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佳山悠季編 1話



 君と話がしたいです。

 でも、彼女を前にすると緊張して何も話が出来ない。


 君のことがもっと知りたいです。

 でもやっぱり、彼女の前では何も言えない。


 俺って、本当にいくじなし。もう少し度胸があれば良かったのに。



———


——



 放課後の図書室。夕日が差し込む窓辺。静かな室内と、窓の向こうから聞こえてくる話し声。それらをBGMにして、彼女はカウンターで本を読んでいる。ハードカバーの分厚い本。そこには何が書かれているのだろうか、彼女の表情はとても穏やかだ。

 そんな彼女を本棚を死角にして覗き見る俺、佳山悠季かやまゆうき

 中学三年生になって三ヶ月と少し。もうすぐ夏休みに入るという、そんな時期。俺は一年の時から好きなクラスメイト、井塚舞いづかまいさんに会うために毎日図書室に通っている。まぁ、まだ一度も話をしたことはないんだけど。


 井塚さんは一年の時からずっと図書委員をしていて、最初は物静かな子だなってイメージしかなかったんだけど、気付いたら彼女のことを目が追っていた。本を読んでる表情とか、澄んだ声とか。色んなところが俺の中にスッて入ってって、どんどん好きになってしまった。

 井塚さんは俺のことなんて何とも思ってないだろうな。話もしたことないし、ただのクラスメイトの一人でしかないんだろうな。

 だから夏休みが始まるまでに一度でも話しかけることが出来ればって思っていたんだけど。


 そんなことを思ってから、もう二年が過ぎてしまった。去年の夏も同じことを考えて、結局何も出来ずに俺の夏は終わったんだ。

 でも、また今年も同じクラスになれたんだ。今年こそはただのクラスメイトから友達になりたい。いきなり恋人になんて思ってないさ。

 そんなの無理に決まってるし、告白なんて出来やしない。だからせめて、友達になりたい。そう思ってるんだけど、全然話しかけられない。本を借りるときにちょっと声を聞くだけで精一杯。井塚さんを目の前にしたら緊張して会話どころじゃなくなるんだ。


 ああ、情けない。今日も話しかけようと思いながら、こんな隅っこで井塚さんのことを見てることしか出来ないんだ。実に恥ずかしい話である。

 気軽に話しかけられる奴はどういう神経をしているんだろう。いや、貶してる訳じゃない。むしろ尊敬してるんだ。

 俺も普通に話しかけたい。本を借りるときにちょっと会話するくらいでいいんだ。同じクラスなんだし、何も話題もないこともないんだし、今日出た課題の話とか校長のズラがズレてたとか担任のシャツが裏表逆だったとかそんなことでいいんだ。頭ではわかってる。わかってはいるんだけど、タイミングというかなんというか、あと一歩の勇気が踏み出せない。喉まで出かかった言葉を、俺はいつも飲み込んでしまうんだ。

 とりあえず、今日も何かしら借りていこうかな。本棚から目を引くタイトルを選んで、俺は井塚さんのいるカウンターへと向かった。それだけでスゲー緊張してる俺、カッコ悪い。


「……あ、あの……貸出、お願いします……」

「あ、はい」


 井塚さんが読んでいた小説にしおりを挟んで、俺から本を受け取った。

 短い後ろ髪と、少し長い前髪。目元を隠す前髪を耳に掛ける仕草が、結構好きだったりする。

 って、そんなこと見てるヒマあったら何か話をすればいい。何読んでたのとかでいいじゃないか。それ面白いのとか、何かオススメあるとか何でもいい。聞け、聞くんだ。話しかけるんだ佳山悠季!


「はい。返却日は一週間後です」

「……はい」


 またダメだった。



「はぁ……」

「なに溜め息ついてんだよ」


 図書室を出て、下駄箱で靴に履き替えていると、友人の芦原透哉が声を掛けてきた。こいつなら、今みたいに普通に話しかけられるんだろうな。いいよな、羨ましいよイケメンが。


「何でもない。ちょっと情けなくて……」

「はぁ? 何があったんだよ」

「別に何でもないって。それより、お前部活は?」

「今日は無し。悠季こそ、今日も図書室か?」

「……まぁな」

「毎日よく頑張るな。その様子だとまた進展はなかったみたいだけど」

「うるせーよ。透哉こそ直木とはどうなったんだよ」

「どうもこうも、まぁ平行線ってところだな」


 こいつも勿体ないな。重度のブラコンで有名な直木に惚れるなんて。

 透哉、見た目も性格も悪くないから女子に人気あるのに。それに見向きもしないで直木のこと追っかけてさ。でも最近、直木の様子が少し変わったような気がしたから、二人の間に何かあったのかと思ったんだけど違ったか?


「なぁ、透哉……普通に話しかける方法ってないものかね」

「普通に話しかければいいじゃないか」

「それが出来ないから訊いてるんだろ」

「ヘタレ」

「ヘタレ言うな」


 俺はお前と違うんだよ。お前みたいに器用に出来ないんだ、察せよ。そんで何かアドバイスしてください。

 てゆうか、透哉は黙ってても女子が話しかけてくるタイプだからな。俺みたいな情けない悩みなんて持ったことがないんだろう。羨ましい限りだ。イケメンが憎いです。


「じゃあな」

「おう」


 校門の前で別れ、帰り道を行く。

 とりあえず、家帰って今日借りた本でも読もう。それで、また何か借りよう。今度こそ話しかけるんだ。何でもいい。たった一言でも構わない。


 嗚呼。俺は、君と話がしたいです。





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