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マリッサに耳打ちされた忠告を真剣に取り合わず聞き流したことを、アレクシアが後悔する羽目になったのは翌日の朝食の席だった。
朝の挨拶をしたときから、サヴェリオとレイモンドの表情が暗く沈んでいた。
二人が纏う空気も重苦しい。どうしたのかとアレクシアが疑問に思いながらも食事を進めていると、おもむろにサヴェリオが口を開いた。
「キャフリー家の息子と、市場でデートしていたというのは本当なのか」
思いがけない問いかけだった。パンを口に放り込んだばかりでアレクシアはすぐに否定できず、呑み込む間に思考が流れ「なんで知って――」とうっかり疑問が先にこぼれた。
そのせいで、サヴェリオとレイモンドの表情が絶望に彩られた。否定に一縷の望みをかけていたのに本当だったのか、と心の声が聞こえるようだった。
しまった、とアレクシアが失言に気づいたが時すでに遅しだ。
「レイモンド、悔しいがキャフリー家を潰すのは容易ではない」
「父上、何か手はあるはずです」
隠れていた護衛騎士からサヴェリオへ報告がいったのかと、アレクシアが状況把握に努めている間に二人が物騒なことを言い出した。
国に三家しかない公爵家を、私情で潰せるわけがない。
おまけに現キャフリー公爵閣下はこの国の宰相だ。
「息子を物理的に消す方が早いな」
「名案です!」
「お兄様、名案ではありません。お父様も、公爵家の嫡男を物理的に消しては駄目です」
「シア! 庇うのか!?」
普段は公爵家当主として冷静なサヴェリオが、見るからに取り乱していた。
心配よりも、アレクシアは呆れた。
「庇うのではなく、誤解です」
市場で行動を共にしたのはカイルに誘われたからであり、イアンはおまけだったと説明して、なんとか納得してもらえた――と思いたい。
俺もアレクシアと出かける機会がそうないのに! と嘆くレイモンドを、授業終わりにカフェに誘うことでアレクシアは話を逸らした。
(ぬいぐるみのことがバレたら捨てられそう)
部屋のソファに、うさぎのぬいぐるみは存在感たっぷりに座っている。その傍らでフェルナンドが猫の姿で丸くなって寝ているのを見ると、アレクシアは幸せな気分になった。
そんなこんなで朝から非常に疲れた気分になったが、学園では何事もなく一日の授業を終える。これから対面するスイーツたちに思いを馳せて、アレクシアは足取り軽く教室を後にした。
(お兄様の教室に行くの、初めてかもしれない?)
以前のアレクシアの行動原理は、ジェフリーだった。
ジェフリーを中心に世界は回っていて、わずかでも時間があれば一目見るためあわよくば話すため突撃していたので、レイモンドの元へ行く暇などなかった。
逆は幾度かある。今日も当初はレイモンドが教室まで迎えに行くと主張したが、クラスの女生徒が間違いなく色めき立つ。あしらうのも面倒なので、アレクシアが足を運ぶことにした。
学年が違うので、教室は離れている。むしろ建物さえも違った。
馬車で待ち合わせれば良かったと、アレクシアは今更気づく。
けれど今まで家族をないがしろにしてきた所業を思えば、レイモンドが喜ぶなら迎えに行くくらい苦ではない。
立ち並ぶ木立と噴水が見える渡り廊下に足を踏み出すと、あらあらまあまあ、そんな声がこぼれそうになる光景が視界に飛び込んできた。
アレクシアは反射神経の良さを発揮して、すぐさま渡り廊下の柱の陰に隠れる。
(大丈夫、見つかっていないはず)
息をひそめ、気配を消す。
「どうしたんだ、アレクシア」
ひそやかな声で話しかけてくるフェルナンドに、アレクシアは鼓動が跳ねる。ブレスレットなので、どうにも存在を忘れがちだ。
「静かにして」
小声とはいえ、話しかけてくるフェルナンドに制止を促す。絶賛、誰にも見付かりたくない状況だ。
細心の注意を払い、気づかれないようにアレクシアは少し顔を出すと様子を窺う。会話は聞こえないが、和やかな雰囲気で向き合っているのはジェフリーとナタリーだった。
金魚のフンのような側近候補の面々も、甘い蜜に誘われ近づく令嬢たちもいない。護衛はどこかに隠れているのかもしれないが、見える限りでは二人きりだ。
レイモンドの教室に行く途中で、まさかの光景に遭遇した。
うっかり重要アイテムのハンカチをアレクシアがキャッチしてしまい、二人が出逢う邪魔をしてしまったと頭を抱えたが、王道ヒーローと愛されヒロインには問題ないらしい。
運命の出逢いは必然で、部外者が憂う必要などまったくなかった。
(けどなんで遭遇するかな?!)
