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【書籍化&コミカライズ】悪役令嬢なので、溺愛なんていりません!  作者: 美依
第三章

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 迷惑でしかなかったサヴェリオへの縁談が消え去り、アレクシアが晴れやかな気持ちでいると、学園行事を手伝う対価がなぜか豪華になった。


 婚約者候補の交流日に、家に届けられた分だ。

 約束である芸術品のようなケーキたちに、日持ちする焼き菓子の詰め合わせ、秘蔵とわかる高級ワインが数本添えられていた。


 過剰では? と困惑していたのはわずかな間で、すぐにひらめきに変わる。側妃の愚行に対する王家からの謝罪の品だ。


 体面もあり、公然と贈ることはできない。けれど都合が良いことに、ジェフリーがアレクシアへスイーツを届けていた。そこに便乗した形だろうと、察した。


(陛下も大変ね……)


 政略結婚で娶った側妃は無能なだけでなく、筆頭公爵家の当主を怒らせて王家に迷惑をかけ、息子のジェフリーは王太子妃の最善であるアレクシアを逃した。


「アレクシア、このワインもらっていいか? 飲みたい」


 弾んだ声に、意識を引き戻される。ワインの価値がわかるのか、フェルナンドの目が輝いていた。


 上目遣いでねだるのが、あざとい。愛らしさにアレクシアが弱いことを、すっかり把握していた。


「フェル。子どもはお酒のんじゃだめでしょ」

「だから、俺は子どもじゃないっての! なあ、いいだろ」

「んー?」


 王家から贈られた謝罪の品々を眺め、アレクシアは悩む。


 サヴェリオへの縁談は不愉快ではあったが、心情以外で実害はなく終わったことだ。解決してしまえば、案外怒りは持続しない。


 パティシエ渾身の焼き菓子たちが輝き、心を晴らそうとするかのようで、せっかくなのでもらっておくことにした。


「フェル、一本だけよ」

「やった。ありがとな」


 吟味して一本を選び、フェルナンドは瓶を大切そうに抱える。見た目が子どもなのでワインがしっくりこないが、元々長い年月を経た剣であり、喜んでいる顔が可愛いので良しとした。



 そしてなんの憂いもなく、アレクシアは花の祝祭日を迎える。準備も、滞りなく終えていた。


 とはいっても、そう忙しくなかった。

 提案したものは、簡単に言えばミスターコンテストだ。


 エンターテイメント性はあるけれど、準備に苦労するものではない。事前投票の集計が手間なだけで、上位九名が決まってしまえば後は当事者に説明し、承諾を得て当日を迎えるだけだった。


 大方の予想通りの顔ぶれが選出されている。乙女ゲームの攻略対象者のジェフリー、イアン、ステファノ、ルイジ、そこに悪役令嬢アレクシアの兄であるレイモンドも名を連ねていた。


 さすが婚約者のいない公爵家嫡男だ。重度のシスコンだけど、顔面偏差値肩書きは最高だった。

 残り四名は上級生からで、こちらは縁組みを狙うガチさを感じた。


 その候補者が揃う控え室に、アレクシアは軽いノックをして入る。着替えている、なんてことはないので遠慮はいらない。衣装で散々悩んだけれど、やはり学生の定番である制服にしたからだ。


 幾人かで分かれ、談笑している。見目のいい男子生徒の集まりはキラキラ輝いて見えて、足を踏み入れた瞬間から目の保養だった。


(職権乱用最高!)


 心の中で歓喜の声を上げる。緩みそうになる表情をアレクシアが引き締めていると、不穏な空気が漂っているかのような一角があることに気づいた。


(なんだろう?)


 珍しい組み合わせだ。

 けれど我関せずを貫いてはいけない気がして、アレクシアは様子を窺いに行く。


「最近、妹に近づきすぎだ。キャフリー令息」


 淡々としたレイモンドの声が聞こえる。向けられたイアンの表情は変わらないので、何を思っているのかはわからない。


「ガラッシ令息、君もだ」


 こちらはわかりやすく、困惑した表情を浮かべた。


 悪い予感が当たっていたことに、アレクシアは頭を抱えたくなる。この状況はイアンとステファノが話しているところに、レイモンドが合流したと見た。


 なんて冷静に分析している場合ではない。

 アレクシアとの関係がどうこうなど完全に邪推でしかなく、二人は迷惑なだけだ。


「お兄様、何をなさっているのですか」


 頭から、角がにょきにょき生えてくるイメージが浮かぶ。

 シスコンではあるが、アレクシアにとっては愛情を注いでくれる優しい兄であり、大切な家族だ。けれどフィルター越しに見たもので言いがかりをつけ、迷惑をかけてはいけない。


