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「また、殿下を煩わせに行くつもりか」
は、と馬鹿にするようにルイジが短い息を吐く。
失礼を絵に描いた態度だ。
「やはり、変わらず浅慮だな」
蔑むような眼差しも向けられ、アレクシアはこめかみに青筋が浮かぶ感じに苛ついた。もちろん、顔には一切出さない。浮かべるのは余裕ある淑女の笑みだ。
「メオーニ様に、そっくりそのまま同じ台詞をお返ししますわ」
脳内ではルイジの眼鏡を奪い取り、遠くに放り投げて追いかけさせることでわずかだが溜飲を下げる。煽られることに耐性がないのか、不愉快そうに眉を跳ね上げるのがわかりアレクシアは唇の端を軽く持ち上げた。
「現在思い込みで、私を煩わせているではありませんか」
緩い笑みを浮かべながら、アレクシアは向けられた同じ種類の視線をルイジに返しておく。先入観で決めつけるなど、愚の骨頂だ。
「殿下のもとへ行くつもりはなかったと言いたいのか」
「ええ」
「だったら、早く立ち去ればいい」
目で、来た道を戻れとルイジが指示する。誰が見ても横柄な態度だ。
過去の行いが悪かったとアレクシアは反省しているが、迷惑をかけた当事者でもない者から過度な配慮を求められる謂われはなかった。
「おかしなことをおっしゃるのですね」
ふふ、と軽やかな息をこぼす。
「なんだと」
眼鏡があってもわかるほど、ぎゅっと眉間にシワが刻まれる。己の言動、行動が正しいと、ルイジは思い込んでいた。
「進行方向にいる方に遠慮して、私にわざわざ遠回りをしろと? ここが王城ならいざ知らず、生徒の平等を謳う学園の渡り廊下という公共の場で、行き過ぎた配慮ではありませんか?」
「学園とはいえ、身分が上の者に配慮するのはおかしいことではない」
即座に返ってきた反論に、アレクシアは言葉を失う。
本気で言っているからこそ性質が悪い。ここまで愚かだったのかと、ルイジに対する認識をアレクシアは改めた。
「身分ある者の発言は重い、と自覚してはいかがですか。口にされる前に適切かを、今一度考える習慣をつけることをメオーニ様にはお勧めします」
「ロシェット嬢に言われなくてもわかっている」
わかっていないからこうして苦言を呈している。地頭はいいはずなのに、なぜか察せない。もしかすると、アレクシアへの敵対心からなのかもしれないと気づく。
瞬時に、決意を固めた。傲慢さが滲むプライドを、バキバキに折ってやろうと。
若干、八つ当たりの感情が入っていないとはいえない。
ジェフリーを筆頭に、アレクシアは攻略対象者に興味がないのに勝手に邪推され、警戒され、敵対心を持たれるだけならまだしも、不愉快な態度を向けられて面白いわけがない。売られたケンカは買うし、返り討ちにするまでだ。
残念ながら、前世アラサーの記憶があっても心は広くない。
「わかっているのでしたら、公爵家の私に、メオーニ侯爵令息も配慮をしていただけません? 身分が下の方から、正当性のない指示を受ける謂われはありませんわ」
ぐっと、ルイジが言葉に詰まるのがわかる。身分を持ち出せば、同じように返されると想像できないところが愚かだ。
学園内で気が緩んでいるのか、学生である甘えなのか、単に高位貴族に名を連ねている驕りなのかが、ルイジにはあるのかもしれない。けれど残念ながら、家の爵位でいえばアレクシアが上だ。
激高して言い返してこない点は、評価に値する。創作物でよく登場する、名もなき当て馬たちとは違った。
「そもそも、誰にも邪魔されずに逢瀬を楽しみたいのでしたら、この場は相応しくありません。先ほども言いましたが学園の公共の場です」
近衛騎士が、立ち入りを制限している場ではない。
校舎と校舎を繋ぐ、誰が通っても咎められることのない渡り廊下だ。
「生徒の通行を誰の権限で止めるのですか?」
「それは……」
「殿下が指示されたのです? でしたら、将来の側近候補であるあなたがぜひ、私情で権力を使うべきではないとご忠告されてはいかがでしょうか」
主の誤った行いに苦言を呈すのもまた、側近候補の役割だ。
そう告げると、ルイジはひどく苦い物を食べたような顔をした。
「指示は、されていない」
「まあ! でしたら、メオーニ様の独断でしたのね」
ざっくりと胸がえぐられればいいと、アレクシアは過ちを言葉にして突きつける。自業自得だ。
「だが、ロシェット嬢が日々殿下を煩わせているんだ、警戒もするだろう」
「見事な責任転嫁ですわね。日々、と言われますが挨拶はマナーです。王族に対してそれすらできない者は、貴族ではいられないのでは? 人としてもどうかと思いますが」
顔を合わせれば、ジェフリーに挨拶はしている。けれどそれだけだ。
すぐにアレクシアは立ち去っている。側近候補としてジェフリーの傍らにいることの多いルイジは、自身の主張が通らないと気づいたようだ。
「……何を企んでいるんだ」
謝ると、縦ロールになる呪いでも受けているのかと空想する。頑なにアレクシアを悪者にしようとしていた。
「企む? 人聞きの悪いことをおっしゃるのですね」
「最近趣向を変え、殿下に接触せずにステファノを懐柔しただろう」
持参した焼き菓子をステファノにあげたら、勝手に懐いてきただけだ。
それを教える義理はアレクシアはない。
「メオーニ様、ガラッシ様に対しても失礼ですわ。その事実にすら気づけない狭い視野では、いずれ殿下の足を引っ張ることになりましてよ」
同じ側近候補を堕としている。それだけでなく、信用に値しないと告げていた。
その責任を、ルイジはアレクシアに負わせようとしていた。
(フェル扇子バージョンで殴っていいかな!?)
