちょっとズレてるし、変わってるとは思う。でも一つ一つの仕草、立ち振る舞いが美しい。春待さんは厳しいおじいさんと一緒に暮らしているからか、姿勢が良い。ジッと見ていると目を奪われる。

 そういうことろも、好きな理由に含まれるかな。


 意識するようになってから結構積極的にアピールしていたつもりだったけど恋愛方面に鈍い春待さんには通用しなかったから、つい流れに任せて告白しちゃったんだけど、こんなことになるとはね。


「は、春待さん……」

「もうちょっと……」


 俺の上に跨ったまま、春待さんは俺のことをベタベタと触り続けてる。

 ハッキリ言って、腰の上に乗られてるっていうのが良くない。あまり動かないでほしい。俺、年頃の健全な男の子だからこのシチュエーションだけでヤバいんです。

 何がヤバいってポジションがマズい。だから問題が起きる前に退いてほしい。

 春待さんは混乱してる。今は好奇心だけで動いているようなもんだろう。俺に触りたいって気持ちは、多分恋愛とは別だと思う。

 だから、駄目なんだ。変な気を起こしたくない。春待さんは俺のことを好きな訳じゃないんだ。そもそも俺らは付き合ってないし。


「え、えっと……ゴメン、そろそろ苦しいから、降りてもらえるかな?」

「…………そうか、すまない」


 物凄く残念そうな顔で春待さんが俺の上から退いた。

 そんなに俺に触るのが楽しかったのかな。俺はもう心臓が痛くて仕方ないよ。

 春待さんの様子を見ると、両手で顔を抑えてる。真っ赤な顔で、目を潤ませて、呆けてる。普段とのギャップのせいか、メチャクチャ可愛いんですけど。いつも可愛いけど、今の顔も可愛い。可愛いが過ぎる。


「……普通に、触るのは良い?」

「え……う、うん」


 春待さんは俺の手に触れてきた。

 小さな両手で俺の右手を掴み、手の甲の骨をなぞるように触れてくる。ちょっとくすぐったいな。

 これは何の拷問なんだろう。俺、前世で何かしたのかな。それとも今日の占いで最下位だったとかかな。

 いや、好きな子と急接近してるんだからむしろ良いのか。でも素直に喜べる状況じゃないし、超ラッキーって訳でもない。

 俺、馬鹿だけど自分の置かれた立場を理解できないほどじゃないんだよ。自制できるよ。でも、いきなり上に乗られたり触られたりしたら頭の大事な回線がショートしちゃうんです。

 今もうギリギリだよ。HPが一の状態で何とか生きてるようなものなんだよ。

 だからと言って、触らないでなんて言えない。だって春待さんに手を放してほしくないって気持ちもあるから。


「……手、大きいな」

「そりゃあ、男の子だからね。春待さんの手は小さいね」

「そうか?」


 春待さんが手を広げて、俺の手と重ねた。間接一個分くらいの差がある。やっぱり小さくて可愛いな。

 春待さんは俺との手の大きさに、「おー」と小さな声で言ってクスッと笑った。中々見れない春待さんの笑顔、物凄く可愛い。


「ねぇ、直木君」

「な、なに?」

「……私、もっと君を知りたい」


 緊張してるせいか少し声が裏返っちゃったけど、春待さんは気にせず話を続ける。

 しかも手を重ねたまま、ギュッと指を絡めて繋いできた。どこでそういうの覚えてくるの。無意識にやってるの。この子、そんな小悪魔みたいなこと出来ちゃうの。計算じゃない分、怖いよ。


「……今度は、君から触れてほしい」

「は!? いや、それは……」

「お願い。君に触れていると、ドキドキするけど……安心もする……この気持ちに、何か答えが出そうな気もするんだ」

「は、春待さん……」


 熱を帯びた目で見つめられて、俺は首を縦に振ってしまった。

 もう無理。逆らえない。俺の理性はガラスでした。簡単にパリンと割れてしまいました。


「……あとで、嫌って言わない?」

「言わない。君の好きにしてくれ」


 そんな台詞、言わないでよ。

 我慢できなくなるから。




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