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春待澪編 1話


 恋をしたことがない。


 愛されるとは、何。

 愛するとは、何。

 家族へのそれと、どう違うのか。


 そんなこと、学校では教えてくれない。

 調べても理解ができない。

 みんなが当たり前のようしていることなのに、私には未知なることの様な気がして仕方ない。


 これは、私がおかしいの?

 わからない。

 何もわからない。


 君が私を好きになる理由が分からない。



 ■ □ ■



「おはよう、春待さん!」

「おはよう、直木君」


 いつもの電車。いつもの車両。いつもと同じ時間。彼は必ずやってくる。

 私、春待澪はるまちみお彩戯あやのぎ学園に通う高校二年生。

 隣に立つ男子は直木理生なおきりお君。二年から同じクラスになり、顔を合わせる度に話しかけてくるクラスメイトだ。


 友人曰く、彼はモテるらしい。確かにいつも男女問わず彼の周りには人が集まる。女子も直木君のことをカッコイイと口を揃えて言っている。

 私は色恋にあまり興味がないので顔の作りなどの善し悪しは判断しかねるが、整っているとは思う。

 だが残念ながら、私の中で直木君は変な人という印象しかない。


 彼との出逢いは始業式のとき。机に座って読書をしていた私に、突然話しかけてきたのだ。


「春待さんの名前って澪って言うんだね。俺は直木理生って言うんだ。澪と理生って似てるよね!」


 そう言って彼が話しかけてきた。確かに名前の響きが似ていると思ったので、私は肯定だけした。


 それからと言うもの、暇さえあれば私に声をかけてくるようになった。私がいつも同じ時間、同じ車両に乗っているのを知ってから、直木君も同じ電車に乗るようになった。

 特に彼のことが嫌いだとかそう言うこともないので、わざと時間をずらそうとも思わないので、それからは毎日一緒に登校しているような形になっている。


「もうすぐ中間だね。勉強してる?」

「テスト前だからって特別なことはしない」

「さすがだね、春待さんは。去年も学年トップだってよね」

「よく知ってるな」

「そりゃあね。春待さんのこと、いつも見てるから」

「何故?」

「何故って……分かんないかな?」

「分からないから聞いたのだが……」

「そう、だね。春待さんがそういう人だってことも分かってるよ」


 彼の言ってる意味がよく分からない。

 私は何かおかしなことを言ったのだろうか。特に変なことを言った覚えもないが、何だか直木君を落ち込ませてしまったようだ。

 それにしても、そんなに会話もないのに私なんかと登校して何が楽しいのだろう。彼の考えはよく分からない。



「おっはよー、澪」

「真奈、おはよう」


 学校に着き、下駄箱で上履きに履き替えていると中学の頃からの友達である夜丘真奈よるおかまなが声を掛けてきた。

 腰まで伸びた黒いロングヘアーを揺らしながら、私達二人を見て、小さくため息を吐いた。


「相変わらず仲良しね、お二人さん」

「そうか?」

「ええ、そうね。ねぇ、ストーカー直木君」

「その言い方やめてくれない? 電車が一緒になるだけじゃん」

「あーら、狙って同じ電車に乗ってるくせに。ま、相手が澪だから仕方ないんだろうけど」

「わかってるなら言うなよ」

「それでも、ちょっとしつこいんじゃないのー? ねちっこい男って嫌ねぇ」

「俺のどこがねちっこいんだよ! めっちゃオープンじゃん。清いじゃん!」


 仲良さそうに会話を弾ませてる二人を見て、私は少し不思議な気持ちになった。

 直木君は私といてもこんな風に会話が続いたりしない。そもそも私が皆がするようなお喋りが出来ないからだ。

 私は両親が幼い頃から海外出張に行ってるため、祖父の家で育った。剣道の道場で、私は門下生ではないがたまに参加させてもらっていた。

 そのせいか、他の女の子がするような恋やオシャレの話も分からない。興味を示したこともない。テレビもあまり見ないので流行りの歌もドラマも知らない。

 そのことに不満も何もないが、そんな私といて彼は楽しいのか疑問になる。


「ねぇ、春待さん。俺、別にそんなつもりじゃないからね!?」

「そんなつもりとはなんだ?」

「澪、アンタ話聞いてなかったでしょ」

「申し訳ない。初めから説明してもらえるか?」

「いや、聞いてないならいいんだ……は、春待さん、早く教室行こう」

「あ、あぁ」


 背後で真奈が大笑いしているが、直木君との話がそんなに盛り上がっていたのだろうか。

 こういう風に話に混ざれないのも私のダメなところなんだろうか。


 教室に入ると、直木君にクラスの女子や彼の友人が朝の挨拶をしていく。

 改めて見ると、彼はクラスの人気者という分類なのだろう。いつも友人達と楽しそうに話をしている。

 その点、私は友人と呼べるのは真奈くらいだ。別にクラスで浮いているとかイジメられているとかそういう事ではない。単純に、地味で目立たないだけだ。

 話しかけられれば答えるし、必要であれば私から声をかけることもある。


 周りに合わせようとは思わない。私は私らしく、自分に合った生き方をしていると思ってる。

 堅苦しいと言われる性格も、祖父譲りだ。私は祖父を尊敬している。そんな祖父に似ていると言われるのが、昔から嬉しかった。

 だから流行りのものが分からなくても気にしない。


 だけど、最近は少しだけ気になる。

 こんな私が、彼みたいな人気者と一緒にいていいのか。

 そもそも、なんで彼は私なんかの近くに居るのだろう。暇潰しにもならない私といる意味はなんだ。

 分からない。いくら考えても分からない。