文句の一つもアレクシアは言いたくなる。ヒロインと葱を背負ったカモたちには関わり合いになりたくないのに、市井ではイアンに会い、学園ではジェフリーとナタリーのときめく出逢いなのか、愛を深めるための逢瀬の場なのかは知らないし興味もないが、目撃してしまうタイミングの悪さだ。
自然とこぼれるため息を呑み込めない。
悪役令嬢の役割を担えと言われているようだ。
以前のアレクシアなら強引にでも二人の間に割って入るところだが、今はポップコーン片手に成り行きを見守る観客席から離れる気はない。促されても断固拒否だ。邪魔をする理由がなかった。
実際に二人が一緒にいるところを見ても、アレクシアの胸は少しも痛まない。幼い頃から抱えていた想いに、区切りを付けたことに後悔もなかった。
恋愛は先着順ではない。出逢いが早い遅いなどまったく関係なく、かつタイミングも重要だ。
想いを差し出し、受け取るタイミングが合わなければ、両思いになれる可能性があったとしてもすれ違ったままになるケースも多々あった。
「一人反省会をすることはありますけど、慣れていくしかないので」
不意に、柔らかな甘い声が耳に届く。
照れを滲ませて、はにかんだようにナタリーが笑っていた。
「盗み聞きをしたいんだろう? 聞こえるように風に運ばせた」
「余計なことを」
見た感じナタリーは良い子そうではある。ただ誰しも表と裏の顔があり、仮面を被っている可能性も――とアレクシアは考えて、創作物に影響されすぎだと反省した。
(早くどこかへ行ってほしいのだけど)
微笑み合う二人に、心の中で念を送る。後ろめたいことも、隠れる必要も本来ないが、とにかく関わり合いになりたくない。認識されるなどもってのほかだ。
特に今、アレクシアは一人だ。あの時――と、今後不利な状況に強引に持って行かれる可能性はゼロではなかった。警戒していて悪いことはない。
かといって、回れ右で遠回りもなんで私が? と癪な気持ちになるから、人の心とは難しい。ガン無視、で颯爽と歩いていく姿を想像してみた。
(それでいくかな)
目が合わなければセーフ判定に変更する。今まで迷惑をかけた分、じゃまをしたくない気持ちはあるが、こんな忍ぶ気もない誰が通るかわからない場所に留まっている方が悪い。
実際、二人がひっそりと愛を育んでいようがアレクシアには関係がない。他の婚約者候補に見付かれば、一波乱はありそうではある。王太子妃になり得ない低い家の爵位もそうだが、生粋の貴族令嬢でないところが問題だ。
これは差別ではない。区別だ。
身分社会において爵位は絶対だ。それが簡単に覆されるとなれば、国のあり方が崩れる。そうならないように対処すべきは周囲であり、ジェフリーだ。
創作物のように、雑な調査で冤罪を生む失態を犯さないように祈っておく。万が一にも、アレクシアに濡れ衣を着せるのだけはやめてほしかった。
「ロシェット嬢」
「はい」
反射で返事を返す。考え事に気を取られ、声をかけられるまで気づかなかった。
淑女として相応しくない間抜けな顔をしていなかったか気になりつつ、瞬時に表情を取り繕い振り向く。
声の主が誰なのかを認識すると、アレクシアは天を仰ぎたくなる。本当に攻略対象者たちとは悪縁で結ばれているのかもしれなかった。




