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【書籍化&コミカライズ】悪役令嬢なので、溺愛なんていりません!  作者: 美依
第三章

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 一日の授業を終えると、アレクシアは普段よりわずかな憂鬱さを感じる。原因は、時折偶然を装い近づいてこようとするカレンではない。


 うわ、とは思うがあしらうのは得意だ。

 無視してもいい。


 これから学園行事に関しての話し合いのために、生徒会室へ行く約束があるから少しだけ気が重かった。


 引き受けたことには全力で取り組むし、異存はない。

 ただジェフリーを煩わせまいと――黒歴史から目を背けたいともいうが、できる限り関わり合いのない学園生活を送ると決め実行していたのに、当の本人自ら接点を作ってくるから困惑する。完全に想定外だった。


 それだけ生徒会運営に苦慮しているのかもしれない。先んじて、生徒会長自らアレクシアに手伝いを要請していた。


 そのときはきっぱり断ったのに、イアンのアドバイスによりジェフリーが提示した賄賂で、結局引き受けてしまった。


 縁がなくなったはずの生徒会室へ足を運ぶ複雑さと、練り上げた提案書を見せる軽い高揚感が、アレクシアの胸の中でない交ぜになっている。仕事と割り切れば、割の良い話ではあった。


 軽くノックして、生徒会室に入る。約束していたので、役員はほぼ揃っていた。

 以前アレクシアに仕事を押しつけていた、ゲイリーだけがいない。


 以前のように仕事を振られたら撃退してやろうと決めていたが、少しだけ気が抜けた。

 性格が良くない自覚はあるが、ヒロインではなく悪役令嬢なので仕方がない。


「ロシェット嬢、引き受けてくれて感謝する」


 朗らかな笑みで、ヘルベルトが迎えてくれる。傍らにはジェフリーもいた。

 誘った手前、今日は友好的な表情だ。


「今回だけです」

「ああ、構わない。例年通りの行事ならば、どうにか回せるはずだ」

「あと、不機嫌な兄の対応は会長にお任せしますわ」


 想像しただけで面倒だったので、まだ伝えていない。

 最後まで隠し通すのも難しいので、レイモンドの友人とアレクシアは定義しているヘルベルトに丸投げすることにした。


「本当に心が狭いな。レイモンドは」

「わかっていて、先日兄の前で提案されたのでしょう?」

「迂闊だった。こちらで対応するよ」


 笑みに苦みを混ぜて、ヘルベルトが請け負った。

 今はサヴェリオの見合いの件もあって、レイモンドも機嫌が好いとはいえない。通常時よりも当たりが強いかもしれないが、アレクシアの与り知らぬ所だ。


「じゃあ、打ち合わせを始めようか」


 ヘルベルトが宣言する。今まで散々出入りしていたので、他の役員に紹介もなくアレクシアは促された席に着いた。


「案は用意してきましたが……」


 全員が揃ってからの方がいいだろうと、足りない顔を思い浮かべる。元々時間にルーズだったので、いないことに疑問はなかった。


「彼なら、役員から下りてもらったよ。仕事をためて滞らせるだけなら、いない方が迷惑を被らない」

「英断ですわね」


 判断が遅いくらいだ。

 無能なくせに、生徒会役員の肩書きを持ち続けるのはいただけない。


 せっかく得たチャンスを、仕事をさぼり自らの手でふいにするなど愚かだ。卒業後の進路を決める際の加点が消えるどころか、話は自然と広まり不利になるはずだ。


「生徒会役員の指名制も、考えものだな」


 王族、それに準ずる者が在学する際のための制度とも言える。拒否権は存在するので、王族でも必ず役員をするわけではない。


 ただゲイリーのように取り入るのを得意とする者が、生徒会入りする可能性は否めなかった。


 生徒会役員選挙、とアレクシアは頭に浮かんだが、うっかりアドバイスをして手伝ってほしいなど言われたら面倒なので沈黙を選ぶ。


 改革は役員主導でどうぞと、ヘルベルトのぼやきを聞き流してアレクシアは話を進めることにした。


「花の祝祭日の行事にお困りとのことで、提案書を用意してきました。ただ、私の案に異を唱えるのでしたら、お手伝いできることはありません」


 駄目出しされて更に次案を出して――を繰り返すほどの熱意はない。


 特別なスイーツの報酬は心の底から惜しいが、潔く手を引くとアレクシアは決めていた。正規の顔ぶれで解決できないからと要請され、時間を使い考えた案を却下するのならば、自分たちだけで企画立案準備すればいいだけだ。


