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【書籍化&コミカライズ】悪役令嬢なので、溺愛なんていりません!  作者: 美依
第三章

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「カイル様、本日はお召し上がりいただければと、ささやかな品ですが持参しました」


 目配せで、焼き菓子を詰め合わせラッピングしたバスケットをマリッサから受け取る。もちろん、焼き菓子は野菜を使った物だ。店頭に並べるのを意識して、全体的に華やかで可愛らしい仕上がりだ。


「カイル様は、野菜はお好きですか?」

「苦手な物もあるな」

「兄上、言わないでください」


 むすり、とするカイルも、素直に謝るイアンとのやりとりも可愛いらしい。ついにやけそうになり、アレクシアは慌てて表情を繕う。


「こちら野菜を使った焼き菓子ですが、食べやすいと思うのでよろしければ召し上がってみてください」

「ああ、野菜が入っているとは思えないものだ」

「兄上は食べたことがあるのですか?」

「学園にアレクシア嬢が持参しているものをもらった」


 簡単にイアンが説明すると、カイルが頷く。


「今いただいてもいいですか?」

「もちろんです」


 受け取ったバスケットのラッピングを外し、可愛らしく包まれた焼き菓子を一つ手に取る。野菜が入っていると聞いたから、わずかなためらいを見せながらカイルは口に運んだ。


 食べてすぐに、ぱあっと表情を輝かせる。


「美味しいです!」

「お口に合ってよかったです」


 自然と、アレクシアの表情も緩む。

 カイルに向ける眼差しを柔らかくしたイアンも、焼き菓子を手に取る。思いがけず目にした兄弟の微笑ましい光景に、アレクシアは抱えている憂いすら晴れるようだった。


「野菜をお菓子にするなんて、アレクシア様はすごいですね」

「ああ、発想が豊かだ。ブランシュのシェフも、先日のアレクシア嬢のアドバイスのおかげで新製品が完成したと感謝していた」


 新製品も評判がいいらしい。売り上げもいいのだろう、きっと。

 噂話をアレクシアも耳にした。


「シェフが、アレクシア嬢を招待したいと言っていた」


 喜んで! と上げそうになった声を、アレクシアはぐっと呑み込む。

 淑女として、食い気味で答えてはいけない。どうにも前世の粗忽さが顔を出しそうだ。


「よろしいのですか?」

「ああ」

「嬉しいです。カイル様もご一緒にどうですか?」


 静かに焼き菓子を楽しんでいるカイルに、アレクシアは声をかける。プリンは子どもが好きなスイーツのはずだ。


「僕は遠慮しておきます」

「あら、残念ですわ」


 フェルナンドも添えて、プリンを食べているところを愛でたかった。


「気の利かない兄を、どうぞよろしくお願いします」


 弟に駄目出しされたイアンが、軽く眉根を寄せるのが微笑ましい。

 何をよろしくされたのかと疑問に思いつつ、アレクシアは曖昧に頷いておいた。


「ブランシュに行くのは、アレクシア嬢の都合のいい日にしよう」

「お気遣い、ありがとうございます。すぐにでもお伺いしたいのですが、生徒会の手伝いを頼まれていまして」


 そう考えると、最近スイーツの誘惑が多い気がする。そしてそれに、アレクシアは負け続けていた。


「もしかして……ジェフリーが?」

「ええ、魅力的な対価をいただけるとのことで、今回限り引き受けました」


 よくアレクシアが惹かれる対価を思いつけたと、今まで無関心を貫いていたジェフリーの勘の良さに驚きを隠せない。


 外見の印象から想像し、華やかで興味が薄い物を提案しそうなイメージがあった。


「すまない」

「なぜ、イアン様が謝罪されるのですか?」

「ジェフリーが、女性に頼み事をする際に渡すといい成果が得られそうな物を知りたいと言うから、以前アレクシア嬢から聞いたことを俺が教えた」


 アドバイスしたのは、まさかのイアンだった。

