63
9月30日にコミカライズ1巻(作画:綾瀬先生)講談社KCxより
10月2日に書籍1巻(イラスト:氷堂れん先生)一迅社アイリスNEOより
発売になります。各通販サイトでは予約が始まっておりますので、ご都合のよろしいところでお手に取っていただけたら嬉しいです。
久々の更新のご挨拶は後書きで。
家族との和やかな時間を過ごしてアレクシアが自室に戻ると、ブレスレットで付き添うのが常になったフェルナンドが子どもの姿に変わる。最近はこちらの方が多く、猫になるのを避けている節があった。
理由に思い当たることはある。隙あらば、猫の艶やかな毛並みを心ゆくまでもふり堪能しようとするアレクシアを警戒してだ。
加えて、おまえが容赦なくもふっているのは男なんだぞ! と、人の姿を見せることで主張しているのだろう、きっと。けれどアレクシアにしてみれば、ツンとすました幼い顔は可愛いだけだった。
「フェル、どうかした?」
とすん、とソファに腰を下ろしたフェルナンドは、不満です、を全面に出した表情でアレクシアを見ている。機嫌が悪いと言うよりは、拗ねているような雰囲気だ。
「いーっつも、アレクシアはうまそうなの食べてるよな」
「フェルの分は、マリッサに頼んであるわよ」
気が利く子ですから私、とアレクシアは自画自賛する。後ほど、マリッサが運んでくる手はずになっていた。
ただ部屋で手軽に食べられるように、シェフお任せでアレンジしたものになる。アレクシアの夜食の体を取っているので、まったく同じ物を用意するのは不自然で難しかった。
「気が利くな」
「でしょ?」
そんな会話をしていると、タイミング良くノックが響く。
応えを返すと、予想通りにフェルナンドの食事を運んできたマリッサだった。
「お嬢様、お持ちしました」
「ありがと。それをフェルに」
「はい」
手際よく、マリッサがフェルナンドの前に食事を並べていく。先ほど感動した柔らかな肉は、野菜と一緒にパンに挟んである。機嫌良くフェルナンドがさっそく手を伸ばし、大きく口を開きかじりついた。
「……ん、うまいな」
ぺろりとあっという間に一つ食べきる。口端についたソースを赤い舌が拭う仕草は子どもなのに、将来有望さを感じさせる色気があった。
「フェルは、食べなくても生きていけるのよね?」
「食べなくても生きていけるが、美味しい物は食べたいだろ?」
「そうね」
食事自体が、フェルナンドにとっては嗜好品の類いなのかもしれない。
なくても生きて行けるけれど、心に潤いを与えてくれる。アレクシアにとっての、スイーツたちだ。
目の前にあっても食べられないのはつらい。とりあげられたら怨嗟の念が募り、報復を考える――今更ながらフェルナンドの気持ちを正しく理解すると、急に申し訳ない気持ちが募ってきた。
アレクシアがフェルナンドの立場なら、人が幸せそうに食べているところを眺めているだけなど、日々恨み辛みが募っていく。積もり積もって、爆発するかもしれない。
(闇落ちした聖剣に呪われそうだわ)
白く美しい剣身が、黒く染まっていくところが浮かぶ。
(あれ? 案外悪くもない?)
