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ざまぁは添え物

まいど、悪女屋です!

作者: あおい蜜葉

 絢爛たるイズファータ帝国には、魔女が住んでいる。

 

 初代皇帝が頼み込んで魔石山脈から移住してもらったという、その魔女の名前はハッキリしない。

 姿を自由に変えられる彼女にとって、名前などその場の思い付きで名乗る程度のものだから、誰も真の名を知らないのだとされている。

 それでも帝国で『偉大な魔女』と言えば彼女を指すため、会話に不都合はなかった。

 

 帝国内に住んでいるのは確かだが、今どこにいるのか誰にも分からない。

 分からないが、時に嵐で壊れた畑を直し、時に死にそうな赤子に霊薬(エリクサ)を飲ませ、文字通りの神出鬼没。

 帝国内で真に困っている者の願いは、正しく祈れば彼女の耳に届くとされていた。だから、どこにいたって問題ないのだ。


 - - -


 五年前、一人の男が『魔女の椅子』と呼ばれる小さな霊廟で祈っていた。魔女が気まぐれに腰掛けて人の話を聞く場所とされているので椅子と呼ばれる。

 この廟は全国に散らばるが、その中のひとつ、帝都マーリィカの城壁内にあるものだ。


「帝国の始原の太陽に愛されし偉大な魔女さま、ひとたびこの声の聞こえたならば、弱き私の願いをお聞き届けください。我が子を手に掛けられぬ愚かな親に、どうかお慈悲を……」


 霊廟の外壁は真っ黒、内壁は真っ白、中央の祭壇は鮮やかな常磐(みどり)色。魔女の三要素を表す色彩に囲まれ、男が願いの全文を書いた封書を祭壇の火にくべる。

 ふわりと立ち上った灰は意図を持って廟の外に流れていく。偉大な魔女に祈りが届けられたのだと確信した男は、涙を流して廟を辞した。



 - - -

 


 帝都マーリィカにある帝立貴族学園は、学園主催の学年末パーティーを明日に控えていた。学園主催と言っても、実際の実行委員は式典委員会の四年生である。

 式典委員会の長を務めるのはヴェスタ侯爵家のジャスミン。今月学内で最も忙しい金髪縦ロールである。

 

 学年末パーティーを主催した実績は、宮廷で働く道を目指す際の評定に大きく影響する。そのため彼女の指揮の下、家を継げない立場の令息や令嬢が生き生きと働いていた。

 時には下位貴族の教師すらも連絡係(パシリ)に使うジャスミンは、入学時には既に高位貴族の風格を漂わせていた。

 この四年間ですっかり王宮の閣僚としての振るまいにさえ近づいてきていた。


 このパーティーが終われば実質卒業であり、成人済みの貴族として社交界に招かれる。

 婚約者がいる場合は、双方このパーティーが済めば婚約期間終了となり、結婚へ動き出す。

 家を継ぐ者は当主修行が本格化し、官僚や閣僚を目指していた優秀者はそれぞれの職場へ引き取られていく。

 

 本来ならば四年生唯一の公爵令嬢が式典委員長を務めるべきであったが、彼女は卒業と同時に隣国王太子と結婚することが決まっていた。

 卒業前というのは結婚直前であり、海すら渡る旅路のため、輿入れ準備に非常に忙しく、主催どころでないのは入学前から周知のことだった。

 

 そのため、入学時点では婚約者が決まっておらず、次点で家格の高かったジャスミンが、一年次から自動的に式典委員会へ所属することになったのだった。

 明日はその集大成である。

 

 今はというと、午前から通していた最終リハーサルが終わり、遅めの昼休みに入ったところだった。 

 ひとまず完成したホール作業を解散して、ギリギリまで飲食物の納入手配のチェック。明日は朝早くから集合し、万全の態勢で動き出すだけ。

 食堂棟まで移動してテーブルで食事をする余裕もなく、ホールの隅でサンドイッチを食べながらそんな打ち合わせをしていた。

 そこに、意気揚々と乗り込んできた生徒が一名、いや二名。

 

