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【書籍化&コミカライズ】悪役令嬢なので、溺愛なんていりません!  作者: 美依
第四章

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 栄光の日――勇者が魔を封じた日には国を挙げて祭が催される。そこで、聖女誕生の発表とお披露目がされると決まってからは、あっという間だった。


 迎えた当日は天気が良く、強すぎない日差しが降り注いでいる。街の通りにはずらりと並んだ露店が、賑わいをみせていた。


 楽しげな空気が辺りを満たし、偉大な英雄の崇高な意思を称え、祝福を――そんな台詞があちらこちらから聞こえてくるので、フェルナンドが不愉快そうにふんっと鼻を鳴らす。


 事情を知っているアレクシアも、妙にしらけた気分で勇者を褒め称える声を聞き流していた。


「しっかし、アレクシアはちゃっかりしてるな」


 子どもの姿で簡素な木の椅子に座ったフェルナンドが、呆れ半分、感心半分の感想を洩らす。褒められたと、アレクシアは取っておくことにした。


「商機を逃すわけにはいかないでしょう?」


 せっかく国を挙げてのお祭りだ。全力で乗っかりましょう! と、野菜スイーツの店をアレクシアは出している。正式な店舗のオープンを前に、宣伝も兼ねていた。


 購入してくれた人、興味を持ってくれた人に渡す、開店のお知らせのショップカードもたっぷり用意している。売り子もいて、準備は万端だった。


 生粋のお嬢様であるアレクシアは視察専門だ。見た目はお忍びスタイルで、髪を二つに分け、緩く編み込んだ町娘に擬態姿なので客の応対をしてもいいが、マリッサの目が怖い。


 同行できないサヴェリオとレイモンドにより、隠れた護衛も大量に投入されていて、告げ口の危険もあるのでおとなしくしていた。


「これ、本当に野菜のお菓子なの?」


 スイーツを眺めていた子どもが、素直な疑問を口にする。母親も半信半疑だ。


「はい。よかったら試食してみてください」


 応対する売り子が一口サイズの試食を差し出し、野菜が苦手なのだろう子どもが、恐る恐る口に運ぶ。


 食べた瞬間、ぱあっと明るい笑顔になる。はい、お買い上げありがとうございますーっとアレクシアも表情を綻ばせた。


「ほんとこれに野菜が入っているって、嘘だろ、詐欺だろって思われそうだよな」


 手に取って眺めた焼き菓子の包装を解くと、フェルナンドはぽいっと口に放り込む。


「ちょっとフェル、それ売り物」

「いいだろ、一個くらい」


 二個目に伸ばそうとする手をアレクシアはたたいた。

 けち、とフェルナンドがむくれるが無視する。楽しげなざわめきを聞いていると、平和だなと感じた。


 高位貴族に名を連ねているので、不穏な情報も入ってくるのだがアレクシアには関係ない。


 以前接触を図ってきた第二王子の件も、勝手に解決している。聖女の誕生を知り、そちらの懐柔に切り替えたらしい。


 ジェフリーに今も傾倒していると一芝居打ったアレクシアと聖女を天秤にかけて、聖女の方が王太子になるには有利だと判断したようだ。


(代理なんだけどね。残念!)