「シアと適切な距離を取ってもらうように言っていただけだ」

「今でも適切です」

「どこがだ、先日――」

「お兄様、そんなことよりも小道具を持ってきましたのでつけてほしいです」


 余計なことは言わないでー! と、アレクシアはレイモンドの台詞を遮る。さあ、意識をこちらへ向けてと控え室に来た目的を軽く掲げて見せた。


「……小道具?」

「はい。投票の薔薇を染める色見本です」


 本来女性が贈るのは白い薔薇だが、今回の企画では渡すだけで返花がないこと、誰に投票したのかをわかりやすくするために、決められた色に染めた薔薇を渡してもらうことにした。


 学園ではこの花の祝祭日のために、入学してすぐに魔力制御の授業で練習させられる。男子生徒だけでなく、女生徒も問題なく染められるはずだ。


「一目でわかるようにしました」


 ウサギの耳が付いたカチューシャを、レイモンドの頭に載せる。


「お兄様、お似合いですわ」

「そうか?」


 アレクシアのすることならなんでも許せるのか、レイモンドは褒められ表情を緩めた。

 兄なのに、うっかりときめいてしまった。


「こちらはステージに登場する際に、演出で使うものです」


 説明してもう一つ別の物を渡すと、レイモンドは合わせて見せてくれる。非常にいい感じだ。我ながらいいアイディアだった。


「他の皆様にも――」

「俺が渡してこよう」


 アレクシアの抱えるバスケットを、レイモンドはさっと受け取る。色見本なので渡す人が決まっているとメモの存在を伝えると頷き、無造作にイアンとステファノへ渡すとヘルベルトの元へ向かった。


「お二人とも、兄が申し訳ありませんでした」

「構わない」

「予想以上の圧だった……まあそれはいいとして、なんだよこれ」


 手に持ったカチューシャを、ステファノは困惑の眼差しで眺める。犬耳の方が似合いそうではあるが、ウサギの耳も案外良いかもしれない。


 だいたい髪色を意識した色になっている。ジェフリーだけが白だ。

 うまく薔薇を染められない女生徒でも渡せるひそかな救済措置であり、人気を二分する片割れが黒なので白がいいよね、という安易さもあった。


「見ての通り、ウサギの耳付きのカチューシャですわよ」

「いやだから、色見本ならもっと他にあるだろ」

「皆様へのサービスです」


 笑顔で言い切れば、ステファノは反論が見付からなかったらしい。


「なんでイアンの耳は垂れてんだ?」

「なんとなく?」


 ぬいぐるみの印象があったので、悪戯心で垂れ耳にしてみたがその判断をアレクシアは褒めたい。似ている。そしてギャップが最高だ。


「会長のものにはリボンが付いていますわよ。ガラッシ様もアレンジしますか?」

「このままで!」


 イアンは何も言わないが、困惑しているのはわかる。趣味全開ですわぁと、アレクシアは心の中で高笑いした。


 一番文句を言いそうなルイジは、レイモンドがいるからか絡んでこない。おかげで平和だ。


「じゃあ、この仮面は?」


 仮面舞踏会で使用されるものを用意していた。


「それも演出です。本当は仮面をつけてステージに上がり、取って決め顔からの甘い台詞、を提案したのですが却下されました」

「そんなこと考えてたのかよ」


 想像したのか、ステファノの眉尻が下がる。ノリが良くやってくれそうな性格なのに、駄目らしい。


「ええ。ですが会長にそれを頼んで了承をもらえる自信がないと言われたもので、あきらめました」


 考えてみれば、自ら参加表明していないのに、面倒くさそうなオプションを受け入れてもらえるわけがない。引き受けてもらえなければ困るので、妥協した形だ。


 ろくなことを考えないと、聞き耳を立てていたルイジの心の声が聞こえるようだ。

 嫌がらせになったようで何よりだった。


「どんな台詞を考えてたんだ?」


 気にはなるらしく、ステファノが尋ねる。よくぞ訊いてくれました! と、アレクシアは候補に挙げていた中から相応しい物を引き出した。


「個人的に採用していただけるのでしたら、スイーツより甘い君の愛で染めた薔薇を俺に捧げて? と軽く首を傾げて、甘えるように言ってください」


 間違いなく、黄色い歓声が上がるはずだ。


「……他は?」


(あら、気に入らない?)


 ぴったりだと思ったのにと、アレクシアは他の台詞を記憶から探る。ギャップもいいかもしれない。


「君の愛で染めた薔薇を私に捧げよ! 泡沫と消える密やかな愛で染めた薔薇をこの手に――」

「あーもういい! 却下した会長に感謝するわ」

「盛り上がること間違いなしだと思うのですけど」


 ファンサービスは大切だ。

 けれど黙って聞いていたイアンからも、同意は得られない。やはりこの案はお蔵入りかと、わかっていたことでもアレクシアは少し残念に感じた。


 パン、とヘルベルトが手をたたく。

 一瞬で、意識が音の方へ向いた。


「もうすぐ時間だ。順位予想も盛り上がっている。協力よろしく頼む」


 これから、最終打ち合わせをするようだ。

 生徒会役員が、ヘルベルトのそばへ集まっている。


「では、私は会場で皆様方を拝見していますね」


 イアンとステファノに告げて、アレクシアは控え室を後にした。


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