「ジャスミン!」

「あら、どういたしましたのラルフ様」


 多忙なジャスミンを呼んだのは、婚約者であるガミュス侯爵令息ラルフ――と、胸を押し付けるようにラルフの腕にしがみつくリーイン子爵令嬢ドロシー。

 この時点でロクでもない用事だな、と式典委員の誰もが思った。

  

「婚約以来全く改善されない傲慢な態度には愛想が尽きた。明日のパーティーを迎える前に婚約を破棄させて貰う! そして僕は、学園で出会った真実の愛、ドロシーと婚約する!」

「おーっほっほ、わざわざ呼び止めたかと思えばそんなことですの? ええ、お好きになさって結構でしてよ!」

「抵抗してもムダ……えっ?」

「婚約解消をお望みなのでしょう? わたくしは構いませんことよ! 学年末パーティーの準備で忙しいですから、今夜中に用意しないとならない婚約解消の手配は貴方に任せますわ。急いでくださいまし!」

「あっ、あぁ……」


 学園の教師すらアゴで使うジャスミンの勢いに、一介の令息ごときが敵うはずもなかった。

 意気揚々と名前を呼び、婚約破棄を告げ、ドロシーから『証言』された罪状をひとつひとつあげつらい、泣いて縋るジャスミンを足蹴にして断罪する気でいたラルフは、すっかり呑まれてしまった。

 

 ジャスミンとしては「なぜこの忙しい日に!」と思いはするが、婚約の取り止め自体に異存はなかった。 

 サンドイッチを飲み込みながら、使用者の魔力波長が残る万年筆を手に取り、メモ用紙に書き付ける。

 

『ガミュス侯爵へ

 

 ラルフ様より申し出のあった婚約解消について

 ジャスミン合意済みの一筆を添えます

 

 ただし婚約『破棄』を申し出の場合は、

 ラルフの不貞による有責以外は認めません

 

 不貞のお相手はリーイン子爵令嬢ドロシーです

 

 ヴェスタ侯爵家 ジャスミン』

 

 当主以外が開けられないよう、走り書きを魔力で封印の上、ラルフに預ける。貴族が密書によく使う手だ。

 そのまま、飲み物の発注数が合わない旨の報告を聞いてホールを飛び出していった。 

 そもそもジャスミンはこの後も忙しいのである。真実の愛に酔ってるお子ちゃまのオママゴトに付き合う趣味も時間もなかった。

 

 パーティー会場に残されたラルフとドロシーはかなり気まずい。

 周囲は『いい歳なのにロマンス本ごっこをやろうとして、相手にされなかったおバカさんたち』という空気。

 二人で楽しく考えていたキメ台詞も、具体的な告発も、何も言えないまま当事者の片方が去ってしまったのだから、肩透かしも良いところだ。

 

 とはいえ、明日のパーティーが終わるまでに婚約破棄を完遂しなければいけないのだから、ラルフにもボーッとしている時間はなかった。

 

 封印されたメモ書きの中身を知らぬままラルフは大急ぎで自宅に帰り、父親にその手紙を渡し――深いため息と共に婚約解消の了承を得た。

 婚約の解消には双方の当主が話し合う必要があると思っていたラルフは面食らう。


「ヴェスタ侯爵邸にお伺いして、当主から承認を取り付けなくて良いのですか?」

「……お前は何を言っている? まさか、ヴェスタ侯爵が誰か分かっていないのか?」

「? ジャスミンの父上ではないのですか?」

「このバカ息子が! ジャスミン嬢は侯爵令嬢ではなく、侯爵家女当主ご本人だ! だからこそ、長男ではあるが第二子のお前を婿にやろうとしていたのに……!」

「えっ!?」


 ラルフは、初耳だ! と叫びたいが、ふと気づく。

 彼の学年の、式典委員の人事についてだ。


 最も家格の高い令嬢にして隣国王太子妃(予定)である公爵令嬢が式典委員になれないのは、結婚の日程が迫っているという事情があるからだ。

 それは分かる。

 なのに何故、侯爵令息のラルフではなく、同格だが女のジャスミンが「家格を考慮して」選ばれたのか?


