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最後に向き合ってみるのもいいかと、ディアナはアレクシアの提案を了承する。どうせもう終わりに向かっているからと、静かな覚悟が窺えた。
身柄は魔の力を封じて、神殿が預かることに決まる。牢でもいいのにと呟くディアナは、窓のない簡素な部屋で過ごすことになった。見張りには聖騎士がつく。
まずはサヴェリオから国王へ、秘密裏に話を通すことにした。それを受けて調査した結果、ディアナの告げたことすべてが本当だとわかったらしい。
現国王も、血は間違いなく継いでいる。とは言え、本来の王位継承者は別にいた。
ただの継承権争いともいえるが、権力の乱用が下地にある。今回話を持ってきたのがロシェット家であり、対応を間違えば関係にヒビが入ると国王は察して、王太子の素質を見る機会でもあるとジェフリーに一任した。
そして神殿で、面会を果たす。
背をぴんと伸ばしたディアナが、ジェフリーと向き合った。
「非公式の場ではあるが、判断は私に任せると国王から正式に命を受けている」
誠意を見せるように、王家の護衛は扉の外だ。
代わりに聖騎士とエリックが立ち会っている。立会人は、神官長と聖女として王家にも知らせたリサ、そしてアレクシアが扇子を手に部屋の端に控えていた。
「国王は簡単には城を空けられない。事情を聞けば、王城内は信用に足らないと納得もできる。だからこそ、私が来たと理解してほしい」
ジェフリーから説明を受けたディアナが、静かに頷く。
「当時の国王に、本当にそっくりだわ」
思わず、アレクシアはジェフリーの顔を見つめる。不愉快そうな感情はなく、真摯にディアナに向き合っていた。
「ならば私が謝罪に赴いたのは正しかったのだな。ディアナ嬢、当時の国王が、王家がすまなかった」
潔く、ジェフリーが頭を下げる。本来王族は軽々しく謝罪を口にしない。
「私の謝罪などなんの慰めにもならないだろうが、非は認めるべきだ。祖先に対して恥を感じる」
しばらくジェフリーを見つめていたディアナが、そっと息を吐いた。
「今更無関係な方に謝罪してもらっても、すっきりしないわね」
凪いだ顔でディアナが呟く。
けれど瞳に憎悪は見られない。謝罪を受け、気持ちに区切りをつけられたようだ。
「私にはもう、大切なものは何も残っていないもの。だからこそ、少しだけ軽くなった心で消えるのもいいわね」
生を終える覚悟が滲む、ひどく胸が痛む台詞だ。
二人のやりとりを、誰もが口をつぐみ見守っていた。
「聖樹の浄化にはしばらく時間がかかると聞いている。時間の猶予はまだあるはずだ」
「あら、処刑されないの」
明日の天気を聞くような、軽い声だ。
「処刑されるような罪を犯していない」
「甘いのね」
くすくすとディアナが笑う。
「でもそれが、あの頃の王家ではないのだと感じられるわ」
「ただ、魔の力を持つ君を、自由にすることはできない」
「ええ」
ここかな、とアレクシアは割って入ることにした。
「では、ロシェット家の監視下に置く、ということでどうでしょうか? 王家に不信感をお持ちのディアナ様は、謝罪を受けたからと信じ切れないでしょうから」
王家からの監視は負担になるよーと、さりげなくジェフリーへ伝える。賠償も何も望んでいないディアナは、謝罪を受けた後は縁を切りたいはずだ。
「ロシェット家には負担をかけると思うが」
「かまいませんわ。ディアナ様はいかがでしょう?」
「私はロシェット家の方が気持ち的に楽だわ」
「ならば、それでかまわない」
話がまとまると、ジェフリーは再度謝罪の言葉を口にして立ち去る。神殿の関係者にも、アレクシアは席を外してもらった。
「あなたを狙っていた私を保護するなど、奇特ですね」
「善意だけではないので、ご安心を」
下心があるとアレクシアが伝えると、ふふ、とディアナが吐息をこぼす。
「こんなにも王族に嫁ぐのにふさわしい方に見向きもしないなんて、何を考えているのかしら」
「ディアナ様、まだ公表はされておりませんが、実は私、王太子妃候補から辞退していますの」
虚を衝かれた表情を、ディアナが見せる。すぐに吹き出して、楽しげに笑った。
「最善を逃すなんて、本当にあの血筋は愚かね」
笑いを収めたディアナが、しみじみと呟く。
けれどその声にはもう、負の感情はこもっていなかった。
「リサさん、あなたにも悪いことをしたわ。謝ってすむことではないけど」
ディアナも良心が咎めたのか、操り利用していたのはリサ以外破落戸や、野心の強い者たちばかりだった。
「恨んでいません。素敵な縁をいただきましたので」
「あなたもお人好しなのね。でもありがとう、リサさん」
はあ、と深いため息をディアナが吐き出す。
「本当に、長かった人生がやっと終わるのね」
ぽつりと呟いた声が、しんみりとして室内に広がった。




