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【書籍化&コミカライズ】悪役令嬢なので、溺愛なんていりません!  作者: 美依
第三章

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 イアンとカイルは市場に来たばかりであり、特に目当てとしている物もないと聞き、のんびり気ままに露店を眺め歩くことにする。通りを満たす賑やかな空気も店主の呼び込みも、自らの足で歩き初めて体験するカイルとフェルナンドは目を輝かせ、何を見ても楽しそうだった。


 露店の醍醐味である食べ歩きも、イアンが咎めることはない。ただマリッサから、旦那様たちに騒がれる覚悟をしてくださいね、と軽い忠告をさりげなく耳打ちされたが、買い食いくらい許されたいとアレクシアは聞き流した。


(出歩きに、護衛が増えたのが痛いな)


 マリッサとエリックとは違い、口止めは無理に等しい。姿を見せない上に、そもそも騎士たちが仕えているのは公爵家当主であるサヴェリオだ。


(父と兄は、お土産で懐柔を試みよう!)


 今は気にせず市場を満喫しようと、朗らかなおばさんの店で買ったばかりの、詰め合わせのマシュマロを一つアレクシアは口に放り込む。味に高級感はない。だからこそ、なんとなく懐かしい味だった。


「フェルナンド様、僕、こんな風に食べながら歩くのは初めてです」


 カイルの声が弾んでいる。二人は小ぶりな果物を串で刺し、飴でコーティングしたものを食べていた。


「人にぶつけたり、落としたりしないよう気をつけろよ」

「はい」


 にこ、と笑うカイルはフェルナンドを友達と認識したらしく、傍らを離れない。最初は助けを求める眼差しをアレクシアに送ってきたフェルナンドも、今では保護者面をしていた。


「キャ――イアン様もマシュマロいかがですか?」


 財布は出すが買い食いには手を出さないイアンに、子どもたちとアレクシアだけが食べているのもどうかと思い勧めてみる。正直なところ、断られる前提だった。


「もらおう」


 手を伸ばし一つ摘むと、イアンは躊躇なく口に放り込む。

 予想と違い、アレクシアは少し驚いた。


「……甘いな」

「マシュマロですからね」


 身も蓋もない感想に、アレクシアは笑う。


「アレクシア嬢と会わなければ、カイルを楽しませてやれなかっただろうな」

「お兄様と一緒だから楽しいのですよ」


 こういう場に不慣れなイアンを眺めていた身としては、感謝し崇めよ! と胸を張り告げたいところだが、アレクシアは心の中に留めておく。


「そうだろうか」

「ええ」


 想定外の遭遇で同行ではあったが、そう悪くない。むしろ正反対なイアンとカイルのやりとりを、アレクシアは微笑ましく見ている。前世だったら、尊い! と胸を押さえ叫んでいたかもしれない。


「アレクシア嬢には助けられているのは確かだ。俺はこういう場には疎い」

「私は楽しもうと下調べしたおかげですわ」

「そういうところが尊敬に値する。普段からアレクシア嬢の積み重ねた努力に、さりげない気遣いに、助かっている者は多いはずだ」


 賞賛を受け、じんわりと胸が熱くなる。王太子妃筆頭候補なら多くのことができて当たり前、生徒会の仕事を手伝っていてもジェフリーのそばに居座っているだけ、多くの人にアレクシアはそう思われていた。


 努力を主張したいわけではない。褒められるためにやってきたことではないが、家族以外が気づき評価してくれたことが存外嬉しかった。


「過分な評価、ありがとう存じます」

「本心だ」


 これが攻略対象者かと、アレクシアは動揺する。むしろ、攻略されているような錯覚を覚えた。


「アレクシア様、あれは何ですか?」


 カイルに声をかけられ視線を向けると、フェルナンドと露店の前で足を止めている。端的な答えばかり返すイアンではなく、フォローを入れるアレクシアにいつの間にか直接尋ねるようになっていた。カイルに振り回されているフェルナンドは、説明を放棄したようだ。


「輪投げですね。あの台の上に立てられた棒に決められた数の輪を投げ入れ、点数の合計によって景品がもらえるみたいですね。やってみますか?」

「はい! フェルナンド様一緒にやりましょう」

「ああ」


 マリッサに目配せして支払いを任せる。先ほどからずっとイアンが財布だったので、次はこちらがと宣言してあった。


 店主の説明によると、魔法の使用は禁止で、使おうとしても無効化されるらしい。確かに使えたら不正し放題だ。

 

「うわ、投げるだけなのに難しいなこれ」


 棒に当たり跳ね返って落ちた輪に、フェルナンドが眉を寄せる。カイルも苦戦していて、しばらくその場から離れそうになかった。順番待ちをしている者もいないので、気が済むまで挑戦させることにした。