 数学の式のように、計算で答えが出るなら楽なのに。


 分からない。分からないなら、聞けばいいのか。

 本人に。


「と、いうことで聞いてみることにしたんだ」

「…………おーっふ」


 帰りの電車の中で、私はずっと疑問に思っていることを直木君本人に聞いてみた。

 授業の問題だって分からなかったら先生に聞くのだから、直木君に対して分からないことは本人に聞けば良いだけだ。なんで私はこんな簡単なことをしなかったんだろう。

 ただ、直木君は両手で顔を抑えたまま動かない。私はまた何か変なことを言ったのだろうか。


「えっと……まぁ、その……えー、どうしよう。予想外すぎて、なんて言っていいか分からない」

「そうか? ただ私は君が私の周りをうろつくのは何故かと聞いただけなのだが……」

「う、うろつく……え、迷惑してた?」

「いや、そのような事はない。単純に疑問なだけだ。君は友人も多いのに、私のようにつまらない人間なんかと一緒にいても何の得にもならないと思っただけなんだ」


 直木君は電車のドアに寄りかかり、困った表情を浮かべて悩み出した。

 ドアの窓から差し込む夕日が、彼の髪を照らす。色の抜けた茶色の髪が、キラキラして綺麗だと思った。

 私の黒いだけで日本人形みたいだと言われる髪とは大違いだ。さすがに日本人形と言われたのは悲しかったので中学からはポニーテールにしている。


「えーっとね、春待さん。俺は別に損得で人と付き合うとか、そういうことはしないというか……俺としては春待さんといることは損じゃないし……」

「そうか。しかし、普段私は君と会話に花を咲かすこともない。暇ではないか?」

「そんなことないよ。春待さんといて暇に思うことなんか絶対にないから」


 珍しく直木君が力強くそう言った。

 私の言ったことが何か気に障ったのかもしれない。これは申し訳ないことをした。


 だが、私といて得になることなんて今までにあっただろうか。

 身になるような話もしていないし、基本的に直木君から話しかけてくるばかりで私は相槌を打つくらいだ。会話と呼べるものでもない。


「……あ、あのさ、春待さん。そんな深く考えなくても良くない?」

「私は気になったことを放っておくのが嫌なんだ。モヤモヤするだろう」

「いや、まぁ、その気持ちは分かるけどさ……」

「もしかして、本当にストーカーというやつなのか」

「話聞いてたのね!? いや、本当にそれは違うから! 夜丘の言うことを真に受けないで!」

「違ったのか」

「当たり前じゃん……てゆうか、俺がこうして一緒にいるの、本当は迷惑……っていうか、嫌だった? それなら離れるけど……」

「いいや。それは本当に思っていない」


 そう言うと、直木君は安堵したように息を吐いた。

 ふむ。ストーカーではないのか。じゃあ何のために私のそばにいようとするんだろう。


「直木君は私といて何が楽しいんだ?」

「へっ!?」

「理由があるから共に行動しようとするんだろう」

「うぇ、あーうーん……そう、ね。そうだねぇ……いやぁ、それを言うのはちょっと恥ずかしいというか……人目もあるし……」


 人前だと恥ずかしい理由なのか。

 それはつまり私と一緒にいるのが恥ずかしいということなのか。

 彼はそれを望んでやっているということであるなら、直木君は特殊な性癖の持ち主ということか。


「君はマゾヒストというやつか」

「春待さん、ちょっと冷静になろうか」


 真顔で言われてしまった。ちょっと自信あったのに、残念だな。

 特殊性癖の持ち主でないとなると、他にはどんな理由があるだろうか。


「あのさ、春待さん……ここまで言ってて、気付かないの?」

「ん? 気付くとは何だ?」

「……そっかぁ。いや、春待さんだし、仕方ないのかなぁ……いやでも、さすがに分かると思ったんだけど……ここまでやっても気付かれないとか、全く意識されないのも無理ないのか……」

「何を言ってるんだ?」

「えっと、春待さんは悪くないよ。俺が悪い。春待さんがそういうことに興味ないのは分かってたし、脈ナシなの分かってたから意識してもらえるのを待とうと思ってたけど、そもそも俺のアピールが気付かれてないなら無駄だったワケで……最初からちゃんと言えば良かったのかなぁ……」


 さらに訳の分からないことを言ってきて、私は首を傾げた。

 私は人の気持ちに疎い。出来れば分かりやすく説明してくれると有難いのだが、無理なのだろうか。


「直木君。私は君への理解が足りないようだ。出来ればもっと分かりやすく、キチンと説明してくれないか? 私に落ち度があるなら謝ろう」

「……いや、春待さんに落ち度なんかないよ。俺のやり方が間違ってただけ」


 車掌のアナウンスが響く。もうそろそろ直木君の降りる駅に着いてしまう。

 右側。私たちがいる方のドアが開いて、彼が降りてしまう。


「……春待さん、あのね」


 ドアが開く直前。直木君が私の耳元で一言囁くように告げた。

 彼は振り向くことなく、電車を降りて階段へと足早に向かっていってしまった。


 ドアが閉まり、電車が再び動き出す。

 一人残された私は、彼の告げた言葉を頭の中で何度も何度も繰り返した。

 なんで。

 どうして。

 彼の言葉に対して、また新しい疑問が生まれてしまった。

 困る。困るよ、直木君。何で私の中の分からないを増やしてしまうんだ。頭の中がこんがらがって、心臓が痛い。こんなに心拍数が上がったことなんてない。

 私の体はどうなってしまったんだ。


「――春待さんのことが、好きだからだよ」


 私には、君が好きになってくれた理由が分からないんだ。




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