独りよがりな正義に酔って、理不尽な言いがかりを付けてくるルイジを脳内で殴る。さすがにリアルでやるわけにはいかない。もみ消すのが面倒だ。
「俺が足を引っ張るなどありえない」
意図してかどうかはわからないが、ステファノに対する苦言はスルーらしい。
「優秀と自負される頭脳は、学問以外には発揮されませんのね」
「なんだと」
「成績の良さだけで、仕事ができると思われない方がよろしいかと。人と関わりを持つ必要がある役職をお望みでしたら、まず、敵を作るような物言いは得策ではありません。特に、爵位の上の者に対しては慎重さが必要ですわ」
私の方が上だから! と言外に含めて、アレクシアは微笑む。
「メオーニ様の言動で、周囲の方々にまで迷惑をかける事態に発展する可能性を考慮できないのでしたら、個人の責任だけですむ職務につくことをお勧めします」
前世でもいた。出身大学の名を笠に着て、虎の威を借る狐のような新入社員だった。
確かに勉強の成績は良かったのかもしれないが、社会に出ると最低限社交スキルも必要になる。仕事になると周囲との関わり、取引先との関わりが必然だ。
自分の方が優秀だと教育係を馬鹿にし、指導を聞き流し、結果として会社に不利益を与えそうになり、その見下していた社員にフォローされていた。
それが屈辱だったのか、謝罪も感謝の言葉もなく辞めていった。
「だいたい、父と兄が私に激甘なのは有名ですし、メオーニ様の先ほどのような言動が耳に入れば、殿下の治世に影を落としかねず、今後協力が得られなくなる可能性もあるというのに呑気ですわね」
「脅しか」
「誰も彼も同じ台詞を返してくださるので、聞き飽きました。優秀と自負するその頭脳で、もう一ひねり欲しいところですね」
一瞬不快そうな顔表情を見せたが、ふん、とルイジが鼻を鳴らす。
「聞き飽きるほど言われるなど、恥ずべき常の行動というわけだな」
「客観的に正しく事実を述べているだけなのに、後ろめたいことがあるのかみなさまそのようにおっしゃいますのよね。己の行動になんら恥じないと胸を張れるのでしたら、私の言葉など聞き流せばよろしいかと」
違いまして? とアレクシアは目で問いかける。優秀な成績を修める頭脳でも、訂正すべきところが見付からないようだ。
「ご理解いただけたようでなによりです」
勝ち誇ったような笑みをアレクシアは浮かべる。言い負かすことができたので、少しだけすっきりした。
何もしていないのに、おまえが悪い、そんな態度を向けられるとストレスだ。
「今日のところは父や兄に報告はしませんが、普段の行動はふとした時にでるのですよ。ちなみにこれは脅しではなく、将来この国を支える者としての自覚を促す苦言であり忠告です」
失敗は学生のうちに学びに変える。責任ある立場になってからだと、周囲が不利益を被り、迷惑をかける度合いが桁違いだ。
アドバイスする私って優しい、とアレクシアは自画自賛する。そうでなければやっていられない。
今回は多少不審な態度を取っていた自覚があるので、譲歩する。
本当に面倒くさい。けれどこの先ヒロイン関係含め、ルイジに絡まれないためにも、現実を知ってもらった方が良い。
「内心馬鹿にしている小娘に注意されて悔しいかもしれませんが、行動を改めるきっかけになることを願うばかりです。それではごきげんよう」
眼鏡キャラは好きだし、ツンデレのルイジも前世では愛でていたが、リアルで相手にするとなると苛つきが勝る。これでもう絡んできませんようにと、アレクシアは祈るばかりだ。
上級生の教室がある校舎に入り、ある程度距離を取ると「なあ」と呼ぶ微かなフェルナンドの声が耳に届く。
「ちょっと、話しかけないでって」
「誰もいないだろ。気配がないし」
「……なあに?」
「髪型と化粧で戦闘能力を上げるって意味がわかったよ」
「どうしたの? 急に」
「今眼鏡に絡まれていただろ」
すん、とアレクシアから表情が消える。思い出すと、苛つきも再燃した。
「そうね……ほんとなんなのあれ」
つい嘆きがこぼれる。悪役令嬢の役割はストレスマックスかもしれない。
おとなしくしょげる性格ではないので、今後も売られた喧嘩は買いそうだ。
仕掛けてくる方が悪いので、淑女としての体面を保ちつつ、全員もれなくたたきのめしてやろうとアレクシアは心に決めた。
「いつの世も、愚かな者は多いな」
「フェルわかってくれる? じゃあ、癒やしをちょうだい」
家に返ったら猫の姿になれと、ブレスレットに向けて圧をかける。返事が返ってこなくなった。