「……あっ。そういう、ことか……?」


 ――答えはシンプルだ。

『侯爵令息よりも、女侯爵本人の方が格が高い』

 それだけである。


 考えてみればヒントはあったのだから、気づけなかった方が悪い。貴族社会とはそういうところだ。

 面倒な委員を押し付けられずに済んで運が良かったなぁと考えていたラルフでは、この事態を迎えでもしないと一生気付かなかったことではあった。


 それはそれとしてラルフは、その本性において、自覚のないクズである。

 入学してから婚約者ができたのに、ほどなく学園内で不貞の相手を見つけたこと――だけではない。 

 手に入る寸前でこぼれ落ちてしまった侯爵家当主の地位を惜しんだ、真性のクズであった。

 真実の愛たるドロシーとの結婚を自ら望んだのに、子爵家の婿の身分がひどく色褪せて感じられてしまった。


「うまく行けば侯爵領二つ分の広大な地域で共同事業もできた、二領にかかる金鉱の採掘権交渉もやりやすくなったかもしれないものを! 本当にこのバカ息子が……貴様なぞ勘当だ、廃嫡だ! 子爵令嬢だかなんだか知らんが、卒業式が済んだらどこへなりと婿に行けばいい!」

「そっ、そんな、父上、」

「父と呼ぶな、廃嫡だと言っただろう! 卒業させねば我が家が恥の上塗りとなるから、お情けで卒業式まで置いてやるだけだ!」


 家令に命じて執務室からラルフをつまみ出し、机の上で手を組んで嘆息するガミュス侯爵。

 五年前、偉大な魔女に願ったことが叶って『しまった』ことに、深い深い落胆を噛み締める。


 長子相続が原則のイズファータ帝国で、ガミュス侯爵は長子の娘と、第二子の息子を得た。順当に行けば娘が女侯爵となり、息子は婿に出すか姉の手伝いをする人生になる。

 しかし息子は、娘が同じ歳だった頃よりも才能の片鱗を見せていた。それにより、ガミュス侯爵は迷った。

 たった数歳の差であれば、より優秀な方を……しかし原則に背くことをすれば、家中を二つに割る危険性もある。

 

 侯爵領は広く、領内には代官としての子爵家や男爵家といった下級貴族が多数存在する。

 それらをまとめ上げるのに、女ゆえに見くびられる可能性のある娘を選ぶか。原則に背いたことで正統性を認められない可能性がある息子を選ぶか。 

 どちらかを選べば、どちらかの可能性を摘んでしまう。

 親心ゆえ、どうしても決めきれなかった。


 ゆえに彼は、偉大な魔女に真摯に願った。

 己は我が子の未来を手に掛けられぬ愚かな親ゆえ、どうか魔女の慧眼を以て、より帝国の守護者としてふさわしい方を示したまえ、と。


 おそらく、その結果がこれなのだ――と直感した。

 

 息子は婚約の意味を分からず、それどころか婚約相手の身分すら興味を持たぬまま『侯爵家当主』となれる道を自ら塞いでしまった。

 婚姻が成立すれば、息子の代で二つの侯爵領を合わせて公爵家に陞爵できる道もあったというのに、その可能性を潰してしまった。

 

 家に最も利益をもたらす結果を最悪の形で手放した息子は、一族内から『家への背信』と言われてしまう。息子を教育しきれなかった侯爵本人にも突き上げがあるだろう。

 ゆえに、ことが露見する前に勘当する以外の選択肢は残されていなかった。


(偉大な魔女よ、感謝いたします……あの子が此度、件の子爵令嬢に出会ったゆえにその愚かさを知らしめたこと、魔女の采配と存じます。我が子可愛さに目の曇った私では、あの子の愚かさに気付けず、もっと後から大きな問題となっていたことでしょう……)


