「月が綺麗ですね」、「ええ、そして貴女(あなた)も綺麗ですよ」
ある日の夜、とある動画がライブ配信された。配信者は最近、少し人気が出てきた二十代の女子。いつもと変わらない始まり方で、しかし変化があったのは、まず動画を配信している場所だった。
「はい、どうもー。『お月見チャンネル』、今夜も始まりました! 始まりました、なんて言っても、いつも大したことはしてないですけどね。月が綺麗に見える夜、視聴者の皆さまと一緒に、月夜の映像を見ながら色々と雑談をするだけのチャンネルです。動画の司会は毎度おなじみの私、月子ですー。もちろん本名じゃないですよー、この自己紹介までが毎回のお約束ですねー」
『始まったー』、『あれ? いつもと撮影してる場所が違う?』、『て言うか月子ちゃんの隣に誰か女子がいる? ゲストさんかな?』
動画には視聴者からのコメントがライブで届いている。
「あ、気づきましたかー。ええ、いつもは私の部屋から配信してるんですけどね。実は最近、ちょっと私も驚くような出来事がありまして。私、しばらく日本を離れることになったんですよー。今日は、その辺りのご報告もしたいと思いますー。たどたどしい説明になりそうですけど、頑張って話しますので、どうかチャンネルはそのままでー」
『ええっ? さらっと重大発表!』、『なに? 夜逃げ? 国際結婚?』、『俺も月子ちゃんと、地上を離れて月を見て暮らしたい』、『なに言ってるんだ(笑)。飛行機で逃亡生活か』
「コメントありがとうございますー。ええっと、夜逃げではないですよー。でも、ちょっと近いのかな? 今までの環境から、遠く離れたところに来たのは確かなので。そして、さすがですね皆さんー。国際結婚っていうのも、地上を離れてるっていうのも、そのまんまって言っていいくらい近いです! たぶん皆さんの想像とは、ちょっと違うと思いますけどー」
『え、本当に結婚?』、『そんな! 俺の月子ちゃんが!』、『ふざけんな! お前の月子ちゃんは俺の月子ちゃんだ!』、『俺とお前と、みんなの月子ちゃんだけどな』、『て言うか気になってるんだけど、隣に女子がいるよね? 誰なの?』
コメントが飛び交う。そんな中、司会である月子の隣にいた女子が、動画の中央に入ってきた。月子は金色に髪を染めていて、その隣の女性は黒髪だ。二人の女子は、どこか雰囲気が似ているように見える。仲睦まじい様子が、そう見せているのだろうか。
「月子が困っているようなので、わたくしが説明しますね。わたくし、月の女王をしております。つい最近まで王女でしたから、なり立てです。わたくしは月子の動画を月から見ていて、彼女を愛してしまいました。それで先日、いても立ってもいられなくなって、地球を訪れて月子にプロポーズをいたしました。現在、わたくしと月子は地球を離れて、月で生活をしております」
『なんという急展開』、『て言うか、月から地球の動画って視聴できるんだね……』、『ちょっと今でも、まだ信じられない』、『証拠映像も見せてもらったんだから認めようぜ』
「えー、コメントありがとうございますー。えぇ、私もビックリですよー。私の動画ってマイナーなのに、まさか月の女王ちゃんからチェックされてたなんて光栄ですよねー。さっきも女王ちゃんが説明しましたけど、今は俗に言うUFOの中から動画配信しています。UFOの窓から、満月みたいな地球が見えてたでしょー? 青くて綺麗でしたねー。月よりも大きいから迫力がありました。私は、あの星に住んでたんだなぁって思うと……そして今、皆さんが住んでいるんだなぁと思うと感慨深いですー」
「視聴者の方からコメントが、ございましたね。ええ、月からも、地球の動画やコンテンツは視聴できるのですよ。あまり自慢できる話ではないですけど、月では娯楽が発達してないので。それで盗み見るような形で、地球のエンタメを楽しませてもらってます。科学技術は地球より発達していますからね、クリアな映像で視聴できてますよ。言葉は日本語が、昔から月での公用語になってましたし」
『え? 月で地球の言葉が、昔から使われてたの? 月と地球で、交流があったってこと?』、『あー。俺、分かっちゃったかもしれない』、『ほら、昔話であっただろ。月の女性が地球で育てられて、また月に連れ戻される話がさ』、『まさか! いや、そんな。カルチャーショック!』
「勘のいい視聴者さんがいますねー。えぇ、私は女王ちゃんから聞いてます。竹取物語ってありましたよね、昔話で。あれに出てくる、かぐや姫が、女王ちゃんのご先祖さまだそーです。ビックリですよねー、私もビックリですよ。あの話、実は実話だった! そうなんでしょうか」