漆黒の剣身も案外悪くない――と考え、闇落ち自体が問題なのだとアレクシアは思い直した。
「ねぇ、フェル」
「なんだ?」
「お父様とお兄様にフェルを紹介しようか? 自由に行動できるわよ」
再度提案する。外出はアレクシアに付き添ってしているとはいえ、フェルナンドの意思では身動きが取れない状態だ。せっかく人の姿を取れるようになったのだから、気兼ねなく出歩けるようにした方が気楽なはずだ。
「あー……あー?」
喜ぶかと思えば、フェルナンドの反応が鈍い。
美味しい物を堂々と食べられるとなれば、快諾するかと思えば不満そうだ。
「嫌なの?」
「嫌なわけじゃないけどさ」
「けど?」
「この家に来てからずっとアレクシアの家族を見てたけど、アレだろ」
軽いため息混じりのアレ、のニュアンスで正しく伝わる。アレクシアに向けられる感情ではあるが、なんとも言えない気持ちになった。
「男ってだけで、敵視されて排除されそうなんだよ」
「子どもに対して、そんな非道なことはしないわよ……たぶん?」
段々とアレクシアも自信がなくなる。聖剣です、とはさすがに言えないのでその辺をごまかすと、素性のわからない霊であり、なにより性別が男だ。
サヴェリオとレイモンドにとっては、フェルナンドが霊であることよりも、アレクシアのそばに男がいる事実を問題視するかもしれない。下手をすれば、剣を抜きそうだ。
「そうだ、女の子の服着る?」
「着ねぇよ!」
「似合いそうだけど」
さらさらな美しい髪は色のトーンが暗いので、砂糖菓子のようなふわふわした甘さの印象はないが、また違った愛らしさがフェルナンドにはある。思い浮かべると、色々着せて楽しみたくなった。
「似合うだろうが嫌だ」
「ほら、食事も一緒にできるわよ」
「あの父と兄とはしなくていい」
即答だ。
第三者からすればそうなるか、と納得すると同時に、レイモンドに対する憂慮の念が再度浮かぶ。本当に、公爵夫人を迎えられないのかもしれない。
「とにかく、アレクシアの家族に紹介とか遠慮する」
「そう?」
「ああ」
無理強いはよくないので、アレクシアは一旦引くことにする。
「じゃあ、気が変わったら遠慮なく言ってね。シナリオは練っておくから」
「おうって、シナリオ?」
「聖剣ですって、正直に言うわけにはいかないでしょ」
「あー、そうだな。俺も知られたくない」
「でしょ」
加えて隣国から勝手に持ち込んだなど、言えるわけがない。なんとなく良い感じの経緯をねつ造する予定だ。
(あ、あれだ)
ぱっとアレクシアはひらめく。
ランプの精ではないが、ブレスレットについていた魔石の精で押し通せないかと考える。なんらかの条件を満たし、飛び出てきた。
条件をそれらしく設定すれば、魔法のある世界なのだしこの案でいける気がしてくる。どこで手に入れたかは――そうだ、とアレクシアは連想ゲームのように脳裏に浮かぶ。
この国でも話題になっている有名な占い師に視てもらったのだから、そこで、その近くの露店でもいい、買った物だと言えば信憑性が増しそうだ。
あとは寸劇でごまかせばいいと、マリッサとエリックを巻き込むことにアレクシアは決める。まだどうなるかはわからないが、フェルナンドの紹介手段の一つとしてシナリオを用意しておくことに決めた。
「アレクシア」
「なあに?」
綺麗に食べ終えたフェルナンドは、優雅な所作で食後のお茶のティーカップをテーブルに置く。大きな口を開けて齧り付く割りには、食べ方は綺麗だ。剣なのに、とアレクシアは常々関心していた。
「家族に紹介してもらわなくていいが、街には遊びに行きたい」
「その姿で?」
「この姿で」
いいわよ、とアレクシアは即答できない。
「なあ、いいだろ? 買い食いとかしたい」
上目遣いで、フェルナンドがねだる。
くっと、アレクシアは息を呑む。可愛い、ずるい、あざとい。
「なあ」
再度甘えるようにねだられ、降参の白旗を揚げた。
「わかったわ。市井で定期的に市をやっているから、今度行きましょう」
「約束だぞ」
「ええ」
ただし、問題がある。それをどうクリアするかだった。
色々あって、長い間更新できずお待たせしてすみませんでした。
慌ただしかった私生活の方は落ち着いてきましたので、この作品含め書いていきたいと思います。読んで応援していただけたら嬉しいです!
夜にもう1話更新しますね。