 息子への落胆と、魔女への深い感謝。

 ただひとつ、ガミュス侯爵の気になったのは。

 こんな息子の愚かさに巻き込まれてしまったヴェスタ女侯爵に、非常に申し訳ないということであった。




 - - -



 翌日の夜。

 帝都マーリィカの上級貴族の邸宅街、その一角にあるヴェスタ侯爵家のタウンハウスにて。

『ジャスミン』が秘蔵品の白ワインを開け、家令を晩酌に付き合わせていた。

 

「っはー、今回の仕事おーわりっ!」

「お疲れさまです、奥様。今回は四年間のお務めでしたか」

「そーねぇ。毎回長くなるけど、これも大事な仕事だからねぇ」


 とても貴族のご令嬢には見えない様子と口調でかぱかぱとグラスを開けていくジャスミン――通り名は『偉大な魔女』。

 本日めでたく成年貴族となった扱いであるはずの彼女は、御年数百歳。

 

 五年前にガミュス侯爵からの祈りが届いた彼女は、すぐさま彼の娘と息子を『審査』した。

 息子のクズさに気付いて、迷わず娘を次期当主にすると決め、行動を開始した。

 具体的には、ラルフが侯爵の後を継ぐ目が完全に潰えるように、分かりやすい失態を演じさせることにしたのだ。

 

 魔女は、初代皇帝に乞われてイズファータ帝国に身を置くことにした際「人間社会での隠れ蓑として、いくつか持っておくと便利だろう」と言われ贈呈された爵位がある。

 法服貴族ではなく領地までもらったのは「なに考えてんだコイツ」と思わないでもなかったが、くれるというからありがたくもらっておいた。

 侯爵位を基本に、従属爵位として伯爵から男爵まで持っており、普段は使い魔を人間に変身させて血筋が継承されているように見せかけているのだ。

 

 今回はその中から、もっとも都合のいい侯爵位を使い、『先代が死んで若くして爵位を継いだ一人娘ジャスミン』という人物像(プロフィール)を用意した。

 女侯爵本人であるジャスミンとの婚約をラルフの希望または有責事項により解消すれば、どうあがいても廃嫡は免れない。

 おとなしく結婚していれば、一旦は姉がガミュス女侯爵になったあと、ヴェスタ侯爵領を手土産に実家に返り咲き、ガミュス公爵になる目もある、その可能性を一応残したが、彼は実に勢い良くその可能性から滑り落ちた。


 家令――に化けた使い魔――がマタタビの小枝を漬けた酒で唇を湿らせて笑う。


「初代皇帝の願いは『長子相続を原則とする我が帝国で、長子だからとて無能が爵位を継ぐことがないよう、無能によって帝国が傾くことのないよう、適切に間引いてほしい』でしたか。今回は長子でこそないものの、皇帝の願いに適う依頼でしたな」

「そうよぉ。だから私の耳に届いたの。しばらくはこのタイプのダメ子女は出てこないでしょうね。同世代とひとつ上の世代の廃嫡騒動は、教訓として残るから」

「左様ですな。さて、これでしばらくは奥様がゆっくりお休みいただけると良いのですが」


 ジャスミンと呼ばれた魔女は、名にし負う白い花を魔法で出し、グラスに浮かべた。

 香りを楽しみ、やがて花ごと喉の奥へ押し込む。


「どうかしらねぇ。同じ失敗をしないだけで、別の愚か者が出てくるだけよ。そこがニンゲンの可愛いところじゃない」



 そうしてまた、魔女は悪女を演じる。

 

 国の中枢に到底ふさわしくない人品卑しい者が、権力を得てしまわぬよう。

 若い内にその芽を摘むため、歳の近い生徒に化けて。 

 帝立貴族学園を彼女の狩り庭として、初代皇帝に頼まれた仕事を果たすのだ。


 その仕事が無いときの手慰みにあちこちで気まぐれに人助けでもしつつ、霊廟を通して祈りが届くのを待っている。

黒電話が鳴って「まいど、悪女屋です!」って言ってるイメージだけど、この世界にまだ電話ない。

魔法の火で手紙燃やしたら相手に届くから、通信技術が発達しなさそう。

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