「月子にも言いましたけど、古い話なので、竹取物語が何処まで実話なのかはハッキリしません。今もそうですけど、月の住人は昔から女性だけなのですよ。当然、月を統治するのも女性の王で、昔は凄絶な権力争いがあったようです。かぐや姫は、おそらく正当な王位の継承者で、一時的に地球へ避難させられたのでしょうね。そして日本語を覚えて、月へ帰ったのでは」
『なるほど。それで王族が、日本語を公用語にしたのね』、『て言うか、女性しかいないんだね月って』、『ウサギのバニーガールちゃんは、いるのか、どーか』、『女性同士で子供を産むことも可能になってるのかぁ、科学は偉大だね。それで同性の月子ちゃんが、女王の恋愛対象か』
わいのわいのと、動画のコメントは賑わっている。
「女王ちゃんの話によると、過去の権力争いで殺害を恐れて、月から地球へ逃れた王族の人って多いんだそーです。だから私も、ひょっとしたら、ご先祖さまが月にいたかもしれないんですって。私が動画の『お月見チャンネル』を始めたのも、それが原因なんですかねー。月を見て、郷愁というか、無意識に懐かしさを感じてるんでしょうか」
「月子は半信半疑みたいですが、わたくしは確信していますよ。月子が、月の王族に連なる血を引いていると。分かるのですよ、初めて地球の動画で、月子を見たときから。わたくしをこんなにも虜にする女性など、これまで存在しませんでした。月の王族を先祖に持ち、地球人の血を引いて生まれた月子と出会えたのは、わたくしに取って奇跡としか言い表せない出来事だったのですよ」
『分かるわー。月子ちゃん、可愛いもんなぁ』、『月子ちゃんの魅力は宇宙レベルだったか』、『て言うか、月子ちゃんは大丈夫なの? 同性婚とか、地球を離れることとか』、『うむ、聞きたい』
「……戸惑いがないって言ったら、嘘になりますけど。でも私、幸か不幸か、天涯孤独なんですよねー。親が亡くなってて、私の本業は会社員ですけど、職場の上司がセクハラ親父で。色々、嫌になってたときに、UFOで来た女王ちゃんからプロポーズされてですね。こんな私で良ければと、お受けしましたー。会社も辞めちゃいました、この金髪は職場で浮いてましたしね。あはは。心機一転、地球を離れて、女王ちゃんのお世話になろうと思ってます」
「月子の説明どおり、わたくしが彼女にプロポーズをした次第です。動画配信は月子の趣味として、これからも続けますので安心してくださいね。それに、わたくしは月子を地球から、永久に連れ去るつもりはないのですよ。月子にも地球の友人が、いますからね。彼女には定期的に、地球へ行ってもらいます。そして、これからの、月と地球の交流に貢献してもらいたいのです」
『え? どゆこと?』、『月と地球の交流! スケールが大きな展開キター!』、『月子ちゃんが親善大使か、月と地球の』、『俺たちは歴史の証人になっている。たった今!』
思わぬ展開に、コメントは熱気を帯びていた。
「えー、私も女王ちゃんから聞いて、驚いたんですけど。私が月の人間と、地球人の血を引いた存在なら、月と地球の架け橋になれるって言われまして。そういうものかなーと思いました。竹取物語で、かぐや姫を月に連れ去って以来、月と地球の関係って険悪というか。後味が悪い関係らしいんですね。それを改善できたら、素敵だなーと思ってます」
「事実として言いますが、月の科学力は昔も今も、地球より遥かに上です。争いは好まないので、アメリカの宇宙船が月面着陸したときも今も、私たちは月の地下に隠れ住んでいますけれど。そうやって生活するのも飽きました。わたくしは月の女王として、地球との交流を始めたいと思います。それも、日本との交流を最優先に。月子が生まれて、かぐや姫が育った国ですからね。月子との結婚も正式に認めてもらうべく交渉します。断られたら軍事力で、日本の自衛隊を無力化させてから平和に解決しますかね」
『なんというパワー交渉』、『愛と戦争は全てを正当化するのだ』、『俺たちは、月子ちゃんの結婚を応援するぜ!』、『俺たちが、地球代表だ!』
「えー、女王ちゃんが怖いことを言ってますけど。大丈夫ですよー、竹取物語でも、月の使者が簡単に、地球の軍隊を無力化してましたし。視聴者の皆さまが、戦渦に巻き込まれることはありません。女王ちゃんに寄れば、月の科学技術を日本に、優先的に伝えるそーです。そうやって交渉すれば、うまくいくと思ってます。じゃあ、そろそろ配信を終了しますねー。夜空の月の映像を見ながら、お別れです。ではエンディングの決まり文句を。月が綺麗ですね」
「ええ、そして貴女も綺麗ですよ、月子」
コメント欄に『エンディングの決まり文句、女王ちゃんに言われたー』などとメッセージが流れて。そして、動画配信は終了した。
今も昔も、月の美しさは変わらない。そして恋人同士が月を見ながら語らう姿も同様に。しかし世の中は、変わるときには一瞬で変わるのだった。