「もちろん、より良くしようの意見は歓迎いたしますわ」


 変更は許さない! と主張しているわけではない。

 頼んでおきながら、修正案の提示ではなく指示に黙って従え、そんな態度を取るのならば、アレクシアとしては案を使ってもらわなくて結構だ。


「承知した。皆もそれでいいだろうか」


 ヘルベルトが声をかけると、役員たちが真摯に頷く。

 それを見たアレクシアは、では、と説明を始めることにした。


 今回生徒会が開催に悩んでいたのは、国に定着している花の祝祭日に行われる学園行事だ。


 花の祝祭日には、女性が白い花を婚約者や恋人、またはそれに準ずる人に贈り、受け取った人は魔法で花の色を染めて贈り返す風習がある。魔法で染められない者は、白以外の花を買って贈る。


 花の祝祭日に白い花を持ち歩く女性は決まった相手がいないので、男性が花をねだり縁が結ばれることもあった。


 学園では毎年、白い薔薇が女生徒に配布される。それを婚約者や恋人に渡し渡され、生徒会行事として招待した、芸術家たちの音楽や劇を一緒に鑑賞し、親睦を深めるのが伝統だ。


 貴族の子女が通う学園なので、幼い頃から婚約者がいる者が多いのだが、今の年代は王太子が婚約者を定めていないことから、婚約を結んでいない生徒が多い。そのため、行事の趣旨から外れるのが生徒会の悩みどころだった。


「贈る相手のいない花を利用し、楽しめる救済措置を用意すればいいのです」

「どういうことだ?」


 好奇心を湛えた瞳を、ヘルベルトがアレクシアへ向ける。他の顔ぶれも、続く言葉を待っていた。


「まず事前準備として、女生徒に薔薇を渡したいと思う方の名前を書いて投票してもらい、上位九人を選出します。そこにシナー会長を加えて十人、受け取り手のいない薔薇を投票権とした人気投票を花の祝祭日に開催してはどうでしょうか」


 簡単にまとめると、婚約者を定められない原因の人たちは、責任を取って花を受け取ってあげましょう! だ。


「投票で選ばれた候補者には当日目印をつけていただき、あ、もちろんこれにも拒否権はありません。投票、結果発表にも趣向を凝らせば楽しめます」


 渡す相手がいる人は例年通り、いない人、もしくはなんらかの思惑で投票に薔薇を使いたいのならば、自己判断でどうぞで禁止はしない。もちろん、投票を放棄するのも自由だ。


 白い薔薇を持っている女生徒は決まった相手がいないとわかりやすく、男子生徒が意中の人に告白する機会になるのでは? と、用意してきた案をアレクシアは提示した。


「良い案ではあるが、私には婚約者がいるのだが」

「シナー会長は生け贄です。堂々と最下位になってくださいませ。他の方々のために」


 最下位かどうかは投票する人次第だ。

 結果については、アレクシアには関係ない。


「わかった。それくらいのリスクは負うことにしよう」

「ご理解いただけて嬉しいですわ」


 にっこりとアレクシアは笑む。

 人を巻き込んでくれた仕返しだ。


「投票しない方にもメリットがないと楽しめませんので、誰が多く薔薇を受け取るかの予想を任意で提出してもらい、順位をすべて当てた方、もしくはもっとも当てた方に何か景品をお渡しすれば、大体の方に楽しんでいただけるかと」


 ヒロインのナタリーが、誰狙いかもわかる。一石二鳥だ。


 本来のゲームでのイベントは、ヒーローたちがヒロインの持つ薔薇の奪い合いだった気がするが、正確には覚えていない。


「特に下位貴族のご令嬢たちは、普段高位貴族の方々に話しかける機会もありませんし、薔薇を渡す際に、応援していますと直接伝えられるので喜んでいただけるのではないかしら」

「応援?」


 ヘルベルトとジェフリーが、怪訝な顔をする。失言に、アレクシアは気づいた。


「例えですわ」


 必殺笑ってごまかすだ。

 うっかり前世の推し活をイメージし、話してしまった。


「うん、いい案だと思うな」


 ヘルベルトがすぐに、声を上げる。


「そうですね。偏りなく皆が楽しめる案だと思います」


 ジェフリーが追随すると、他の者からも賛成の声が上がった。


「ではロシェット嬢の案で、花の祝祭日の行事は進めていこうか」


 明るいヘルベルトの声が、採用を告げる。これで報酬は確定だと、アレクシアは心の中で拳を握りしめた。


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