 参加費くらい、公爵家にとっては微々たるものだ。


「大人のお二人さんは、こっちどうだい?」


 金払いの良さから、いいカモだと思われたのかもしれない。隣の店主に小さな矢投げを勧められる。いわゆる、ダーツだ。挑戦している人たちもいるが、高得点は出ていなかった。


「イアン様、やったことは?」

「ないな。アレクシア嬢は?」

「ないです」

「条件は同じだな」

「ええ。では、勝負といきましょうか」


 了承するように、イアンが二人分の料金を支払う。


「二人とも初心者か。うまく投げるコツは肘を安定させて、前に向けて送り出す感じだな」


 店主からのアドバイスを聞き、小さな矢を数本受け取る。的の前の決められた位置に立ち、いざ、とアレクシアは意気込んだ。遊びでも負けるのは悔しい。


 いけるでしょ、と謎の自信に満ちあふれていたが案外難しい。

 他の女性客とは違い的に当たり刺さるが、狙う中心からは逸れていた。


 ちらりとイアンを窺うと、背筋をぴんと伸ばして的の前に立ち、無駄のない動作で矢を投げる。トスッと、見事に中心付近に刺さった。


 その後も誤差の範囲の場所に刺さり、これが攻略対象者スペックかとアレクシアは敗北感を覚えた。


「すごいな。まさか満点近く出すとは……景品はこれだよ」


 店主が差し出したのは、首に大きなリボンが結ばれた、垂れ耳の黒いウサギのぬいぐるみだ。妙に顔がきりっとしている。深い藍色の目は宝石らしい。妙に既視感があり、アレクシアはイアンの顔を見た。


「イアン様」


 さあ受け取ってと、アレクシアは促す。

 負けた悔しさはあるが、イケメンとぬいぐるみは最高の組み合わせだ。


「景品が手に入って良かったですね」


 吹き出しそうになるのをアレクシアは堪える。似ているぬいぐるみをイアンが持ち、戸惑っている姿は面白い。目の保養でもあった。


「兄上、すごいですね!」

「カイル」


 いつの間にか輪投げを終えていたカイルに、イアンはぬいぐるみを渡そうとする。その絵面も絶対可愛らしいと、アレクシアがわくわくしながら見守っていると、カイルから呆れたような眼差しが向けられた。


「兄上」


 呼びかける声がため息混じりだ。


(そんな歳ではありません、とか言うのかしら)


 背伸びしたい年頃なのかもしれない。

 フェルナンドも似たようなものだ。せっかくの記念ですからと、アレクシアは援護射撃するつもりでカイルの継ぐ台詞を待った。


「ここは僕ではなく、アレクシア様へお渡しするところです」


 まさかの提案だ。アレクシアは心の中で、えぇと声を上げる。小さな紳士だ、と感心するが、ぬいぐるみの行方が変わりそうだった。


「……そうか」

(納得しないでー!)


 ぬいぐるみの外見は好ましく、アレクシア自身が取ったのなら嬉しい。けれどイアンが得て、それが手元へくるのは妙な感じがした。


「アレクシア様、気が利かない兄上で申し訳ありません」

「気が利かなくてすまない。どうか、受け取ってほしい」

「……ありがとうございます」


 受け取る以外の選択肢が、アレクシアには見付からなかった。

 大きくて黒いので、持っていると目立つ。面白がっているフェルナンドに苛つき、ふとひらめいた。


「フェル、持ちたいの? 仕方ないわね。落とさないように気をつけてね」

「は?」


 ぐいっと押しつけ、フェルナンドに持たせる。嫌がらせではあったが、絵面が最高だった。


「カイル、そろそろ帰る時間だ」

「もうですか」


 眉尻を下げ、軽くしょげた表情をカイルは見せる。楽しい時間はあっという間だ――と考え、楽しかったんだとアレクシアは自覚した。


「アレクシア様、フェルナンド様、今日はありがとうございました」

「カイル様、楽しかったですか?」

「はい! 兄上は役に立たなかったので助かりました」

「悪かったな」


 イアンはバツが悪い顔だ。

 思わず、アレクシアは吹き出しそうになる。


「あの、また遊んでくださいますか?」

「アレクシア次第だな」

 おずおずと尋ねるカイルを微笑ましく見ていると、フェルナンドに丸投げされた。


「そうですね、機会があれば」


 当たり障りのない返事に留める。公爵家同士とはいえ、カイルはまだ夜会等に参加できる年齢ではない。茶会の顔ぶれも、基本的に同年代だ。フェルナンドはこの国の貴族ではない。


「では今度、我が家に遊びに来てください」


 一瞬、アレクシアは思考が固まる。キャフリー家にいるのはカイルだけではない。断りたい。遠慮したい。けれどカイルに真っ直ぐな視線を向けられ、嫌だなんて言えるわけがなかった。


「はい」

「招待状送りますね」


 嬉しそうに、カイルが表情を綻ばせる。可愛い。

 けれど社交辞令であれと、アレクシアは祈ってしまった。



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