 強かな行動にでたところで、母である側妃の目論見はディアナから王家に伝わっている。表だってディアナを処分しないことから、側妃に関しても同様に処分できないらしい。


 ただ今後王家がどう判断し、どう動くかはアレクシアたちには与り知らぬ所だ。


「どうしたんだ? にやにやして」

「失礼ね。第二王子が聖女様にご執心なんだって」


 はっ、と馬鹿にしたようにフェルナンドが笑う。


「アレクシアを選んでいれば、どっちも手に入るのにな。馬鹿なやつ」

「なんか私が重要な役割みたいで、すごく嫌」

「みたいじゃなくて、実際そうだと思われますが」


 マリッサから突っ込みが入り、くぅっとアレクシアは息を呑む。


「マリッサに現実を突きつけられてる!」


 いっそ開き直って、陰の支配者になってやろうかと考える。与えられた役割が悪役令嬢なので、聖女としてちやほやされるより前向きに考えられる役回りだ。


「アレクシア様!」


 妙な思考に陥っていると、少年特有の少し高い甘い声が現実に引き戻す。

 視界に映った姿に、アレクシアは自然と笑顔が浮かんだ。


「カイル様」


 立ち上がり、出迎える。傍らにいる人にもアレクシアは気づいた。


「今日はお兄様と……ガラッシ様もご一緒ですのね」

「野菜のスイーツを売ってるっていうから買いにきたけど、ロシェット嬢、なんか印象違うな」


 縦ロールの濃い化粧の姿しか、ステファノは知らないのだと気づく。


「いつもの姿ですと、市井では浮きますので」

「あー! 確かに」


 得心がいったと笑うステファノに、それはそれで複雑になる乙女心だ。 


「あれ? そこにいるのレーマン嬢とファール令息だよな」


 笑顔で接客する二人に気づいたらしい。

 少し訝しそうな顔をステファノが見せた。


「よくわかりましたね」

「いや、そりゃわかるだろ。交流会でも顔を合わせてたしさ」


 なんで? と顔に書いてあったので、アレクシアは疑問に答える。


「二人は学園卒業後、我が家の商会で働いてもらうことになりましたので、今から少しずつお手伝いをしていただいてます」

「働く? なんで?」

「我が家の雇用条件がいいからでしょうね」


 あの日、王家と約束した監視もあるので、アレクシアの商会で働いてもらえば一石二鳥だとディアナに提案した。


 少し驚いていたが、了承してくれた。


「私の寿命はもうそう残っていないでしょうけど、尽きるまでは働くわ」

「言質は取りました。では私の手となり足となり、たっぷり働いていただきますわよ」


 容赦ない宣言に、ディアナが笑った。

 けれど楽しそうで、一人で抱えていたものを手放し、身軽になった表情だった。


「その前に、ディアナ様に会いたいと願い出た方がいらっしゃるの」


 エリックに目配せして室内へ入れてもらうと、ディアナが軽く目を見張った。

 ラウルだ。すぐにディアナへと駆け寄り、抱きしめた。


「ディアナ、無事で良かった」

「……まだ、私の洗脳が解けていないようですね」

「洗脳などされていない。自分の意思で、ディアナに協力していたんだ」

「そう思い込んでいるだけです」


 そんなやりとりを繰り返しているので、アレクシアは掌に扇子を軽く打ち付けた。二人の意識が向けられたところで、口角を軽く上げた。


「では、洗脳が解けるまでは、お二人一緒に私の商会で働く、というのはどうでしょう?」

「はい!」


 即答するラウルに、ディアナが眉尻を下げる。私はいなくなるのに――と、悲しみの滲む微かな呟きがアレクシアは聞こえた。


「では、決まりですね。さて、と。後出しで卑怯と言われそうですが、ディアナ様の寿命の件は解決できるかと思います」

「ありえないわ」


 ゆるりと、ディアナが首を振った。

 覚悟を決めているのか、希望を見いだす様子はなかった。


「フェル」

「ったく、甘いよな。アレクシアは」


 扇子から子どもの姿へとフェルナンドが変わった。

 じいっと窺うように、ディアナを見つめた。


「その手、おまえが魔に属するものだから焼かれたんだな」

「ええ。ロシェット様を操るつもりでした」


 悪びれないディアナにアレクシアが笑う。

 取り繕っていた性格よりも好ましい。


「心臓が魔に染まっているな」

「もう、動きも鈍くなっています」

「原因の、魔を浄化すればいいだけだろ」


 王家との会談を前に、フェルナンドはすべての力を取り戻していた。

 心地好さを感じさせる淡い光がディアナを包み、やがてそれは霧散した。


「魔の力が消えた……」


 茫然とディアナが呟く。心なしか、顔色も良くなったように見えた。


「ありがとうございます!」


 心からの感謝の言葉はラウルからだった。

 すぐにディアナの手を取って、真っ直ぐに視線を合わせた。


「ディアナ、これから先俺と一緒に生きてほしい」

「でも私は罪人で……」

「一緒に生涯背負って生きる」


 真摯な申し出だった。

 しばしの葛藤を見せた後、ディアナが降参するように頷いた。


「アレクシア様。今までごめんなさい。そして、ありがとう」


 泣き笑いのディアナは、ラウルとしっかり手を繋いでいた。


 止まっていたディアナの時が流れ出し、後は人と同じ時間の中で生きて行くことになる。もちろん、アレクシアは王家に報告なんてしない。


 二人共に貴族籍から抜け、平民として生きて行く決意をしていた。商会で働く対価はきちんと支払うので、問題なく暮らせるはずだ。


 王家の手前、制約なしにはいかないので、居場所を追跡できるピアスを二人におそろいでつけてもらっている。外すにはアレクシアの魔力が必要だった。


「え、なら俺もロシェット家――」

「ガラッシ様はどうぞ、王家の近衛騎士を目指してください」

「即答か! 酷いと思わないか? なあ、イアン」


 無言で成り行きを見守っていたイアンに、ステファノが同意を求める。


「アレクシア嬢が正しいな」

「イアンまで……」


 がっくりと、ステファノが肩を落とした。

 何を言われても、ロシェット家に受け入れる気はない。力は分散すべきだった。


「ステファノ様に、近衛騎士はすごくお似合いだと思います」

「そうか?」

「はい」


 カイルに言われて、ステファノが持ち直す。


「よし、何か買ってやろう!」

「いいのですか?」

「おうよ。ちょっと周辺見てくるな!」


 カイルとしっかり手を繋いだステファノが、二人で違う露店を見にいく。実兄であるイアンは置き去りにされていた。


 声をかけようとして、肩に軽く重みを感じる。振り向いて、アレクシアはぎょっとした。


「アレクシア、友達か?」


 は、と息がこぼれる。先ほどまで子どもの姿で寛いでいたのに、いつの間にか大人の姿に変わったフェルナンドがいた。


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