 元の発言はアレクシアであり、ある意味自業自得ではあるのだがなんとなく面白くはない。


「構いませんわ。イアン様のおかげで、労働力の代わりですが素敵な対価をいただけますもの」

「忙しい中、仕事を増やしたようで悪い」

「でしたら、兄上が何かアレクシア様のお願いを聞いたらいいと思います」

「いえ、そこまでしていただかなくても……対価はいただきますし」


 特別に釣られ、引き受けたのはアレクシアだ。


「アレクシア嬢、何かあれば言ってほしい」


 カイルの提案に、イアンが乗る。

 そんなことを言われても――と困惑し、アレクシアはふとあることを思いつく。


「カイル様、お兄様が本気で剣を打ち合うのを見たいと思いませんか?」


 唐突に振られた話題に、少し遅れてカイルが笑顔になった。


「はい、見たいです!」

「アレクシア嬢?」


 脈絡がなく、戸惑ったのはイアンだ。


「私の護衛が、なかなかの剣の腕前なのですよ」

「そうなのですか?」

「ええ、イアン様に手合わせをしていただけたら、護衛のエリックの経験にもなりますので、それを私のお願いとさせてください」

「兄上」


 期待を含んだ眼差しを、カイルが置き去りにされていた当事者に向ける。イアンは軽く嘆息すると、了承した。


「カイル、エリック殿がなかなかだとすると、他の者は皆たいした腕ではなくなる」

「そうなんですか!?」


 向けられた驚愕の眼差しに明言せずに、アレクシアは笑みを返しておく。

 公爵家の子息としてカイルも剣の鍛錬を積んでいるのだろう、エリックを見る瞳に興奮の色があった。


 動きやすい服装に着替えるために退席したイアンを待つ間、カイルとの話に花を咲かせる。特に隣国の話を喜んでくれた。


「待たせたな」

「いえ、無理を言ったのは私ですので」


 普段目にすることのない格好のせいか、アレクシアは新鮮に感じる。プライベートなのを、強く感じた。


「楽しそうだったが、何の話をしていたんだ? カイル」

「アレクシア様のお父様の話を聞いていました」

「ロシェット公爵閣下の?」

「はい。結婚の許しを得るためお母様の父である隣国の騎士団長に、剣で勝つまで挑み続けたそうなんです。すごいですよね!」

「そうなのか?」

「ええ、母を嫁がせるのが嫌な祖父が、自分に勝てない男にはやらないと宣言したそうです」

「そうか……」


 反応に困る話を聞かせてごめんと、アレクシアは心の中で謝る。

 それからすぐに話を切り上げ、キャフリー家の鍛錬場へ皆で移動した。


 怪我を考慮して、使用するのは木剣だ。

 中央でイアンとエリックが向き合うのを、アレクシアたちは端の方で見守る。


「エリック殿。せっかく得た機会だ。今の俺の実力を知りたいので、手加減なしでお願いしたい」


 潔いイアンの申し出に、エリックがアレクシアに目で確認してくるので頷く。

 平静を装っているが、語彙が消えるほどにテンションが上がっていた。


「わかりました」


 木剣を構え向き合う二人に、カイルが始まりを宣言する。その声を聞きながら、さあやっておしまいエリック! と、心の中でアレクシアはたきつけた。


 それで溜飲を下げようとしたのだが、すぐにどうでもよくなる。二人の見応えのある打ち合いに、カイルだけでなくアレクシアも夢中になった。


 攻略対象者の身体能力を、甘く見ていたのかもしれない。早々に勝負が付くと予想していたのに、時折危ないところを見せながらもイアンは健闘していた。


 けれど余裕がないのは見ていてわかる。対して、エリックにはまだまだ余力があった。


 勝てないことにイアンは悔しそうで、けれど楽しそうで、夏期休暇では見損ねた、祖父と父の対戦もこんな感じなのかもしれない。


 なんかいいなと、アレクシアは自然と表情が綻ぶ。


 けれど時間の経過と共にイアンが押され始め、決着が着く。

 荒い呼気での参りました宣言で、勝者はエリックになった。


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